6  五芒星を掲げて 〜白貂を抱く颯介〜

 奥州の玄関口「白河」。

 古くから要所とされるこの地に、会津藩兵1,500、仙台藩など諸藩兵2,500が配備された。

 そしてこの奥羽越列藩同盟の砦となった白河口の総督に任じられたのはお父様だった。


 周辺の山々は透明感のある緑に溢れ、所々に咲く白い花が、瑞々しい緑を引き立てている。

「卯の花は邪気を防ぐ効果があるんですよ。」

 前に、颯介が嬉しそうに花を見つめていたことがある、きっと本来ならば妖が荒れにくい季節なんだろう。

 けれど、今は戦の気配に病んで暴れたり、狂ってしまう妖が少なくない。

 私達は、白河城周辺を異変が無いかパトロールし、病みかけた妖を発見し次第、鎮めて回っている。


 人間の起こす災いに巻き込まれ苦しむ妖を見ていると、申し訳ないような複雑な気持ちになる。

 こんな風に思う日が来るなんて、もののふを目指した頃は夢にも思わなかったな。



「…… ユイ、ねぇ大丈夫?」

「え、あ、七重ちゃん。」

 隣を歩いていた七重が、じっと見つめてきた。

「最近調子悪くない? ご飯もあんまり食べてないよね。」

 ほぉ、よく見ているな七重。まるでお母さんだよ。

 正直言うと、ここの所調子は今ふたつなのだ。


「バレたか。色々心配事が続いてるからかなぁ。柄にもなく食欲も落ちちゃって……。」

 肝心な時に調子を崩した情けなさを誤魔化す様に笑って見せた。

「しんどい時はちゃんと言いなよ。夜は眠れてるの?」

「うーん。あんまり夢見が良くないかも……」

 最近の夢は、焼け落ちるまちむら、老若男女が血に染まるような悪夢だったりする。目が覚めても怖くて、颯介の温もりを求めてしまう。


「眠りが浅い? 睡眠が足りてないかも知れないね。後で、何か煎じてあげるよ。」

 ううっ、七重。外見は男前になったのに、本当にお母さんみたい……。

「ありがとう。」

「そんな顔しない。大丈夫、大丈夫。戦なんて、負けなきゃ良いんだから。準備さえちゃんとしておけば、攻めるより守る方が楽だって兄さまも言ってたよ。」

 

 今の戦は、銃器の優劣がものをいうから、より遠くへ、より正確に狙える武器、そして銃弾の数が勝敗を決める。

 拓馬さんは、人脈を駆使して最新の武器を一通り揃えたらしい。

 同盟は、組織改編を行い、指揮を統一して実戦的な組織として軍事作戦を展開している。旧幕府海軍や連携も強固だし、諸外国との関係も悪くない。確かにあっさり負けるような事はないと思う。

 

 でも、もののふの情報網から入ってくる、先行する戦いの詳細などから、のんびり過ごしていた人や妖が平穏を失い、命が粗末に扱われるのを知ると胸が痛む。

 

 私だって妖と相対する際に命のやりとりは何度もあり、命を奪った事だってあるから、こんなの自分に都合の良い感傷なんだろう……。

 でも戦争って、やっぱり悲惨で怖いと思うんだよ。


「はぁ、戦なんて起こらない方が良いのにさ、京都で遅れをとった藩が、焦って東上してきているって話も聞くんだよね。今からでも戦功をあげ、新政府の中での発言力を大きくしようと目論んでるだって。勝てる戦に後から乗っかって美味い汁はしっかり吸いたいって、浅ましいけれど、それが将来的に領民の為にもなるんだもの。世の中って難しいよね。」

 つい息を吐く。白河の町も、同盟軍が滞在している事によって、経済が回り景気が良くなって歓迎している人もいるらしい。なんか複雑……。

「ユイ、みんながみんな戦をしたい訳じゃ無いんだから、大丈夫だって。振り上げた拳を上手く収められる機会を待ってる人も大勢いるよ。もう間も無く風向きは変わるから。」

 七重はキッパリと言ってニッと笑った。


 そうだよね。朝廷や東北以外の藩への働きかけ、もののふ省への申し立て、プロイセンをはじめとした諸外国との連携など、戦を避ける為の努力だって私達やれるだけやってきた。

 ここは過去じゃないんだから、みんなを、自分の歩いてきた道を信じよう。

 七重の励ましを受け、心を整えている所に、

「ユイ、どうしましょう。先程助けた妖が僕の後をずっとついて来て離れないんです。」

 困ったような声で颯介が駆け寄ってきた。


 見ると、ふわっとした長い尻尾を持つ、白貂のような妖が颯介の周りをちょこまか歩き回っている。

「本当だ。かなり気に入られているねぇ。」

 妖は、颯介の視界に入る位置にやってきては、尻尾を揺らし、ぴょんぴょん跳ねて、かまってアピールをしているようだ。


 やっぱり颯介は、妖にモテるな。

 力の弱い妖は、怖がって近づかないけれど、一定レベル以上の妖からは、これまでも様々アプローチを受けてきた。

 中にはお肉食べたいとか、交わりたいっていうのもいるらしいけど、颯介の霊気を心地よく感じて近づく妖は結構いるみたいだ。

 猫の「またたび」みたいなものなのかな?


「でも、ふわふわしてて結構可愛いね。なんか白っぽくて…… ちょっと颯介みたい」

 綿雪のような毛並みにアイスブルーの瞳の妖は、何処となく颯介に似ている気がしてついポロリと零した。

 すると、それを聞いた颯介はとんでもない事を言った。


「…… ユイ、。このまま飼ってもいいですか?」


 は? 飼う? 野生の妖を? ミケとは訳が違うと思うよ。


「それは……えっと、大丈夫なの?」

 否定的な響きがしたのだろう。

「多分……。」

 颯介はしゅんとして答える。

「…… まぁ、この子と颯介が嫌じゃないならいいと思うけど……。」

 慌てて、ついフォローすると。パッと目を輝かせた颯介は、白貂を抱き上げた。


「良かったですね、シロ。」

 颯介が言うと、『シロ』は颯介の胸に顔を擦り付けた。

 名前付けるの早すぎない?


「可愛い………… ふふっ。」

 白色のふさふさした毛を撫でながら、颯介はニマニマしている。


「ユイ…… ずっとアイツと居て疲れないの?」

 隣で見ていた七重は声を潜めて訊いてきた。

「まぁ颯介は、ああいう素直な所が持ち味だから……」

 ちょっぴり照れて答えると、七重は呆れた表情で深く息を吐いた。

 


 数日後

 東の空がほんのり明るくなった頃、新政府軍の奇襲があった。

 大田原まで進軍していた新政府軍は、同盟軍が白河に入った事を知ると、歩みを止めずそのまま東へと進撃してきたらしい。

 実戦慣れした浪士隊が急行して応戦している所へ、最新武器を携えた同盟の主力部隊が参戦し、難なく新政府軍を退けた。

 

 一定の戦力を示したところで、同盟側は、改めて講和を持ちかけた。

 上野、下野など各所で続く戦闘で、新政府軍も少し息切れ気味らしいという話も聞くから、応じて欲しいものだけれど。

 

 そのまま更に数日が経ち、幸い、その後戦闘は無い。

 理由のひとつは、季節外れの濃霧。


「うーん。本当に何も見えない。」

「これは、銃は無理だね。」


 どういう訳か、あたり一帯には雲の中のような異常な濃霧が発生し、ほんの少し先も見通せなくなったのだ。

 

 今こそ白兵戦で打って出る! 血の気の多い、浪士隊の出身者はそう主張していたみたいだけれど、忠道様達は講和案を提示して、戦を回避する術を探っている最中だから、そんな事はしなかった。


 そして濃霧発生から今日が5日目。

 いよいよ晴れてしまうのだろう。

 上空が明るい。


 ゆっくりと光が差してきた。

 水の粒子が七色にキラキラ輝いている。

 放射状に光の筋が走って、辺りは柔らかな陽の色に染まっていく。


 どうしてこんなに綺麗なんだろう。

 …… 霧が晴れたら、戦が始まってしまうのに。


 


 消えゆく霧の向こうから、銀色に輝く蝙蝠が飛んできた。

 腕を伸ばして呼ぶと、それはぶら下がって、メッセージを伝えてきた。

『停戦協定ナル』


「まあ……。」

 梅子先生は胸を押さえる。


—―終わったんだ。


 きらきらゆらりと光のカーテンが靡いている。

 今日は本当に美しいな。



「こんにちは。戦は終わりだよ〜。後は講和に向けて協議を進めるっていうから、一安心だね。」

 明るい声が飛んできた。

「矢彦さんっ! 何で居るんですか⁉︎」

 見ると京都の陣、賀茂の烏の矢彦さんが向こうから歩いてきた。

「京からの使者の護衛って所かな。とにかく良かったじゃない。会津赦免嘆願については、どうやら帝がお認めになるようだしね。」

「本当ですか! 帝が!」

「まあ、ここだけの話、梟にいた女の子の水晶球。あの中に結構際どいものが色々と写り込んでいてね。……先帝がお隠れになった際に、何やら梟が動いた形跡も見つかった。お陰で京はバタついているよ。」

 矢彦さんは、肩をすくめた。

 あの黒鬼、右恭さんから譲られた牡丹さんの水晶球……とんでもない代物だったのか。



「ああ、矢彦さん。お久しぶりです。来てくださったんですね。心強いです。」

「颯介くん久しぶり。お疲れさま。」

 いつの間にか戻ってきた颯介は、矢彦さんと挨拶を交わした。

「もう、颯介何処に行ってたの? やったよ、停戦だって!」

「ええ。」

 この驚きと喜びを分かち合いたくて、伝えると、颯介は嬉しそうにふわっと笑った。


「成る程ね…… これは珍しい。『オンボノヤス』かい? ふうん、けっこう可愛いもんだね。」

 矢彦さんが興味深そうに颯介に抱かれたシロを覗き込む。シロはクワっと欠伸をした。

「流石に疲れたのかな。よしよし。」

 矢彦さんに撫でられたシロは、うっとりと目を閉じた。



 すっかり霧が晴れて、空は吸い込まれそうなほど澄んでいる。

 颯介の腕の中で、シロはすやすや寝息をたて始めた。


「すっかり懐いちゃったね。矢彦さんは珍しいって言ったけど、シロって本当は何の妖なの?」

 少し気になって聞いてみると、颯介は言い淀んだ。

「えっと、あ。オンボノヤスは、…… を操る妖ですね」

「ん、何を?」

「……霧……。」

「霧?」

 おおう。霧ね……… 。

 目を見開いて颯介とシロを交互に見る私を見て、隣の矢彦さんはくすくす笑っていた。



 そのまま京都の状況などを聞いていると、急に矢彦さんの表情が変わった。


「颯介くん、上。」

 矢彦さんから鋭い声がかかる。

「はい。遂に来ましたか。」

 2人は空を仰ぎ、一点を睨んでいる。


 私も、目を凝らすと、青空に穴が空いたように黒点シミができているのが見えた。

 何か良くないものだというのは分かる。


「あれは何?」

「人の世に仇なす『禍術』ですね。」

 そう言って、唇を引き結んだ颯介は、今まで見た事がない位険しい眼差しを、再び天に向けた。

 



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