浅井


 僕の高校は、一年の終わりから文理選択が始まる。二年からは文系と理系によってクラスが分けられる。


 僕はそのとき、特に進路については考えていなかったので、なんとなく理系にしていた。本当に目的があったわけでもない。なんなら、理系の人数がいっぱいなら進んで辞退して文系に移るぐらいには、なんとなくだった。

 といっても、理系の人数がいっぱいになることはなく、むしろ理系クラスは、全九クラス中たったの二クラスで少数精鋭しょうすうせいえいというやつだった。


 一年の教室にあった自分の机を、二年の教室へと運び、指定された位置に着席した。このとき、僕はまたもや最前列の右端だった。


 教室はそこそこな喧噪けんそうに包まれていた。一年の頃に知り合いだった生徒がいたのだろう。そういう連中たちが固まって談笑だんしょうしていた。


 そこへ、春川とまったく同じ動作で教師が入ってきた。彼女と何一つ変わらないその動作に、つい僕はその教師が春川なのではないかと疑ったほどだった。


 けれど、彼女は春川などではなく、浅井真理あさいまりという教師だった。


 浅井は僕らを見渡し、そしてこう言った。


「このクラスの担任になりました。浅井真理です。一年間よろしく」


「私は皆さんの個性を大事にしたいと思っています。ですので、お互いに個性を尊重できるようなクラスが、私の理想です」



「では、まず皆さんに、自己紹介をさせていただきます。名前と一年のクラス。部活動に、生年月日と……自分の個性を言ってください」


 そして、浅井は僕を指名した。



 僕は無言でその場に立ち尽くした。



 教室は沈黙で包まれ、制服がれる音、誰かが咳ばらいをする音、ため息、たまにささやく声。


 それらが一様に繰り返された後、浅井は言う。


「最後に回しましょうか。次の人」


 僕は、その時の浅井の顔を見ていた。


 一年生の時は、緊張と恐怖、羞恥しゅうちで教卓の前に立つ存在なんか頭から追い出していた。



 けれど、僕はその時浅井の顔を見た。




 その時の彼女は、顔をしていた。

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