変化

 人間とは、慣れる生き物だ。


 僕の異常な高校生活は、二、三か月程度で正常なものへと変わった。


 会話をしなければいけない場面は、毎日だいたい二回程度はあったが、それでも僕は無言を貫いた。


 学校にはもう僕が絶対に喋らないというキャラクターで構築されていた。クラスメイトは誰も話し掛けないし(入学から数週間は話し掛ける者もちらほらといたが、全部無視した)教師もなるべく僕を避けるように指名した。



 学校に行かない、あるいは辞める、保健室登校をする、という選択肢はもちろんあった。だけど、それは僕のポリシーに反した。



 僕は、やるなら徹底的にやる性格なのだ。だから中途半端になって、逃げるという選択は生理的に受け付けなかった。

 それだけでなく、おそらく僕は完璧主義に似たようなものがあるのだと思う。間違いや矛盾に関しては黙っておけないタイプだ(と言っても、黙るしかないのだが)。




 同様の理由で、「神」からの条件に抜け穴を探したりもしなかった。例えば、「会話」とだけ言われているから、独り言のようにして、誰かに話し掛けたり、あるいは紙に何か書いたりとかだ。(ちなみに、これを思いついたのは高校を卒業してからずいぶんと時間が経ってからである)



 二、三か月のうちに、僕は少しずつ変わった。一つはもちろん僕が無口になったことだけれど、それに付随していくらかの変化が現れた。




 一つは学力だ。

 仲間内で足を引っ張り合うようなことは一切なくなり、真面目に授業は受けていたからだ。もちろん、真面目に受けようが、不真面目に受けようが、僕は授業中に指名されても何も答えられない。

 けれど、なぜか指名される恐怖によって、僕は驚くほど集中できていた。「備えあれば憂いなし」というが、この場合、備えることによって憂いを少しでも減らした、と錯覚したい希望的観測なのかもしれない。


 あるいは、あとで気づいたことなのだが、これは威嚇行為でもあったのだと思う。僕は勉強ができる、ただ黙っている人形じゃないんだぞ、という一種の意思表明のような。けれど、どうせ伝わるわけもないので、これらは結局は単に学力が上がっただけということに落ち着く。



 ともかく、僕の学力はみるみると伸びていた。第一回目の定期テストは一学年の生徒三百程度に対して、僕は十位かそこらだった。

 だけど、僕は別に嬉しくもなんとも思わなかった。確かに、心のどこかで、大学は高校の連中とは被らないようにしようと考えていたかもしれない。仕切り直しというやつである。

 けど、それにしたって、具体的な目標をその時から考えていた訳では無いし、それほど張り切って勉学に勤しんでいた訳でもなかったため、好成績という成果は、僕にしてみればただの変化というもので片付けられた。



 そして二つ目は趣味だ。

 僕は昼休み、独りでご飯を食べるから、当然時間も余る。その数十分の間、僕は学校を歩き回った。ただ歩き回るのではなく、なるべく人気の少ない所だ。




 誰も使わないような視聴覚室や調理室、少し湿ったプールの更衣室、屋上へつながる埃っぽい階段の踊り場。




 そこから窓の外を眺めると、不思議と空を飛びたくなってくる。悲しくはならないけど、なぜか感傷的になる。




 そこにいる空間が、まるで展開図のようにパタパタと切り開かれ、そして空中に舞うイメージを、どうしてもしてしまう。そしてそのまま僕は空中を飛び回るのだ。



 あてもなく、意味もなく。



 けど、実際にそんなことはできない。



 僕はクラシックを流したりして、閉鎖的な空間で開放的な感傷に浸る。



 その時だけは、時間を忘れることができた。



 ただ逃げていただけなのかもしれない。けど、当時の僕にとって、それが学校で幸福を感じられる唯一の方法だった。

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