卒業式


 そして卒業式を僕は迎える。


 この日、ようやく僕は契約から解放され、会話をすることが許される。


 長いようで、短かった。


 非常に短かった。過ごしているときは、砂時計の砂が落ちるのをじっと見ているくらいに退屈で、それでいて思い返すとあっという間だ。



 冷たく、乾いた空気が漂う。


 いかにも儀式的に飾られた花々や装飾。


 いつも聴いていたクラシックが、体育館のスピーカーで流れている。


 大きなストーブが、とどろく音を鳴らし、ノイズとなる。

 

 順番に、一人一人、名前が呼ばれ、そして返事をし、また着席する。


 僕は視線だけを動かして、周りの人間の表情を見た。


 全員、まっすぐ、前を向いていた。


 前にある何かを。じっと。でもそれは、見つめているというよりかは、そこに視線を固定しているいうふうで、いわゆる「見るともなしに見る」というやつだった。


 また一人呼ばれた。


 声量もタイミングも動作も。すんぶん違わず、一緒だった。


 僕はそれを見ていると、不思議と、工場をイメージした。


 ベルトコンベアーで流れていく彼ら。


 教師たちが、儀式的にそれらを確認する。


 そしてそれを繰り返す。


 妄想が加速していることに気づいた。


 また一人呼ばれる。


 退屈すぎるがあまり、きっと訳の分からない妄想にまで思考能力が回ってしまったのだろう。


 僕は頭を振って、前を見た。


 そこには、「味方」がいた。


「味方」の様子が少しおかしかった。



 いや、少しどころではない。だいぶ、かなりおかしかった。



 虹色の髪は真っ黒に染められており、非対称だった髪の毛は両方が均等の長さになっていた。ちょうど、セミロングくらいだった。


 金色の瞳は光を失い、灰色となっていた。


 白の翼は見えず、肌も小麦色から、ただの肉色にくいろとなっていた。


「ごめんなさい」


 そう呟く彼女は、悲哀ひあいの煙を吸い込んだようだった。


 俯いて、今にも泣きだしそうで、つい視線を逸らしてしまう。


「ごめん……なさい」そう言って、体を震わせる。何かをこらえるように。


 そしてまた一人呼ばれた。


 僕の前の前の生徒だった。


「……なさい」ストーブの音にかき消されて、掠れた声しか出ない「味方」。


 僕には、なぜ彼女は謝るのかが、分からなかった。


 それに、「味方」が普通の女の子のような恰好かっこうをしているのかが分からなかった。


 また一人。


 僕の前の生徒。


「私が……もう少し頑張っていれば。変わったのかもしれない……」


 何が変わったのだろう。僕には分からない。


 けど、そのことを考えている暇はなかった。


 もうあと少しで僕が呼ばれる。


 その時、僕は緊張していることに気づいた。




「どうか、お願い……。返事をして……それだけ……私が願うのは、ただそれだけ」と、「味方」が泣きだした。会場に響き渡るほどの号泣で、僕にすがりつくように泣きながら、彼女は懇願した。



 そして、「味方」が涙でぐちゃぐちゃになった顔で僕を見た瞬間。



「望月詩音」と、僕の名前が呼ばれた。



 僕は————




 返事をしなかった。




 僕はゆったりと立ち上がって、澄ました表情で前を見た。もちろん、その視線の先には「味方」がいた。


 彼女は絶望に打ちひしがれたような顔をしたのち、膝から崩れるようにして床にへたりこんだ。


 僕は着席して、「味方」を見下ろした。


 そして彼女は、よろよろと立ち上がって、笑顔で僕を見た。もちろん、その目には涙が浮かんでいた。


 僕は視線だけで彼女の動作を追う。


「味方」は、立ち上がって、大粒の涙をポロポロとこぼしながら、僕の視界から消えた。


 彼女はどこかへ行った。


 ——それが「味方」との別れであることが、僕にはわかっていた。


 考える必要もなく、彼女がもう二度と僕の前に現れることはないこととも。

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