5  五芒星を掲げて 〜曇り空に唄えば〜

 五芒星が配された旗が、風を受けて靡く。


 5本の直線で星印が紺色で描かれた、平和への願いを込めた旗。

 会津藩の救解を求め、東北の平和のために手を取り合おうと東北諸藩の間で同盟が結ばれた。

 その同盟旗は、いま東北各地ではためいている事だろう。


「大義を天下に伸るを以って目的となす」

 この同盟は、新政府との積極的対立を意図したものでは無く、新帝を担ぐ薩長藩閥に義は在るのか、真の義はとこにあるのかを問いかけるものだ。

 あくまで合法的に事を進める為、忠道様と各藩が示し合わせた大方針は「玉を護れ」ということ。

 「玉」は奥羽鎮撫総督。

 新政府の総督としてやって来た久師様は五摂家の方で、数ある公家の中でも超トップクラスの身分。

 しかもこの方、大政奉還前は幕府との協調を推進していて、それが元で一時期参内停止処分を受けたこともあるという、実は幕府側にも理解のある方なんだそうだ。

 久師様を、東北から逃さない。言い方を悪くすると、こちらへ取り込みたい。

 同盟は帝と敵対する気はなく、新政府を牛耳る薩長の対応に疑義があるだけ。

 だから、それを総督に分かってもらい、同盟は、あくまでも奥羽鎮撫総督の下で結ばれたという事実が、こちらの正当性を示すのに何より重要なんだって。


 新政府軍は何かと煽ってくるけれど、挑発に乗って総督府の役人を斬ったら即開戦だからね、今同盟軍はそんな挑発には乗らず、ひたすら耐えている。

 そして、そんな東北の慎重な一連の対応に、痺れを切らした新政府は、なんと自ら総督府要人の暗殺をも仕掛けてきている。

 足がつかないように梟を使った妖案件もあって、立葵うちをはじめとしたもののふに護衛の依頼が来たりしている。

 うーん。東北の各藩、各地のもののふが新政府側の奥羽鎮撫総督の人達の身の安全を全力で守っている状況ってなんなんだろうね。



「天にかかる薄雲を祓う術は、一つではない。」

 そう言う忠道様達は、和平工作に、軍備増強に、外交折衝に大忙しのようだったが……。

 多忙を極めているはずの面々が、ある夜うちにやってきた。



「今度プロイセンの商人達が来る。…… 同席してくれないか。」

 忠道様が、言いづらそうに告げた。

「え、何で?」

 プロイセンって、ドイツ辺りの国だったよね。そこと会津も結びつかないし、私がどう関係するかも分からない。

「我々は表面上は恭順姿勢を貫くが、新政府側に侮られない戦略も必要だ。今同盟は、プロイセン、アメリカ、フランスなどの諸外国との連携に向けて動いている。今回のはその一環だ。」

 忠道様の説明を聞いても、首を傾げる私に対して秀里さんが付け足す。

「薩長閥はイギリスを取り込んでいます。いや、取り込まれているのかな。他国は中立の立場をとっていますので、味方とまではいかなくても、その立場を守ってもらわないと戦略上も困るのです。」

「我々の同志、旧幕府の海軍は健在だからね。それが諸外国に反政府勢力と認定され、万一の際に航行ルートを遮断されるのは困るのさ。」

 秀里さんに続いて拓馬さんが補足した。なるほど、イギリス以外の国は様子見状態だから、敵に回さないように調整中って事ね。

「今回表面上は、商談に来るだけだ。鉱山をひとつ貸し出すから、最終的な現場確認と契約締結のためということで会津入りしてくる。が、今回来る商人はプロイセン本国の首相と繋がっている。実際にはもう少し込み入った話をすることになるだろう。」

 ふんふん頷く私に忠道様が、説明を付け足した。


「プロイセンの人達が来る理由は分かりました。でも、私が必要な理由は…… 護衛?」

 やたら大きい話に、私の出番が見当たらないんだけれど。

「ユイさん、先方は英語も堪能らしいのです。通訳として付いてくる方も元はイギリス出身らしいですし。なので。」

「通訳補助ってことですか!」

 秀里さんの言葉に漸く合点がいった。この時代、私でもマシに思える位英語、話せる人少ないんだ。


「ん……ん、まあ。そんなところだ。」

「当日は、こちらで着付け等を行いますから、普段着でいらしてくださって大丈夫ですよ。」

「は? 着付け?」

 賓客相手に、私の普段着じゃ頼りないと? そうか、ビシッとした格好をしないと相手にも失礼か。

 そんな事を考えていると、

「忠道様、それ昼間ですよね。」

 ここまで脇で黙って聞いてきた颯介が硬い声をあげる。

「そうだ。」

「ユイにお酒、絶対に近づけないでくださいよ。」

「分かっている。」

 あれ、颯介がイラついている?


「大丈夫だって、ヘマしないようにちゃんと復習してから行くし、うっかり呑んで寝るような失敗しないから。安心してよ。」

 颯介は依然渋い顔をしている。

「その意気でお願いしますね。少しでしたら直前に特訓に付き合いますよ。頑張ってください。」

 おお、秀里さんの事前特訓。それがあれば何とかやれるかな。

「はい! 頑張ります。」

 期待に応えなくちゃ。甦れ、英語力! 

 

 やる気を漲らせる私の隣で、

「……もう、だから安心できないんじゃないですか。こういう所全然成長していないんだから……。」

 颯介は何やらブツブツ言い続けていた。




 プロイセンとの商談当日。


 灰桜色に銀糸や白糸で花が描かれた、ちりめんの着物を着せられ私は、更にしっかりめの化粧を施された。

 鏡を見たら…… すごい。3割増し位にはなっていた。

 通訳補助がこんなに着飾る必要ってあるかなぁ。なんて考えていると、秀里さんが現れた。


「思った以上に良い仕上がりですね。」

 満足そうに私の全身を眺める。

 あれ?

「ひょっとして通訳というか、接待要員でした?」

 眉を顰めると、秀里さんはわざとらしく肩をすぼめてみせた。

「若くて綺麗な女性が対応した方が、好感度が上がるだろうという下心は認めます。しかし、貴方の力を買っているのは嘘じゃありませんよ。例え貴方が男だったとしても、私は助力を頼んだでしょう。…… 無理して酌とかもしなくていいです。ただ会話をしてきてください。出来ればお国自慢みたいな話でもしてくれるとありがたいですね。」

 うっすら、セクハラの匂いもするけれど…… 能力も認めてはくれているようだし、ここは気合いを入れて頑張りますか。



 会場は、蒼井家所有の池泉廻遊式日本庭園、御薬園の中のお茶屋御殿。

 庭では、晩手の白牡丹が大輪の花を揺らし、薬用植物標本園 らしくオタネニンジンは見頃で、淡緑色の小さい花を多数咲かせていた。

 数寄屋造の建物の中に緋毛氈が敷かれ、椅子とテーブルが並べられている。


 鉱山のリース契約は滞りなく進み、もてなしの時間となった。

 秀里さんの期待に沿うように地元の酒や漆器、景勝地などの話をして地元の良さをアピール。その後、逆にプロイセンの名物を教えてもらったり、歌なども聴かせてもらったりしていい感じに盛り上がった。


 と思ったら、思わぬピンチがやってきた。

 

「Please sing.」

 何曲か相手の歌を聴いた後、そう求められた。

 う、歌ですか⁉︎


 どうしよう。

 外国の皆さんがニコニコと期待の目を向けてくる。

 薙刀の演舞とかじゃダメ?

 助けを求めてみんなの方を見た。


 (なんでもいいから歌っとけ!)

 忠道様は、そんな目で見ている。

 秀里さんと拓馬さんは、なんか意地悪な微笑みを浮かべているし。

 お父様だけだよ…… 心配そうにしてくれているの。


 …… 歌うしか無いか。

 腹を括り、気合い入れて立ち上がった。


 会場を見渡して、深く一礼をする。

 ああ、そんなにシンとならないで。

 題名を告げて歌いだす。

 マイクも無い、アカペラ。


 音は私の歌声だけ。


 —―暗い雲が立ち込めるような夜でも光はある そして明日も輝く


 上手いはずは無いけれど、メロディと歌詞に気持ちを願いを込めて歌った。



 歌い終わりも拍手があがる。

 ウケたのかな? 

 渾身の「レット・イット・ビー」

 もう一度深く礼をすると。

 会場中から拍手が起こった。


 —―ありがとうビートルズ。



 宴の後

 会津のみんなが労ってくれた。


「今日は助かったよ。俺は止めたんだが、秀里達がダメ押しでお前が必要だっていうから。」

 申し訳無さそうな忠道様が言い訳をする。


「外交は印象も大事なんですよ。英語を操る貴方に、皆さん驚いていましたね。歌は、助力をお願いする方々を前に『放っておけ』という題名の歌を歌うのかと……最初ヒヤリとしましたけどね。まあ、英語の歌なんて随分と難易度の高い事しましたね。結果は満点です。皆さん満足して帰られました。」

 秀里さんの言葉に一安心する。

 冷静に考えたら、日本の歌で良かったんだよね。私、パニックになって英語って思い込み、高校の校内合唱祭でクラスで歌った曲を、全力で歌っちゃったよ。


「それにしても、颯介君がいたら大変だったね。さっき口説かれてたでしょ。」

「しつこくなかったし、人妻になって、そういうの断り易くなったから平気ですよ。」

 揶揄うような拓馬さんに、余裕の笑みで返す。

「…… 本当にすまなかったな。」

 目の前の忠道様は表情を曇らせた。

「いいよ。少しは役に立てたなら。今日の好感度上手く使ってよ。」

「あとは任せろ。」

「うん。任せる。地震や台風や雷を避ける事はできないけどさ。戦は人間がやる事だから、避けられるかも知れないからね。」

「そうだな。国同士といっても、結局は人と人の繋がりだ。日本そして海の向こうの国々からも、これからも繋がっていたい国だと思ってもらえるように全力を尽くすよ。」

「忠道様なら出来る。また私が手伝えることがあったら言ってね。」

「ああ、ありがとう。」

 嵐の中の舵取りを頑張る忠道様にエールを送って、私はその場を後にした。

 



 その日の夜。

 1日の出来事を颯介に話した。

 颯介は、けっこうヤキモチ焼きの方なのかも知れない。

 こんな日は、いつにもましてスキンシップが多めになって、今も後ろから抱きしめて離してくれない。 

 話をしていくと、例の歌をせがまれた。

 少し気恥ずかしかったけれど、伴奏部分をハミングしながら、彼のために歌った。


「美しく、光が差すような旋律ですね。」

 耳元で、満足そうに颯介が呟いた。


 早く雲が切れ、陽が差すといい。

 

 

 


 

 

 

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