4  新しい世のために 〜はじまり〜

 花冷えか。

 昼間は凍えるような雨が降っていた。

 そして、日が落ちた今は、雪でも降りそうな寒さだ。

 

 静かな部屋の中で、詩作に耽る。


—― 帝閽ていこんに掛かる雲は払い難く、惨覈さんかくな西風が迫る。

 …… 重いな。

 もう少し洒落た感じの方がいいか。

 

 「風」は残して、「花」でも入れるか、春だしな。

 自問自答していると、表から嫌な気配がしたため、刀を手元に引き寄せた。


 まもなく、無遠慮に襖が開き、家老の三戸みとが複数の配下を連れて入って来た。

 やはりお前だったか。という落胆は飲み込み、

「このような時刻に如何した?」

 敢えて普通に訊ねる。

「…… 若、いえ殿に至急の知らせが。」

 こんな時まで嫌味を忘れない男だ。


「至急?」

 筆を置き訊ねると、

「はい。今ほど使者が参り、遂に停戦に向けて動くと。そのため直ちに、方々の首級を差し出し叛意無しの意をを示せとの大命がございました。」

「ほぅ。」

 書状も無く、疑わしいにも程がある報告に、険のある目線を送ってしまう。

 しかし、三戸は意に介さないどころか、

「庭に準備は整えました故、何卒。」

 と、なんと自決を促して来た。

 奴の後ろに控えていた者の手にする台には、柄を外して紙で巻かれた短刀が乗っている。


「駄目だな。」

「まさか、怖気づかれましたか。」

「いや、辞世の句をまだ思案中だ。」

「そんなもの。こちらで然るべき物を用意いたしますので、心配なさらず。」

 軽く抵抗してみるが、三戸はまるで取り合わない。


「おい、酷いな。しかしダメだ。介錯は佐竹に頼んである。佐竹を呼んでくれ。」

「佐竹は所用で外へ出ております。事は一刻を争います。佐竹でなくとも、腕の立つ者を用意しております。お早く。」

 参ったな。俺を殺る気十分ということか。

 どおりで今夜は、不自然に近臣が居なかった。皆、遠ざけられていたか。


「下がれ。」

 にじり寄る三戸らに怒気を含ませた低い声命じると、一瞬彼らは固まった。


「所詮貴方は他所者だ、会津の為に命をかける覚悟などないのでしょう。」

 鼻で笑って、三戸が煽ってくる。

「大殿はどうしている? 全体の状況を確認したい。まずは、神谷も呼んで仔細を説明せよ。」

「聞き分けのない。無様なことになりますよ。」

 俺の言い分を全く聞かずに三戸が手を挙げると、奴の配下は一斉に動いて、俺を取り囲んだ。

 俺も刀を手に取り、いつでも抜ける様に構えた。


 刀を抜かずに飛びかかってくる相手に、抜刀するわけにいかず、仕方なく素手で対応する。

 掴みかかる腕を躱し、後ろ側に入ると相手の肩を持って投げた。もうひとりの手首を素早く返して、態勢を崩させると同時に防御の術を展開し、襲いかかる者らを弾いた。

 透明な壁はもう体当たりをされてもビクともしない。

 自室で籠城戦とはな。

 全く、どうなっているんだ。他の者は無事なのか?


 コンコンと、三戸が壁を指で叩く。

「成る程。簡単には破れなそうだ。殿様より、もののふの方が性に合っていたのでは?」

 そんな事は分かっている。

 その方が楽だったさ俺だって。


「しかし、もののふとしても、中途半端でしたね。には敵わない。」

「ぐっ。」

 突如、猛烈な頭痛と吐き気が襲ってくる。

 奴の背後から、凶々しい霊気が立ち上る。

 見慣れぬ呪術師が、術の詠唱をしている。

 2人? いや、3人。

 呪が攻め込んできているが、未知の術で解き方が分からない。

 自身に痛みを和らげる術を施しながら、壊されつつある壁を補強した。

 脳に直接爪を立てられているかの様、胃の中は毒蛇でも入った様だ。

 あまりの激痛に、脂汗が噴き出す。

 

「従った方が楽に死ねますよ。」

 壁の外で冷たい声を放つ三戸を睨みつけ、唇を噛みしめ吐き気を堪える。

 相手は呪いの玄人だろう。霊力の消耗が激しく、そう長くは持たない。

 

 しばらくして、僅かに生じた壁の疵に敵の術が集中して食い込んできた。

 そして、三戸の配下達は、綻びを見せた壁を叩き割りなだれこみ、俺を押さえつけようとする。

 抵抗するが、屈強な男に羽交い締めにされた。

 両腕は、固められて動かない。

 乱暴に手がかけられて身ごろを開かれ、晒された胸や腹に冷気を感じる。

 

「刀を抜かなかったのは、立派でしたね。数人切って、ご乱心の上の自刃でも構わなかったが。」

 クツクツと三戸は笑う。


「お前、いつから……。」


「貴方が来る前からになりますか。…… 本物のうつけであれば、もう少し生きられたかもしれませんよ。面倒な存在と先方あちらに思われましたね。」

「何故なんだ?」

「…… 私にも守りたいものがあるのです。土地と民は残るように、ちゃんと交渉しますから。ご安心を。」

「一度戦となれば、全てが踏み躙られるぞ。」

「そんな事、貴方は心配しなくて大丈夫です。さあ、一応腹のあたり刺してやりなさい。」

 暗く微笑む三戸。

 冷えた光を纏う刃が迫る。


 ダメだ、こんな形では死ねない。

 これでは何も守れない。


 多くの者が俺に命を賭けてくれた。

 大切な人が、命と引き換えに、俺を守り生かしてくれた。

 俺は未来を預けられたのに。


「離せっ、まだ俺は死ねない!」


 銃声が二発轟く。


 俺を抑えていた男の力が弱まり、刺そうした男の手の短刀は飛んでいた。


「全員動くな。動いた奴から撃つ。」

 この声は、神谷(父)か。

「ご無事ですか。」

「未だ、刺されてないですよね。」

 駆け寄って来た佐竹は男から俺を引き剝がし、秀里が心配そうな表情で覗き込んできた。

 

 しかし、胃が捩れるような激痛がはしり、咳き込むと血が吐きでて来た。

「ゲホッ、ゲホッ……。」

「ご家老!」

 俺の体を支えながら、佐竹が呼ぶ。

 襖の奥から現れた赤髪の武士は、呪術師達の元に飛び込むと、霊気を纏わせた刀のみねでを彼らを次々と打つ。

 吹き飛ばされた3人は、白目を剥いて昏倒した。


 全身の痛みが引いた。

 

「手加減できず、すまんな。なぁ神谷よ、解呪の専門家は居なかったのか。」

 跳ね返った呪により、全身が不自然にガクガクと震え出した呪術師を片目に、義勝は眉を下げる。

「時間が無かった。こいつらは後で専門部署に回すさ。」

 淡々と答える神谷に、三戸は憎々しげな視線を向ける。

「よくも…… 戦になるのは貴様らのせいだぞ。」

「白々しい。お主、知っているのだろう? 戦は止まらぬと。これまでの罪、決して軽いものでは無い。」

 腕を組み、険しい表情の神谷は三戸を睨み返すと、三戸の一派を別室へ引き立てるよう指示を出した。



「ダシに使って申し訳ありませんでした。恭順の道も悪くは無いですが、あっさり死んだりしないでくださいよ。」

 秀里は手巾を差し出すと、困ったように微笑んだ。

「俺はどんなに正しい戦争をするよりも、不正があったとしても平和の方が良いと思ったんだよ。」

 俺は、口元の血を拭いながら答える。

 相手に非があると分かっていても、命令に従うのは、名誉を守り、我々の誠実や忠誠の証明になるとも思ったから。俺は武士で藩主だから、討ち死にや刑死では守れないものがある。そう思ったんだ。

「若いですね。」

「悪かったな。でも、信じてもいたんだよ。お前らを。必要なら止めるだろうし。止めないなら、理由はあるのだろうと思った。そして、お前らがここが俺の死に場所だって言うなら死ぬ覚悟だった。」

 秀里の目を見て言うと、彼は口元を綻ばせたながら深く頭を下げた。


「殿、死に急がないでくださいよ。儂等のくたびれた腹なら、好きなようにくれてやれますが、若者は生きるのも使命ですからな。」

「どこかくたびれたですか、筋肉でガッチガチでしょうが。」

 義勝と神谷はやりあいつつ、温かい眼差しをくれる。


「もっと肝心な所でその命使ってくださいね。我々は『不忠』でも『逆賊』でも無い。生きてそれを示しましょう。」

「はぁ、良かった。忠道は馬鹿殿だから、早まって死んだらどうしようかと思ったよ。」

 拓馬、七重が安堵の表情を浮かべている。


「ありがとう。」

 いいように利用された感もあるが、これで内憂が絶たれ、腹は決まった。


「颯介さんとユイさんにも後で御礼言っておいて下さい。三戸が黒だという証拠を送ってくれました。お陰で要注意人物として見張っていれましたからね。」

 秀里の言葉に、彼女の涙を思い出す。

 騒つく胸に、温もりが差す。

 みんな、諦めてなどいない。

 

–– 新しい世のために、生きる……か。


「妖雰を祓うのに力を尽くす。共に戦ってくれるか。」

 各々を見渡して言うと、一同はしっかりと頷いた。

 生彩を帯びた皆の瞳は、終わりではなく始まりである事を告げている。



「しかし、忠道様…… 無駄に色っぽいですね。」

 そうポロリと零した佐竹を睨むと、俺は肌蹴ていた身ごろを直した。

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