「神」

「神」と名乗る男が僕のところへやってきたのは、入学式前日の夜のことだ。


 その日、僕は入学式の準備を終え、適当に雑誌でも読んでいた。「神」は唐突に僕の部屋に現れ、そしてこう言った。


「我は神。そなたに契約を申し込む」その声は驚くほど低く、そしてゆっくりで、まるで地中のプレートがうごめくかのような発音だった。


「神」は、全身が黒かった。頭には大学の卒業式で使われるような四角くて黒い帽子を被っているし顔は黒子で見えない。上半身は裁判官が着る法服のように真っ黒で、靴も、手袋も、何もかもが黒かった。


 まるで、何かを押し殺しているかのように、真っ黒に染まった「神」を、僕はただ見ていることしかできなかった。


 僕が黙っていると、「神」はその場で契約の内容を読み上げるように淡々と言った。先ほど言ったように、その内容は高校生活における一切の会話を禁止する代わりに何でも願いを叶えてくれるというものだった。


 僕は願い事のことよりも、その存在の威圧感によって、その契約を飲みこむ他なかった。


 圧倒的な恐怖に侵され、僕の思考・判断能力はミジンコかそれ以下だったと思う。


 僕が頷いたのを見ると、「神」は地面に染みこみように溶けて消えた。

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