小話 まもりまもられ

 1日の終わりには、妻と触れあう。


 昼間は、もののふの仕事に忠道様からの頼まれ事など忙しく、一緒に居れないことが多いから、この時間が貴重だ。

 眠る前のひと時、その日の出来事を報告しあったり、何気ない話をしたり、時には国の未来を語るような、ちょっと深刻な話をしたりもする。


 彼女が、僕の首や頭を優しくほぐしてくれて、僕もお返しに肩や足をほぐしてあげて、互いの疲れを癒やし合う。

 ちょっぴり悪戯に触れて、甘い空気になったら、思う存分抱いて、抱きしめる。


 たまに、彼女にお返しをされる。

 これが…… 男性の記憶を持っているせいなのだろうか…… 中々侮れない。

 僕を翻弄して、勝ち誇ったように浮かべる彼女の笑顔は何とも愛らしくて、僕は堪らない幸福に包まれるんだ。

 



 行燈の光が穏やかに室内を照らす中、今夜もユイが仰向けに寝転がる僕の髪を撫で、優しくこめかみに触れる。

 君に触られるだけで、体中の悪いものが溶け出ていくようだ。

 緊張していた体が緩んで、滞っていた悪い気が解放されていく。


 気持ちいい。

 

 目を閉じてうっとりしていると、


「ねぇ、颯介。幽霊っているの?」

 さすがユイだ。

 思いがけない話題が降ってきた。 

 

「どうしたんですか急に。」

 目を開いて、見上げると彼女は小首を傾げていた。

「前から気になっていたんだけれど…… 妖には会っているけれど、幽霊を見た事がないの。これは、ひょっとして霊力が無いから見えていないだけなのかな?」

「ユイは、幽霊ってどのようなものだと思ってる?」

「亡くなった人の魂とか想いが残ったもの。かなぁ。」

 うん。間違ってはいない。


「妖も、想い故にもののけに転じた者もいることは知っていますよね。」

「という事は、幽霊と妖って同じものなの⁉︎」

「厳密に分けることはできないのは確かです。絵画や演劇の影響で足がうっすら見えないのが幽霊と思いがちですが、あれは演出ですから。」

 幽霊というとどこか仏教的だが、霊体的な存在は古代よりある。怨霊は「もののけ堕ち」した魂だ。幽霊か妖かの境目なんてこちら側が勝手に決めているだけで、本当は無いように思う。


「人って思い残すことがあると、幽霊になるのかな?」

「そんなに単純ではないと思いますよ。想いを残して亡くなる人は少なくない。その魂全てがこの世に残っている訳ではないでしょう。…… 僕は幼い頃、幽霊でも、もののけでもいいから、母に会いたかった。でも一度も現れなかったです。未練はあったんじゃないかと、思うんですけどね。」

 幼い僕を想像したのだろうか。ユイは切なげに微笑んで僕の髪を撫でた。


「…… しかし、どうして急にそんな事を聞くんですか?」

「実はたまに、見えないんだけれど感じる時があるんだよね。嫌な感じはしないの。温かく見守られいる感じ。だから、守護霊とかがいるのかな? なんて思って。」

 ユイの告白にハッとする。思ったほど鈍くはなかったらしい。


「そうですね。ユイを守る存在、確かにいますよ。」

「やっぱり! 見てみたいな。」

「ふふふ、ユイのは見えていますよ。」 

「……え、それって……ミケ?」

「はい。ミケさんは、よく隠れて見ているようです。」

「なるほど、ミケか。確かに、突拍子もない所から出てくるものね。」

 僕らが一緒になってからは、多少遠慮はあるのか夜は気配がしないけれど、普段からミケさん結構見張って、いえ見守ってくれている。


「ちなみに、守護霊と言えるかは分かりませんが、人の強い想いがモノと結びついて『精』を生む事はあります。そうした精が場所や人を守っているのは時々見ますよ。身近な所では忠道様にも憑いてますね。」

「…… 鎧とか刀とかの精?」

「いいえ。麗しい花の精が。」

「は、花の精⁉︎ わぁ、なんか似合わないな。」

 忠道様の秘密を暴露するとユイはククッと笑った。果たしてどんな花の精を想像したのやら。


 しかし、忠道様は罪深いひとだな。


 

 ユイ…… おそらく君の側には…… 。



 僕は、額に触れているユイの手を取って、その甲に掌に口付ける。

 ほんのり染まるユイの顔を見つめながら、彼女の指を口に含んだ。

 更に染まった彼女の顔がゆっくり降りてきて、唇と唇が重なる。


 昨日と今日が違うように、明日が今日と同じとは限らない。

 変わることは怖い。

 でも恐れては進んでいけないから。


 愛しい君。

 君の未来は、僕が必ず守ってみせる。

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