小話 友と 〜忠道〜
ユイが無事に子を産んだという報せには、心から安堵した。
と同時に、なんとも言えない温かい寂しさが胸を満たしていた。
澄んだ月光が雪を纏った木々を照らす夜の庭を眺めながら、祝いの品は何が良いかなどと思案していると、父親になったばかりの男がふらりと現れた。
「なんだ。一瞬もののけかと思ったぞ。」
「正式にお会いするには時間がかかるので、こんな形をお許しください。」
そう言って颯介は、雪の精のような微笑みを見せた。
「おめでとう。」
婚礼の日よりずっと、心を込めてその言葉が出た。
「ありがとうございます。」
幸福な笑みを浮かべる颯介だが、その顔はいつも以上に白っぽい。
「ユイ、あまり調子が良くないのか?」
「ええ。もう魂はもたないでしょう。間も無く居なくなってしまいます。なのでお知らせに。」
もう…… か。
先の戦い以降、体調不良が続いていたユイ。別れが遠くないことを覚悟してはいたが、いざとなると心臓が凍り付いたような心地になる。
「俺にできる事は?」
負の感情を飲み込んで訊ねると、颯介は柔らかい眼差しを寄越し深く頭を垂れた。
「僕はこれから、ユイの魂を元の体に戻す術に取り掛かります。これが少し厄介でして…… 命を賭ける事になります。義父上やサキ様もいらっしゃいますが……万一の時は、うちの息子をそっと見守って頂けないでしょうか。僕の血を引いているので色々と心配でして。畏れ多い願いだと承知していますが、友人として貴方にお願いしたいのです。」
「安心しろ。他ならぬお前達の子だ。お前がいようがいまいが、元々気にかけずにはいられないさ。」
「ありがとうございます。もうひとつ、お願いが。」
「何だ?」
「魂還しの術は、明日の卯の刻に施します。その時間、出来れば起きていてください。……おそらくですが、貴方を強く慕う魂も輪廻の輪に還ります。彼女が迷わぬように祈りをかけてくださいませんか。」
流石にそれには目を見張った。
「参ったな。そんな事聞いたら、朝まで眠れないぞ。まあとにかく万事任せろ。安心して全力でやってこい。でも…… 絶対死ぬんじゃないぞ。」
「善処します。」
もう一度頭を下げると颯介は静かに去っていった。
颯介が居なくなった後も、俺は月を眺めるでもなく暗い庭先に立っていた。
今の顔は誰にも見せられない。
初々しい君、想い合った幼いあの日。
共に闘った日々、逞しく成長した君。
時に俺を励まし、時に俺を苦しめた君との記憶が次々と蘇る。
そして、あいつの隣にいる時、君はいつも幸せそうだった…… 呆れるほどに。
俺はいつも君を想い、祈ることしか出来ない。
だから、魂を颯介に委ねて俺は明日も祈るよ。
君の
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