8  ユイの結婚 ~婚礼の朝~

 大坂行きは何とも濃い旅だった。

 少しは役に立てていれば良いのだけれど。

 

 旅から帰ってきた時、颯介の歓迎は熱烈だった。

 帰るや否や手首を掴まれ、誰もいない部屋に連れ込まれ勢い抱きしめられた時は、どうしたのっと驚いた。

 しばらくの間、ぎゅっと抱きしめていた颯介が、本当に愛おしむように放った

「おかえりなさい。」

 が妙に甘くて。

「ただいま。」

 と応えた口は、颯介に吸い寄せられ、そのまま唇を奪ってしまった。

 驚いて赤くなりながらも、心底嬉しそうな颯介を見て、私も幸せな気持ちで満たされた。



 颯介は、大分心配していたみたい。

 早苗によると、私にかけた術が発動した夜などは、おばあ様に叱責されるまで暴れ出しそうな勢いで狼狽していたらしい。

「大丈夫、酔っ払った忠道様に絡まれただけだから。」

 心配させまいと笑顔で報告すると、颯介が一瞬感情の読めない瞳になったのは、ちょっと怖かった。

 ともかくまあ、私達の仲は良好なのだ。

 


 戦の気配が迫る中、婚礼などあげても良いかお父様に聞いてみた。すると、

「こんな時だからこそ、家のことはしっかりした方が良かろう。それに、男というのは責任を負わせた方が伸びるものだ。お前と家を背負わせた方が、颯介も力を出せるだろう。」

 という答えが返ってきた。

 颯介に背負ってもらうというよりは、一緒に背負いたいんだけどな。とは思うのだけれど、結婚した方が颯介のモチベーションは上がるという確信はあった。


 そんな訳で着々と準備は進み、あっという間に婚礼の朝になってしまった。


 いつも通りの穏やかな朝食後、いつもの居間で、いつもの位置に3人で座っていた。

 

 私は、居住まいを正し、武家の娘らしく背筋をしゃんと伸ばした後、座礼をした。

「お父様、おばあ様。これまで本当にありがとうございます。私は本日結婚します。」


「ユ、ユイィ。」

 お父様は早くも涙目だ。

「何ですか、ユイさん改まって。結婚といっても、婿取りなんですから、明日からも一緒でしょうに。」

 そう言うおばあ様も、少し目が潤んでいる。


「ううん。こういうのは、しっかり伝えたい。二人にこんなにも大切に育ててもらって、これまできちんとお礼も言ったことなんてないから。」

「ユイさん……。」

 

 私はもう一度背筋を伸ばす。

「私は小さい頃、死にかけたこともあったし。その後は、お転婆を超えたわがまま放題な娘で、他の家の娘の何十倍も心配をかけてきたことと思います。そして、『もののふ』になりたいなんで夢も、二人の全面協力が無ければ、叶わなかった。厳しい叱責も、挫けそうな位辛い修行も、私の糧にしかなっていない。思い返せば返すほど、守られて、愛されてきたんだと分かります。本当ありがとうございました。」

 今までの感謝を込めて、もう一度頭を下げた。


「ユイさん……。本当ですよ。産まれてからこの方、心配ばかりかけて。でもね、親というのは心配するのが仕事のようなものです。私は親ではありませんが、常に母親のようなつもりでおりました。どうか、幸せに…… 颯介は、私の弟子でもあります。ちょっと危なっかしい所もありますが、誠実に貴女を愛してくれるでしょう。おめでとう。」

 ずっと母親代わりをしてくれていたおばあ様。

 厳しく優しかった。

 普段は凛とした姿しか見せないのに、声が震えかすれているよ。


「ユイ……ユイ。儂はお前が生きていてくれるだけで。それだけで幸せだった。それなのに、『もののふ』になる夢まで叶えて。儂はお前が誇らしい。颯介の奴がお前を悲しませるようなことがあれば叩き切ってやるから……。」

 泣きっぱなしのお父様。

 お母さまの分もって、気持ちもあったのかな。

 全力で愛してくれてた。

 ゆるぎないお父様の愛情が常にあることを知っていたから、だから走って来られた。  

 最後はちょっと不穏なこと言っているけど……。


「本当にありがとう。今日までお世話になりました。」

私はもう一度、指をそろえて前につくと、心を込めて深く深く礼をした。


 春の陽射しがうららかな今日、私は結婚します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る