三年生

 三年生になった。


 二年から三年の一年間は、一年から二年になる一年間よりも、ずっと短く感じた。


 二年生になれば、大抵のことには慣れ、時間の感覚が麻痺するからだろう。


 流れるように過ごしてきた時間。それもあと一年で終わる。


 ちなみに、僕に対するいやがらせ行為についてだが、修学旅行が終わって、夏休みが明けてから、フェードアウトするように消えた。


 結局、あれは単なる暇つぶしでしかなかったのだ。二年生という時期は、たぶん一番暇だ。


 一年のような新しい刺激もない。

 三年のような緊張感や、卒業への感慨かんがいもない。


 夏休みに入れば、部活で忙しくなるし、三年は引退して自分たちが長だという優越ゆうえつに浸れる。


 僕のような存在は、そこには入らない。まるでピースの違うジグゾーパズルみたいに。彼らの青春というピースには、僕という存在は当てはまらず、誰からも必要とされていない。


 今後、彼らがこの時を語るとしても、その時、僕のことは思い出してくれないだろう。


 もし誰かが思い出しても、ああ、そんな奴もいたな。という僅かな苦笑のひと時で終わる。


 だから二年の夏以降、僕は一年と何も変わらずに生活できて、そのまま三年になった。


 その時には自分の進路がおおよそ見えていた。だから、あとはそれに向かってただやるべきことをやるだけ。


 三年になってからすぐ、三者面談が行われたけど、僕はやはり無言だった。

 三者面談と聞くと、個人面談よりも憂鬱ゆううつ煩雑はんざつ鬱陶うっとうしい、というイメージを生徒は抱くかもしれない。


 けど、僕とってそれはなかった。三者面談はその空間に三人がいる。ということは、僕が喋らなくても、会話が成立する最低人数が集まっているのだから、僕は何も気兼ねすることはない。ただただ流れるように身を任せるだけで終わった。


 しかも、僕は成績に関してはやはり上位で、特にとがめられることもなかった。だから堂々と黙っていた。


 母は、僕の学校での事情には深入りしない。僕も、あまり深入りしてほしくないから、それとなく伝えていた。

 だから、母は、三者面談のときは大学のことしか話さなかった。まあ、三年生にもなった息子の学校での人間関係に真剣に相談する親というのも、珍しいものかもしれないけれど。


 僕の進路なんてどうでもいいと思うから、どうなったかを先に語ると、僕は東京の私立大学に行くことになった。僕の高校からその大学に行くことになったのは、僕が最初だった。


 僕はもともと成績が良かったから、推薦で合格した。もちろん、面接はないところだった。


 だから僕は受験勉強というものをまったくもってしていない。三年の夏休み以降、教室に居残りする生徒が増えたり、図書室を自習で訪れる生徒が増えたり、教室で勉強の話などが頻繁ひんぱんにあげられた。


 けれど、僕にはその「受験勉強」というものは


 僕は、一年の時にしていたように、誰もいないところで、誰も見ていないところで、ひっそりとクラシックを聴いて、悲しくも辛くもならず、ただただ胸に溜まる中身のない感傷をなぐさめていた。


 三年生のある時、ふと気づいた。




 僕は一年生からしてきたことを、

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