第5話

 王都に移り住んで七年。

 あたしは町長さんの親戚のアイベグ家で下働きをしながらダギルハーズと同じように教育を受けさせてもらった。残念ながらダギルハーズのような輝かしい成績を残せたわけではなかったけれど、いちおうなんとか卒業できた。

 ダギルハーズに勉強を教えてもらえるのは嬉し恥ずかしドキドキタイムだったけれども、あたしに時間を割いてしまわせるのが申し訳なかった。ごめんね、と謝ると「気にしないで」「自分の復習にもなるから」と微笑んでくれるあたしの婚約者はぐうの音も出ないほど聖人だった。あたしってばやっぱり幸せ者中の幸せ者じゃない?

 通常教育を終えたあたしは住み込みでの仕事を続けつつ近所で働き始め、ダギルハーズはアイベグ家の跡取りになるべく更に上の学校に進んで勉強に励んだ。

 上級学校での勉強は難しいけれど知らないことを知れて楽しいと話してくれたダギルハーズによかったね、と返して、あたしも一緒に通えたら良かったのに、そうしたら大学生活を送るダギルハーズの姿を余すことなく記憶に焼き付けたのに、と内心悔しさを噛み締めていたら、ダギルハーズがちょっと照れた顔で「ファウバスィーヤがいたらもっと楽しかったのにな」と言ってくれたのであたしは無事死んだ。死因が婚約者によるキュン死になんて臨むところよ! ダギルハーズと末永く幸せに暮らしてから死ぬけど!

 大学でも成績の良かったダギルハーズはもちろん順調に卒業してアイベグ家の正式な跡取りになった。そうして二十二になったあたしはダギルハーズと結婚した。ダギルハーズが晴れてあたしの旦那様に!

 結婚式の日は嬉しくて嬉しくて、ついつい騒ぎすぎてしまい養父様にちょっぴり引かれたのも今となっては良い思い出だ。一女一男の子宝にも恵まれ、あたしたちは幸せな日々を更新していった、

 そんなある日のことだ。朝早くから商談に出たダギルハーズを見送り、子供たちを学校に送り出し、あたしは洗濯に掃除にとせわしく家事を済ませ買い物に出掛けようとしていた。庭に出てから門の前に怪しい男が立っているのに気付く。恰好だけは小綺麗だけれど雰囲気はどす黒い。街で見かけたら距離を取るか敵対行動を取られる前に気絶させるに限る感じの人種。


「ダギルハーズ・アイベグの家だな?」


 家の前に立っていた知らない無礼な怪しい男が声をかけてきた。服装からして教会の人間だろうことはすぐにわかったけれど、名乗るのが筋ってモンじゃない? えーと、なんて言ったかしら。ナントカ教。ちょっと胡散臭……過激いきすぎな教えを説いてる。興味がまるで持てなくてスルーしていたから内容をまったく知らない。もうちょっとで思い出せそうな気もするんだけど……だめ、やっぱり思い出せない。

 ただ寄付しないとちくちく嫌がらせを受けて仕事に影響が少しは出てしまうようなのでお義父様もダギルハーズも毎年寄付している。聞いた限りでは金持ちを優遇しているようなのでやっぱり信用はおけない。する気もないんだけれど。

 正直問答無用でぶっ飛ばしてやろうかとも思ったけれどやめておいた。子ども時代と違って大人なあたしはクソ無礼な人間相手にも対話を試みる我慢強さが身に付いているのだった。九割ダギルハーズのおかげです。感謝するのね、クソ聖職者。


「こんにちは。申し訳ありませんけれども、今から出掛けますの。それでは失礼いたしますね」


 どーよ! あたしってば挨拶もしなかったクソ無礼聖職者に百点満点の対応じゃない?        

 愛想笑いを浮かべて横を通り抜けたあたしの腕がクソ無礼聖職者に掴まれた。ので捻り返してしまった。

 子どもの頃とは違って体を鍛えに鍛え、強化魔術に磨きをかけまくったあたしの腕力は今や片手で軽々と巨石を持ち上げられるまでになっていた。しかもその上能力スキル防御、攻撃累乗のおかげで堅い岩盤ですら木っ端に出きるほどになっているのである。という訳で当然、クソ無礼聖職者の腕もうっかり折ってしまった。大丈夫、開放骨折じゃないだけマシだから。そんなに叫ばないで。


「すみません、いきなりで驚いてしまって咄嗟に力の加減ができなくて……。まさかほんの少し動かしてしまっただけであなたの腕が折れてしまうなんて……。毎日乳製品を取って太陽に当たって運動したほうがいいですよ」


 あんたの骨が弱いから折れちゃったじゃないの、なんて言えないもの。いくら失礼なクソ無礼聖職者でも初対面ですものね。ホホホ。

 折ってしまったものは仕方ないからお医者に連れて行こうとしたんだけど、頭に血を昇らせてワーギャー騒ぐものだからみぞおちに一発いれて黙らせた。肩に担いでお医者に運んでいくとおじいちゃん先生にまたかい、と苦笑いされちゃった。すみません、またです。

 日常生活ではしっかり能力の制御ができてるあたしだけれど、咄嗟の時にはついつい力が入りすぎてしまう。街の破落戸や不良たちは仲間内に一人はあたしに骨を折られたり吹っ飛ばされた人間がいると思う。今では誰もあたしの家族に手を出してこないものね。学習してくれて嬉しいわ。治療費が浮くもの。

 あたしから手を出すことはないのでおじいちゃん先生はあとで連絡するよ、と慣れた手付きでクソ無礼聖職者を診察台へと運ぶ。


「こりゃまたキレイに折ったねえ。よかったねえ、くっつくの早いぞい」

「ありがとう、先生」


 あたしはお礼を言って買い物に出掛けた。食材や日用品、消耗品を買って一度家に帰り、診療所に顔を出したがまだ気絶したままだった。


「こんなに寝るなんてよほど疲れが溜まってたのね。いやだわ、教会ってやっぱり過剰労働ブラックなのねえ」

「ほっほっほっ。ファウバスィーヤちゃんの一発が重すぎただけじゃろ」

「こんなか弱い女子に向かってヤダー、先生ったら」

巨岩魔物ギガントロックを拳で砕ける子がなにか言っとるのう」

「うふふふふ」

「ほっほっほっほっ」


 先生と談笑してから家に帰った。

 庭いじりをして、おやつを作って、夕食の仕込みをして、と忙しくしていると子どもたちが帰ってきた。


「ただいまー」

「お母さんただいま」

「おかえり。手を洗っていらっしゃい」

「はーい」


 あたしとダギルハーズの宝物たちは今日もかわいい。長女のガザーラはあたしに似たのか人懐こく、長男のフラートはダギルハーズによく似て頭が良い。ご近所さんからも愛されてすくすく成長している。

 おやつを一緒に食べながら学校であったことを聞いていると幸せだなあ、と思う。

 この幸せをあたしだけが知ってるなんてもったいない。ダギルハーズはもちろん、街中、いいえ世界中の人に教えて回りたいわ!

 家族との幸せエピソードを大声で宣伝しながらする世界旅行……。悪くないわね。むしろいい。

 宣伝云々は置いておいて、ダギルハーズが隠居したらゆっくり旅行するのも良いわよね。今は家業で忙しくしてるんだし。老後まで楽しみになってきちゃった。ダギルハーズが帰ってきたら提案してみましょ。


「おかあさんうれしそう」

「お母さんも良いことがあったの?」

「お父さんとあなたたちがいるおかげであたしは毎日幸せよ。二人とも生まれてきてくれてありがとう」


 たしかにあたしは幸せの絶頂だったのだ。

 たとえ翌日ダギルハーズが予言で魔王になると言われても。

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