7 ユイの結婚 〜結婚前夜〜
大坂引き上げから、慌ただしくひと月が過ぎた。
鳥羽伏見の戦闘では、多くの藩士を失ってしまった。
俺は、忠誠を胸に死んでいった、一人一人に向けて弔いの香を焚いた。
この5年半の月日は何だったのだろう。
幕府からの要請に応えるため、藩士と領民に負担をかけ、今あるのは朝敵という汚名と危機だ。
先日、殿は失意のうちに国に帰ってきた。薩長に憎悪されていることを理由に江戸城登城すら禁じられたそうだ。
我が兄ながら、何と心無い処置だろうか。
体面を保つために我々にも恭順を強いてきているが、あの人が最後まで会津を守ってくれるはずもない。
だから我々は、表面上は従うそぶりをしながら、性急に軍制改革を行い、藩の防衛見直しを図っている。
部隊の再編成を行い、指揮命令系統をはっきりさせ、殿が全体を掌握できるよう整えた。
砲兵隊については拓馬が練度を上げ、戦況に応じた迎撃の際の拠点を何策か提示して実践に備えている。また、拓馬は最新銃などの装備の充実も同時進行で進めてくれている。
水面下では、秀里も動き出している。
西側の動きを不信に思う東側諸藩を説得して、和平を第一義とする、同盟の構築に取り掛かかり、戦わないための戦いを繰り広げているところだ。
そして、諸刃の剣ではあるが、フランス以外の外国諸国、プロイセン、アメリカなどにも働きをかけ、薩長と、江戸に圧力をかけようとしているらしい。
ユイ達のもののふも忙しい。
戦の気配は妖を荒ぶらせるため、相変わらず頻出している。
藩士が戦争の準備に追われる中、その分も民を守ってくれている。実に頼もしいことだ。
戦の気配が近づき、何かと落ち着かない最中なのだが、予定通り明日、ユイと颯介の婚礼が行われる。
ユイ達は前から決まっていたことだが、最近はこんな時だからこそ、血を残すために婚礼を前倒しする家も増えている。
俺は、独身最後の夜をどうせ一人でぼんやり過ごしているであろう、あいつの家へ向かった。
「おめでとう。」
徳利を片手に訪れると、颯介は胡乱な目で見つめ返してきた。
「忠道様…… どうやって入ったんです?」
「お前そりゃ、門からだよ。お兄さんニコニコ顔で入れてくれたぞ。特別いいの仕入れてきたんだ。独身最後の夜、一緒に飲もうぜ。」
徳利を掲げると、颯介はふうっと息を吐いた。
「なんであなたと…… という不満はありますが、間違ってあっちに行かれると厄介ですからね。なにもありませんが、どうぞ入ってください。」
通された室内は、本当に殺風景だ。
当然か、コイツの家はずいぶん前からここではなかったのだから。
「どうせ、明日が楽しみすぎて興奮して寝れないだろ。付き合ってやろうと思って。」
「しみじみ幸せに浸って寝るところだったんですけどね。」
「嘘つけ。ほら、座れよ。飲むぞ。」
「はいはい。」
物言いはぞんざいだが、満更では無い表情の颯介を促し、俺達は盃を満たして飲み始めた。
「ん、上品な立ち香。本当に美味いですね。」
「『泉香羽』の諸白。いけるだろ。」
俺は、空になった颯介の盃に、再びとろりとした酒を注いだ。
「…… おめでとう。」
改めて、しみじみ告げた。
「ありがとうございます…… ちょっと、目が怖いんですけど。もう酔ってます?」
「酔ってねーよ。祝福して悪りぃか。しっかり祝うことで俺自身も納得させてんの。」
俺たちは、下らない話や、思い出話をしながら盃を酌み交わす。
途中気を利かせた大輔が、ツマミの漬物とイカ人参を差し入れてきた。
互いにほんのり頬が染まり、いい気分になった頃、長年気になっていた事を訊いてみた。
「恐ろしく嫉妬深いのに、お前もわかんねぇな。組み紐、まさか今日まで身に着け続けてもらえるとは思わなかったよ。」
遠い昔、俺が贈った曙色の組紐は今もユイの髪を飾っている。
「仕方ないでしょう。小さいころから気に入ってるって、ニコニコしながら言うんですよ。」
颯介は少しだけ渋い顔をした。
「もっと昔に、お前がぶち切るのかと思ってたよ。」
「ええ、ユイは全く気付いてませんが、貴方の気配のする物なんてね。心底嫌でしたよ。何度燃やしてやろうかと思ったか知れないです。」
「なんでしなかった?」
「嫌でしょうがなかったですけれど、守りの術は確かで、今も彼女を確実に守っている。ユイへの守りは多いに越したことはないです。それに…… 術に込められた幼い少年の純粋な想いを無下にしづらかったんですよ。」
颯介は、仕方ないといったようにため息をつき、片眉をあげてみせる。
「俺、本気であいつのことが好きだった。」
「知ってます。」
「すげー悔しい。」
「そうでしょうね。」
「ほんと腹立つ奴だな。けど、お前はユイを何より大事にしてくれるよな。」
「当たり前です。」
「幸せにしてやってくれ。」
「…… はい。僕の全てを賭けて幸せにしてみせます。」
「それだけは信じているからな。」
「信頼には応えますよ。何があろうと僕は彼女の幸せを優先しますから。」
鮮やかな微笑みを見て、やっぱり少し悔しくなって、俺は前髪をくしゃりとかき上げた。
「あー、くそっ。なんで俺じゃないんだよ。」
「貴方は、どこまでも若様ですからね、結婚済みですし。ほらどーぞ。」
颯介がニコニコしながら、酒を注ぐ。
「何だよ、俺にばっかり注ぎやがって。お前ももっと飲め!」
「嫌ですよ。明日、二日酔いで色々役に立たないのは困るので。」
悪戯っぽくニヤリとされた。
「くそ。絶対潰してやる。」
「もう、そんなに入れないで下さいよ、溢れるじゃないですか。」
コイツと違って、俺の優先順位は君を1番に出来ない。
それでも、もっとやり方があったかも知れない。
それとも、俺が俺じゃなかったら、違う立場で出会っていたら、俺達は結ばれたのだろうか。
でも、俺が俺じゃなければ、出会うことさえなかったんだよな。
胸の奥は時折、焼け付くようにヒリヒリと痛むけれど。
俺の痛みなんかどうでもいいくらい。
君の幸せを願っている。
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