2 新しい世のために 〜画策〜
西の陣営、とある屋敷にて
「停戦するだと⁉︎」
「土岐さん、口が閉じてないよ。驚いたのは分かるが、その間抜けた面を改めてくれないか。」
凛々しいと評判の男前が台無しだったので指摘する。
「いや、しかし…… 東里さん。どういう事なんだ。奥羽総督参謀は仙台で何をやっている。ハナから停戦などないと言っておいただろうが。」
土岐さんは首を数回振ると、ため息混じりに言った。
「
全く余計な事をしてくれた。この戦いでは、旧幕府勢力や我々に不満を持つ者を殲滅させる予定なのだ。
幕府の残党には、後の世のために天に弓引く「悪」の称号を背負って死んでもらわねば困る。
「しかし、停戦条件は結構えげつないな。あそこの新しい殿様、まだ20
報告書に目を走らせながら、土岐さんは眉を上げた。
「まぁ戦闘じゃもっと若いやつがゴロゴロ死んでいる、戦なんてそんなものだろう。しかし、早すぎる決断は脅威ではあるな。そこまで恭順姿勢を取られると、世間の同情を引く可能性があるのが
「へぇ。もう、攻めるのか。」
「ああ。交渉は決裂し、我々は予定通り奥州路を赤く染めて北上することになる。」
富を、名誉を、正義を。
与えてやれば良い。
戦う理由など幾らでも。
加えて、「戦」という名があれば、暴力はた易く行われる。
それでいい。
「終わるべき時にしっかり終わらせないと、禍根を残こす。それに痛みを伴って得たものこそを、人は大切にするものだ。産みの苦しみは必要なんだよ。新しい世の為に 。」
私は己にも言い聞かせるように、ゆっくり告げた。
「気の毒な生贄…… とばかりも言えないか。自ら手を挙げて突っ込んできたのだから。」
土岐さんはほんの少し顔を顰めた。
「気がかりなのは、むしろ味方の動きさ。」
胸の中の引っ掛かりを吐露する。
「六条様か? あの人は何なのだ? 倒幕派の公家ということで今まで一緒にやってきたが、野心が見えるようで見えない。古くからの呪術師の一族だかなんだか知らんが正直気色悪い。」
能面のような薄ら笑いを思い出したのだろう、土岐さんも渋面を作った。
「ああ。ただの気まぐれに参加して、勝手に動くようでは困るのだが。」
「何かあるのか。」
「どうやら、東国のあちこちで大掛かりな術を布いているらしい。」
「なんだそれ、聞いて無いぞ。」
土岐さんの表情が険しくなった。
「落としきれない場合には、発動の用意があるらしい。」
「いいのか? 戦に呪術の持ち込みは禁忌だろう。」
「それは、祥山時代の古臭いきまりごとだとさ。呪術だろうが、何だろうがお偉いさんは歓迎している。こちらの兵を割かなくて済むからな。しかも成功すれば、諸外国への牽制になるということで乗り気だ。」
世界を相手取らなければならないこれからの世で、侮られぬ様に力を示すことが重要なのは確かだ。しかし、人の力で御しきれるか分からないそれを戦で使うのには、危険の方が勝るように感じる。
「強力な呪術は一瞬で無数の人々の命を奪う。そしてその穢れは、その土地に長い期間に渡って計り知れない影響を及ぼす。だから戦には使われなくなったはずではなかったのか?」
土岐さんは両手を組んで首を傾げた。
「そう…… だからこれに関しては、私は悪い予感しかしないんだよ。」
「やめてくれよ。東里さんの勘は当たるから。」
土岐さんは笑いながら肩をすくめた。
征東では、これまで以上の血が流れることだろう。しかしこちらも中途半端な覚悟で望んでなどいない。
内戦が将来に渡っても燻らぬよう、新しい時代の平和のために、我々が今日修羅の道を行く。
∗∗∗
東の陣営、とある屋敷にて
射撃音が響く。
弾は、的の中心を正確に捉えていた。
「凄いな、片目で充分じゃないか。」
声をかけると、納得がいかない表情で七重は振り向いた。
「全然ですよ。的が素早く動くものなら以前程の精度は保証できないですね。参ったなぁ、これは医療班行き確定かも。」
そして自嘲気味に微笑む。
「お前も戦が起こるって思っているのか?」
「当たり前でしょ。そう簡単には収まるはずがないですよね。江戸が無傷なら、振り上げた拳はどこかに下ろすしかないでしょう。鬱憤が溜まったままじゃ、今後の政権運営にも悪影響がでるだろうから。うちは標的にもってこいってことで、嬉々として分捕りに来んじゃない? って思っています。それに世の中も不安定だから、悪者を見つけて攻撃して安心したい人も沢山いるでしょうしね。」
そう言って溜息をつく七重。見た目は可愛いのに、中身は拓馬2号だな。
勝つ見込みが無い中で、停戦は確かに魅力的だが、使者の示す条件には、どこかきな臭さを感じる。
また、七重の言う通り混乱の時ほど、正義に拘る者は多いものだ。
そして、損得で動くものより、下手な使命感を持って動く者の方がとかく攻撃的で危うい。
まあそれは我が藩にも言えることだが。
「ところで、お前は今回は
「許されるなら、そこは状況を見てからにします。颯介が言うには、妖の方も良くない状況らしいから。
銃を胸に抱いて七重は答えた。
手元に置いて、使ってみたかったが残念だ。
そんな風に考えていると、
「なんだ秀里、もう来てたのか。」
背後から声して、拓馬がやってきた。
「七重、誰も通すなよ。」
「承知。…… あまり若者に意地悪しない策でお願いしますよ。」
七重の呟きに、軽く頷きながら俺達は部屋に篭った。
「忠道様の書状、効かなかったか。」
拓馬が視線を落とす。
忠道様は、新政府の代表である奥羽鎮撫総督と掛け合っている仙台藩主に対し、「朝敵に汚名を取り消すよう朝廷に働き掛けて欲しい」と依頼する書状を送っていた。
会津藩が京都守護職に就任してから、公武合体に為に尽くし、先帝からも信頼が厚かったこと。鳥羽伏見の先端にあっても、先に発砲したのは薩長軍であり、こちらが仕掛けたというのは冤罪だと訴えたのだ。
「そうでもない。仙台公には想いが届いたようだぞ。新政府には響かなかったようだが。」
「というと?」
「奥羽鎮撫総督府では埒が明かないと、大総督の宮様の所まで配下を派遣してくださった。」
「それは、ありがたい。」
「ああ、だれも東北が戦地となるのを望んでなんかいないんだ。」
仙台藩とは早い段階で情報を共有し、通じ合っていた。ここにきて功を奏している。
鳥羽伏見の契機の発砲の検証、上様の謀反の意思、兵を動員し万民に苦難を与える判断は幼い帝のお考えか、かつて朝敵となった長州も赦されたのだから寛大な処置をするべきではないか、内乱の乗じて外国から干渉される危険はないか、仙台公はこうした疑義を記し、朝敵とされた藩の処分は公平な議論を経て行われるべきではないかという事を奏上してくださるとのことだった。
日和見的な藩が多い中、危険を承知で冷静な意見を述べて頂けることが、何より有難い。例え、新政府を止めるに至らなくても、新政府の掲げる「正義」に一石を投じるものになるだろう。
「しかし、望まなくても戦火は迫るか…… 。」
「恐らくな。……それと、やはり繋がっていると思うか久丸様派……と鎮撫総督府。」
「主戦派の一部が今回の停戦には、やけに素直に従っている。何かはあるだろう。怪しいのは何名かいるが、果たして誰なのか。」
忠道様の弟君である久丸様、後ろにいる勢力が鎮撫総督府の者と繋ぎをとっている動きもある。
「決戦前に膿は出せそうか? 戦の最中情報が漏れたり、背後から撃たれたのでは堪らないからな。」
拓馬が低く言った。
「善処する。」
以前から、ある程度の目星はつけている。後は証拠、もしくは現場を抑えられれば。
「しかし、お父上も人が悪いな。」
「まあ古狸さ。忠道様はあれで結構素直な方だから、裏切り者を釣るには最初から知らせない方が良い。念のため、佐竹には良く言い含めておいたから、何かある前に死んでも止めるだろう。」
忠道様の覚悟を弄ぶようで心は痛むが、父も私もより確実にお守りしたいのだ。
俺たちは、東里という男を知っている。
そして、江戸の梶さまからの、
「すまん」
という書状。
それは、戦が止まらないという事。
新政府はまだ若く、末端の指揮官が主導部の意図を十分汲んで動けている訳ではないのだろう。
であれば、こちらはこの機会を活かして内部を固める。
呪術師等を使い、かねてより蒼井に災いをもたらしてきた一派を、絡めとる策に利用する。
俺達は、情報を交換しながら来るべき日に備え、謀を巡らせた。
屋敷を出る頃には、すっかり陽が落ちていた。
久方には、ぼんやりとした月が浮かぶ。
霞がかった空では、目を凝らしてもその輪郭を捉えることが出来ない。
狂瀾怒濤の時代、過去の知識も経験も殆ど役には立たず、憂いばかりが湧いてきそうになるが、活路はどこかにあるはずだ。
先ずは、新しい世を生き抜くために、戦の前にひとつ掃除をするとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます