終章
こひびとよ
「勇生、いいのかよ今回の話、結構お得だぜ。お前の団体ならきっと審査通るのにさ。勿体ない。」
煮込みソースカツを頬張りながら、小林がぼやく。
「いいんだよ、補助金なんて頼らなくても。俺たちの活動に価値があれば、結果はついてくるさ。」
「馬鹿だなぁ。あるものは何でも上手く使いやいいのに。」
高校時代、オタク道まっしぐらだった小林は実家を継いで今や地元で人気の歯医者だ。色んな地域の団体とも繋がりがあり、情報を仕入れては教えてくれる。
あれから、十数年の月日が経った。
俺は勉強も部活も懸命に取り組んで、憧れの京都の大学に進学した。そこでは経営学を学び、卒業後は外資系コンサル企業に就職し、その後しばらくは各国を飛び回っていた。
そして一昨年、会社を辞めて地元に戻り、中小企業の経営支援をする小さな会社を作った。
それと同時にちょっとしたNPOも立ち上げた。
まぁ、コミュニティレストランを運営したり、子ども達の居場所・遊び場を作ったり、冬には老齢世帯の雪かきを手伝ったり、地域の困りごとを少しでも解決出来れば良いと思って活動している。
団体名は『TACHIAOI』。
使わなくなった商家の蔵を改装した事務所では5人のスタッフが働いている。
「そういや、また知り合いの女の子からお前が既婚者かどうか聞かれたぞ。ったく何回目だ。羨ましい事。」
「羨ましくないだろう。好きでもない相手からいくらモテても迷惑なだけだ。」
「お前、そういうとこ傲慢だよな。そんでまだ運命の出会いを待っているんだろ。相変わらずどんだけ乙女なんだか。…… まさかホントに
「どうだろう。性別にこだわりはないけどね。」
「マジか。いっとくけど、俺は彼女居るから。」
「大丈夫。お前じゃねぇよ。」
「しかし、いつまで夢見る乙女でいるんだよ。恋なんて、そんな大袈裟なものじゃないと思うぞ。映画や小説じゃあるまいし、現実は地味なもんだ。そして、それはそれで結構心地良いんだよ。運命の相手…… みたいな劇的なもん探していると、結婚どころか、一生相手なんか見つからねーぞ。」
小林の言う事は最もだ。
でも、俺には何年経っても忘れられない想いがあって…… 恋愛を避けていた訳では無いのに、これだという出会いには恵まれなかった。
多少女心も分かるからか、それなりにモテてきた方だと思うし、人並みの欲もあるけれど、中途半端な付き合いができなくて結局フリーのまま過ごしてきた。
「あ、俺そろそろ行かないと。」
スマホが震えて時間を知らせた。
「ん? やっぱり彼女か。」
「違うっての。A大に留学してきている学生さんがうちのNPOの活動に興味を持ったらしくてさ。今日、桜を使ったPR画像を撮影するって言ったら見に来るって。これから現地で待ち合わせなんだ。」
「女の子か?」
「そういえば聞いてなかったな…… フィンランド人の名前ってよく分かんないんだよね。メールでやりとりしただけだから。」
「大丈夫かよ。」
「番号は伝えてあるから、会えるさ。」
桜の香が満ちた城址公園内。
およそ千本の桜が石垣を、堀を、天守を彩る。
花びらが浮かぶお堀の表面には陽光が漂い、石垣には水面の煌めきが映し出されている。
慣れ親しんだ武道場からは、威勢の良い掛け声が響いてくる。
ここに来るとつい思い出してしまう大切な友、愛しい子、そして…… 俺の魂が乞う人。
石垣を撫でると、胸の中にあの日々が鮮やかに蘇る。
瞳を閉じて、この場所の匂いを感じる。
柔らかな風が頬を撫でていく。
遥か遠いあの場所で、彼に触れられた感触を想う。
『どんな姿であっても、きっとあなたを見つけ出します。』
いつか出会える。
そう思ってしまうのは、彼がかけた呪だろうか。
留学生との待ち合わせ時間には少し間があるから、俺はカメラを構えて、ひと足先にこの風景を切り取っておくことにした。
今だけの薄桃色の景色をカメラに収めようと、夢中になってシャッターを切っていると……。
「…… Excuse me. Are you Yui?」
ふと声をかけられ、俺はその声の主の方へ振り向いた。
降る花びら。
積もる花びら。
一陣の風が吹き、それらは一斉に踊り出した。
—— 完 ——
【参考文献】(敬称略)
『明治元年の日本と土佐』
高知県立高知城歴史博物館
『会津若松市戊辰150周年記念誌 「義」の想い つなげ未来へ―』
会津若松市戊辰一五〇周年記念事業実行委員会
『一八六八年の会津藩』
若松城天守閣博物館
『徳川家が見た幕末の怪 』
徳川 宗英 角川新書
『山本覚馬: 知られざる幕末維新の先覚者』
安藤 優一郎 PHP研究所
『妖怪と怨霊の日本史』
田中 聡 (株)集英社
『古代東北まつろわぬ者の系譜』
武光 誠 毎日新聞社
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