第4話
あたしの両親を殺した魔物は見つからなかったらしい。
あたしの話を聞いた自警団が見つけたのは当然だけれど両親のめちゃくちゃにされた馬車だけで、魔物の痕跡を辿ってみたけれど、どこにいったのかさえも分からなかったそうだ。
もしかしたら空を飛ぶ魔物の仕業ではと主張する人もいたけれど、この辺りは人を襲うような空飛ぶ魔物の生息域から外れているためおそらく違うだろう、とのことだ。魔物はめったに自分の縄張りを離れないものね。
孤児となってしまったあたしは幸いにも町長さんが運営する孤児院で生活することになった。両親の遺産も取り上げられずに、成人したら自由に使えると言っていた。町長さんが善い人で良かった!
両親が死んでしまったのは悲しいけれど、と~~~っても悲しいけれど、これから毎日ダギルハーズと会えるのね! 不幸中の幸いだわ! あたしったら幸運ね、日頃の行いが素晴らしいから!
ダギルハーズはいつかお父さんたちのように世界を旅する商人になろうね、と言ってくれて、あたしは嬉しくて泣いてしまった。一緒に幸せになりましょうね、ダギルハーズ!
孤児院では街の簡単な雑用をこなしつつ、学舎で教育を受けることができた。正直、勉強より体を動かすほうが得意だし好きだけれど、ダギルハーズが分かりやすく教えてくれたからがんばれた。ダギルハーズってば先生にも向いてるんじゃないかしら。
教壇に立つダギルハーズ……。生徒たちに慕われるダギルハーズ……。とってもいいわ……。
ダギルハーズがお父さんみたいな商人を目指してくれるのは嬉しいけれど、あたしはダギルハーズと一緒にいられるならそれが一番の幸せだから、ダギルハーズがなりたい職に就いてくれたらいいと思っている。売れない画家でも、鳴かず飛ばずの吟遊詩人でもいいのよ、あたしが稼ぐから!
そう伝えればダギルハーズは照れたように笑ってお礼を言ってくれた。
「ありがとう、ファウバスィーヤ。でも君と一緒に旅するのが僕の夢だから」
ですって!!!
あたしの未来の旦那様ちょうかっこいい!!
孤児院の生活にも街にも慣れたあたしがびっくりしたのはダギルハーズのお母様だった。
お義母様はあんなにかっこよくてたよりになって眉目秀麗で頭脳明晰で生まれてきたことが親孝行のダギルハーズがあまり好きではないらしいのだ。
初めてお会いしたときはしこたまお酒を呑んでひどく酔っていらっしゃって、呂律の回っていない口であたしは何事か言われた。九割聞き取れなかったけれど、罵倒だったんだと思う。
ダギルハーズに申し訳なさそうに謝られたのでたぶんそう。でも嫁姑問題なんてどこにでも転がってるわ、大丈夫よダギルハーズ! あたし、お義母様に気に入られてみせる!
毎日酔っていて寝てばかりのお義母様の代わりにダギルハーズの家を掃除したり、食事を作ったり、体が痛いと訴えられればマッサージをしたり、あたしはとにかく思い付く限りがんばった。こっそりお酒にお水を混ぜたりして殴られることもあったけれど、ごめんなさいお義母様、あたしは
何を言われてもされてもケロリとしているあたしにお義母様は呆れたようで、部屋に籠りがちになってしまった。そんな、あたしの顔を見るだけで居間から出ていなかなくても。運動はしなくちゃ体に悪いからとお義母様にお願いにお願いを重ねて一日一回の運動はすると約束してもらった。
ダギルハーズを産んでくださった方だもの、お体に気を付けて長生きしてもらわないとね!
お酒の代わりに果実水なんかを差し入れていればお義母様も諦めてくれたようで、だんだんと酒量は減っていった、
そんな生活を続けていると気づけばあたしは十五才、ダギルハーズは十三才になっていた。
学舎で一番の成績を取ったダギルハーズは町長さんからとびきりの称賛と、王都に住む親戚の養子にならないかと打診があった。
その親戚は大きな商会を経営しているのだけれど独り身で、優秀な跡取りを探しているそうで、ダギルハーズの成績を聞いてわざわざ王都から出向いてくれて、直接話したダギルハーズは町長さんと同じでとても感じの善い人だったと教えてくれた。良かったわね、ダギルハーズ! これでダギルハーズが学びたいことがたくさん学べるわね! だって学舎にある本でダギルハーズが読んだことのない本なんて無くなってしまったのもの。
王都とこの街で離れ離れになってしまうけれど、待ってて、あたしもきっと王都に行くから!
手紙だって毎日書くわ、と手を握ればダギルハーズはちょっぴり寂しそうな顔と、……なんだろう、とってもかっこいいけれど、一度も見たことのない表情をしてあたしを抱き締めた。
…………ダギルハーズはあたしと一緒なら王都へ行くって返事したんですって。婚約者だから。婚約者だから! 大切なことなので二回言ったわ!
しかも親戚の人はあたしが一緒に行ってもいいと許してくださったのですって!
い、いいの? えー──いいの?! 嬉しい、大好き、愛してるわダギルハーズ!
「僕も好きだよ、ファウバスィーヤ。……あ、あいしてる、よ」
はにかみながら、にっこり嬉しそうに笑ったダギルハーズのご尊顔を至近距離で浴びたあたしは間違いなく世界一の幸せ者だわ。すごい、こんな幸運があっていいのかしら? やっぱりあたしったら日頃の行いが超良いのね! こんな素敵な婚約者が将来の旦那様になるなんて!
眉目秀麗で、頭脳明晰で、気立てが良くて、きれいで、かっこよくて、やさしくて、将来性も抜群で! こんな良い子が息子なんだもの、ちょっぴりイライラしやすいお義母様だって喜んでくれるはずだわ! 王都は誰もが憧れる場所なんだもの! こうしちゃいられないわ、はやくお義母様にもこのビッグニュースを伝えなくっちゃ!
そう意気込んで期待に胸を膨らませたあたしたちはダギルハーズの家に急いでいた。もちろん手はつないだまま。
「おい、ダギルハーズ、ファウバスィーヤ!」
「あら、おじさんこんにちは」
「どうしたんですか、そんなに急いで」
いつも酒瓶片手に赤ら顔でご機嫌でいる近所のおじさんが血相を変えてあたしたちに駆け寄る。いつも通りお酒臭かったけれど、おじさんの片手にはお供の酒瓶がなかった。
「ダギルハーズ、おまえのおっかさんが……!」
お義母様は死んでしまっていた。
酒量は減っていたのに、今日に限って昼間から深酒をしてしまったらしい。そんな状態でも食事を作るために買い物をしようと出かけようとした拍子に階段から足を踏み外してしまったのだという。幸か不幸か、当たり所が悪くて即死、苦しむ暇もなかっただろう、とお医者が言っていた。
ああお義母様。買い物ならあたしがいつでも行ったのに。それとももっと厳しくしてお酒を完全に止めさせるべきだった? そうしていたら酔って足元が疎かにならなかったのかしら。
たくさんの大人に荷物みたいに運ばれていくダギルハーズのお母さんをどうすることもできずに見送りながらあたしは呆然としていた。
そりゃあお義母様はろくに家事もせず、現状を改善する努力もせず、お酒に逃げて、口を開けばダギルハーズに八つ当たりする、けっして誉められないような人だったけれど。でもこれからだったのよ。
ダギルハーズが養子になって、王都に行って、王立学院に通って、そうすれば周囲はみんなダギルハーズが優秀だって誉めてくれるわ。そうしたらお義母様だって、ダギルハーズがとびきり良い子だってわかってくれると思っていたのに。
お義母様に責められてばかりだったダギルハーズは、もう二度とお義母様に誉めてもらえないんだわ。
そう思ってしまったら、あたしはたまらなくなって、隣にいたダギルハーズに抱きついた。
ダギルハーズの体は冷たくて、かすかに震えていて、初めて会ったときよりずっと成長していたのに、とても小さく感じた。
吹き荒ぶ冷えた風がダギルハーズをどこかへ連れ去ってしまいそうな気さえして、あたしはダギルハーズがどこにも行かないようにずっと抱き締めていた。
ダギルハーズはたぶん泣きたかったんだと思う。でも泣けなくて、だからあたしはダギルハーズの代わりに次の日目が腫れるまで泣いた。
簡素な弔いが済んで、喪が明けるまで町長さんの親戚はダギルハーズを待ってくれた。本当にやさしくて善い養父がダギルハーズを見つけてくれてよかった。
喪が明けてからあたしたちは王都へ引っ越した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます