10 ユイの結婚 ~婚礼の夜~
やわらかな行燈の明かりが揺れ、部屋の中にはふくよかで少し甘い
花嫁であるユイの訪れを待つ僕は、
「ふーっ。」
目を閉じて大きく息を吐いた。
落ち着け。
何度も自分に言い聞かせたけれど、緊張と興奮は高まるばかりで、体の疼きも痛い。
廊下を歩く気配がして、遂に障子戸が開いた。
「お、お待たせ。」
光沢のある上質な白い寝間着姿で現れたユイは、いつもは高い位置で結い上げている髪を下ろし、肩のあたりで緩く結び、前へ垂らしている。
カタン
戸を閉めたユイは、部屋の中央に敷かれた二組の布団を見て頬を朱に染め、少々ぎこちない足取りで隣にやってきた。
「どうしました? 緊張しています?」
本当は、僕の心臓も音が聞こえそうな程高鳴っているけれど、余裕なふりをしていつも通り笑ってみせた。
それにほっとした表情になったユイは、チョンと腰を下ろすと。
「いや、さっきさ、おばあさまが…… 。」
と再び顔を赤らめた。
「サキ様が?」
「ね、閨でのアレコレを教えてくれて。いや…… やることは知ってたよ、知っててもね、アレの話を身内にされるって恥ずかしくて仕方なかったんだよ。」
真っ赤な顔のユイ。
あ、なんか新鮮で楽しい。
「ふうん。元々知っていらして、復習までしたなら完璧ですね。早速始めます?」
ニヤリと笑って、手を取るとユイは体をびくっとさせた。
「申し訳ありません。僕は何も知らないので、導いてくれると嬉しいです。」
「え、ええっ!」
明らかに戸惑うユイを布団の端まで引っ張り、
「ねぇ、お願いします。」
少し可愛く言ってみた。
「う、じゃあ。」
ユイは赤らめた顔のまま僕に近づくと、そっと首に手を回し、可憐な唇を僕の唇に押し当ててきた。
ぴったり重なりあった唇と唇。
彼女の感触を堪能する。
ユイはゆっくり唇を離すと、再び軽く口づけを落とし、またすぐ離れて、また……
啄むような優しい口づけが繰り返され、甘い痺れが全身に広がっていく。
からかうつもりで言ったのだけれど、このままだと本当に持っていかれそう。
「颯介、愛してる。」
耳の近くで囁かれる。
ごめんなさい、もう限界だ。僕は彼女の腰に手を回すと、優しい口づけをお返しした。
「ユイ……」
名を呼んで、繰り返し唇を味わう。
「口、開けて。」
そういうと、素直に口が開かれたので、そこから舌を差し入れて今度は口内を味わってみた。
「ん!」
ユイが驚いているのが分かったが、そのまま続ける。
逃れようとするのを抱きしめて逃がさず、そのまま布団の上に押し倒す形で倒れこんだ。
角度を変えてもう一度口を吸う。逃れようとする舌をからめとって味わう。
美味しい。
そっと口を離すと、ユイの口端から液が零れた。吸い寄せられるように、顔を近づけると首筋からそれをゆったり舐めあげた。
「はぅっ。」
色香を少し含んだ声が聞こえたことに満足して一度手を止めてユイの顔を見つめた。
潤んだ両目が見上げてくる。
「嘘つき。手慣れてるじゃない。余裕そうだし。」
ああもう可愛いな。堪らずぎゅうっと抱きしめた。
「はじめてなのは本当ですよ。頭の中で予行練習は何回もしましたけどね。それに、余裕なんてない、全然ないですよ。」
耳元で告げると耳朶に口づける。
「んっ。もう……でも、うん。余裕ないのはすっごく伝わってくる。」
昂ぶりはどうにも抑えきれない。
「すみません。がっつかないように事前に自分で何とかしたつもりでしたが、全然足りなかったようです。」
「…… あの、その告白は引くんだけど。」
正直に告げたら、ユイの顔が少し引きつった。
「大丈夫です。妄想でもユイ一筋で、浮気はしていませんから。」
「……それはそれで、ちょっと…… 。」
しまった。ユイの顔が更に引きつる。
「貴方こそ、初めてなんですか?」
僕は、話題を変えようと苦し紛れに訊ねた。
「当たり前でしょ。その点は箱入りだもの。」
どうしよう。
少しムッとした声が返ってきた。
「今はそうでしょうけれど、その、前の世では経験されたのですか? 知ってるっておっしゃっていたので。」
言い訳のように、言葉を継ぐと、
「あ、う、残念ながらなかったな。本とか動画とかで分かってるつもりだったというか…… 。」
若干歯切れの悪い返事が返ってきた。
でも、そうか無かったか。
堪らず笑みがこぼれ、
「良かった。」
ほっとした息と言葉が漏れた。
「まさか、前世にも嫉妬してたの?」
「ええまあ。貴方が知る初めてになれて、とても光栄です。」
心を込めて、もう一度口付ける。
はにかんで、頬を染めるユイ。
良かった。空気に甘さが戻ってきた。
「僕に任せてください。とびきり優しくして、ちゃんと蕩けさせて差し上げますから。」
更に顔を赤らめるユイ。好きだな。
再び口づけを落とす。唇、首筋、胸元をはだけさせ柔らかい膨らみへも……
「大好きです。」
「私も好き。」
この世に、愛する人と抱き合えることほどの幸福はないんじゃないだろうか。
この夜、僕たちは幸福な熱となって溶け合った。
未明。
情交の香りが残るユイの裸体を後ろからそっと抱いていると、声をかけられた。
「泣いてるの?」
「分かってしまいましたか?」
抱きしめる腕に力がこもる。
「颯介もどこか痛かった?」
「大丈夫です。って、え、ユイ…… すみません。」
「あ、私は平気。こうして、颯介のぬくもりに包まれて。幸せだなぁって思っているところ。」
そう言いながら、ユイが体をよじって振り返る。
「っ! ダメっ、ごめん。幸せで、嬉しくて、涙が止まらないんです。」
きっと、ぐちゃぐちゃで情けない顔になっているから慌てた。
「やっぱり泣き虫なんだから。」
僕の顔をみてユイは、ほんの少し眉を下げた。
「はい。すみません。」
「もう、謝ってばっかり。」
ユイはそう言って首を伸ばすと、僕の目尻の涙を吸い取ってふわっと笑った。
幸福で、僕の体は涙と一緒に溶けて無くってしまうんじゃないかというくらい、幸福で。
君を愛しく思う気持ちに際限は無くて、僕は溢れ出る想いを注ぎ込むように、もう一度深く口付けた。
このまま時が、永遠に止まってしまえばいいのに。
君が好きだ。
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