第2話

「シャーロット、あぁ愛しいシャーロット」

 

 誰かが何かを言っている。とても優しい、優しい声色で何かを言っている。誰かを呼んでいるようにも思える声色だった。しかも、聞いた事も無いような言語だった。

 

 思考がはっきりとせず、体は重く、自由に動かない。まるで金縛りにあったみたい。

 それでも、瞼を通して眩しさは感じることができたので、瞼越しに感じる光に導かれるように目を開く。すると、濃い焦げ茶色の髪をオールバックにした中年の男性がこちらを覗き込んでいた。顔にはいくつも傷を負っており、見るからに修羅場を潜ってきたであろう事が安易に想像できた。男性の目には力が籠っており、少し威圧感を感じるが、眉がへにゃっとだらしなく下がっており、その目力の威力を無くしていた。そんな厳つい男性と私を交互に見つめる女性は、鮮やかなブロンドヘアーを胸元まで伸ばしており、少したれ目の優しい眼差しをしていた。鼻は小さく、少しツンと上向いており、シミ一つなく色白で中々お目に掛れない美人である。化粧品のCMを担当するプロデューサーが見ればすぐに出演オファーをしているだろうと思ってしまう顔立ちだ。あぁ、冥福冥福。

 

 そんな二人は揃って曇り一つない満面の笑みを浮かべながら、私を見つめてきていた。


「あら、あなた、やっと目を開いてくれたわ。目はあなたに似ているわね」

「ん、そうか? 鼻はマリアに似ているな。なんてかわいいんだ」


 これはどういう状況だ。私の視点は天井に向かって固定されており、頭を動かすのが中々に重たい。そして、そんな私を覗き込んでくるかのよう優しい笑みを浮かべて男女が揃ってこちらを見てくる。何ですか、この羞恥プレイは。私を何歳だと思ってですか。ええ?28歳の淑女だぞ。おおん?喧嘩なら買わずに後から気づかれないように少し苦しむ悪さをしてやるぞ?おおん?

 

 何か質の悪いTV番組のドッキリにでも引っかかったのだろうか。いや、こんなドッキリがあってたまるか。誰が得をするんだ。一部の特殊な性癖を持つ連中しか得をしないぞ。いや、逆に考えれば一部の特殊な性癖を持った連中は得するのか?


「あら、あなた。眉間に皺が寄って何か悩んでいる顔をしているわ。赤ん坊なのに表情はあなたに似ているわね」

 

 女性が何かを言っているが何を言っているのかが分からない。どこの国の言葉なんだろうか。海外の演劇や映画を見る時は決まって字幕で見ていた為、少しくらいはどの国の言葉かは分かるはずーーーー意味はさっぱりだーーーーだが、そんな私でも聞いた事が無い言語だった。

 

「何でだろうか、この子の表情には凄く親近感が湧いてくるな。赤ん坊なのに面白い表情をしてくれる」

 こちらの表情を見ていた男女が顔を突き合わせて笑いあっている。だからどういう事なんだ。

「あら、あなた。シャーロットがこっちを見ているわ。目がくりくりして本当にかわいいわね」 

 さっきから私を見て何度か呼び掛けている言葉がある、何なんだ。

「おい、今度はこっちを見ているぞ。お前のパパだぞ~!」


 男性がこちらに大きな手を近づけてくる。頭を撫でようとでも考えたのだろうか。ふっ、大女優でもある私の頭はそんなに安くない、死守してやる。そう思い、力の入りにくい腕を必死に伸ばし、男性が近づけてきた手を防ごうとした。すると、目に映ったのはぷくぷくの、まるで赤ん坊のようなかわいい手だった。そして、反射のように男性の指を握ってしまった。私が動かしている私のであろう手はとても小さく、拳一握りの大きさが男性の人差し指ほどの大きさしかなかった。へ?ナニコレ。


「おおっ、マリア、シャーロットが私の指を握っているぞ。こんなに温かいんだな」

「きっと優しい子だからよ、心が温かいんだわ」


 相変わらず男女が何かを話し、互いに笑いあっているが、意味が全く分からない。目の前の現実が意味不明過ぎて、自分が考えられるキャパシティを超えているのだ。頭がふつふつと熱くなっていくのが自分でもわかった。

 

「おぎゃああああああああああああああああ(意味が分からないよおおおおおおおおおおおおお)」

 我慢できず、叫ぶがうまく言葉を発することができない。まるで赤ん坊の喚き声のようだ。


「おぉっ、何か叫んでいるぞ。俺に似て元気な子に育ちそうだ」

「ふふっ、間違いないわね」

「しかし、千年戦争が終わった次の日に生まれてくれるとは。これからの時代を動かしていく麒麟児になるやもしれんな」

「えぇ、そうね。戦いの日々が終わりを迎え、この子が生まれてくれた。何か新しい時代の潮流を生み出す子になるかもしれませんね」

「守っていくぞ。この子も、領地も」

「一緒に頑張りましょ。あなただけで背負わないでね」

「ありがとう、マリア。愛しているよ」

「私もよ」


 そう言い、男女は優しく口づけをする、私の目の前で。


「おぎゃーぎゃーぎゃー、おぎゃあああああああああああああ(だーかーらー、何話しているのよおおおおおおおおおおおおお)」 

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