小話 希望の光
包帯を取って最初に見たのは、残された右目に期待と不安を乗せた七重の顔だった。
「どうなの? 見えてるの?」
「ああ、初めて見る
「良かった。嘘じゃないよね?」
七重は嬉しそうに涙ぐむ。
「嘘なもんか、何ならホクロでも数えてあげようか。」
指を上げて笑って見せると、七重の頬を涙が滑り落ちた。
俺は光を取り戻した。
弟の左目を犠牲にして。
七重の目の位置にはまだ包帯が巻かれているが、その下の瞳はもう無い。
義勝様の紹介を頂き、京では御殿医も勤めた高名な医師の診察を受けた。
その方の見立てによると、俺の眼は自力ではどうにもならない位悪くなっていた。
そして、治す手段はただ一つ、他の人の目を移し植えるということだけ。
それには高度な技術を持った外科医と、有能な癒術士、そして新鮮な眼球が必要という事だった。
国内に外科医は少なく、このご時世だ、有能な医師を求めて長崎に行くのも危うい。
それに、眼なんて容易に手に入るもんじゃない。
しかも、手術の成功率は半分程度で、日本国内ではその確率はさらに下がるということだった。
だから俺は目が見えなくてもいい。
例え失明しても、己の出来ることをしていこうと思っていた。
諦めた訳ではなく、前向きな気持ちだったんだが…… 七重は許してくれなかった。
お前の綺麗な顔から、眼球を抉り出すなんて耐えきれない。
お前の残された目が、今後一生無事とは限らないんだ。俺に光を与えた事で、お前が光を失うことだってあり得る。
お前の人生の半分を貰う様な真似、できるはずもない。
七重から瞳を貰うなんて、駄目な理由しか見当たらないのに、俺の意見はまるで聞き入れてはもらえなかった。
俺の弟は、頑固で、冷静で、優しい。
京から江戸に到着した後、一旦状況を整理した俺達は、直ぐに横浜に向かった。
立葵に縁のあるという外国人医師が、横浜にいたからだ。
アメリカ、ニューヨークで腕を磨いたという、バーン医師は優秀だった。
七重は、癒術士そして、瞳の提供者をいう荒業を成し遂げたんだ。
手術は成功し、俺の世界に彩りが戻った。
なんでだか、お前の瞳で見る世界は、前より美しく愛おしい。
俺の力など、僅かなものだが、お前達が向けてくれる期待には、しっかり応えてやらねばなるまいと思うよ。
さて、事態は非常に厳しい。
どうすれば和平へ持っていけるだろうか。
目的を達した、若しくは継戦能力が限界に近い時でなければ、勝っている側が和平を持ち出す事はないだろう。
今、薩摩や長州は、風に乗り、押せ押せという状態だ。旧幕府側を無き者にする完全勝利に向けて、突き進んでくるに違いない。
むしろそれをしたくて、江戸で乱暴狼藉を働き、わざと幕府の怒りを買い、戦端を開いたのだから。
奴らは徹底的に幕府を潰し、祥山を潰し、政治権力を完全に手中に収めるつもりだ。
だから新政府は、上様並びにその味方をした諸藩へ追討令を発している。
平和的解決を望む姿勢は全く無く、政府は朝敵である我々を討つため、東征軍を組織中だという。
間もなく錦の御旗を靡かせた軍団が迫り、戦火は東へと広がるだろう。
まずは、武器の調達か。
以前長崎で契約していたゲベール銃1,300挺を今すぐに納品してもらい、弾薬の確保も早急に行う必要がある。
できれば、最新式のスペンサーやスナイドル銃も手に入れておきたい。火砲もあと30門は欲しいところだ。
用兵や戦術だけではどうにもならないのが現代の戦だ。鳥羽伏見の結果が示すように、火力の量、技術、即ち性能の良い火器をどれだけ多く確保出来るかが勝敗を分ける。
会津は一刻も早く新政府軍に抵抗しうる火力を備え、軍制、そして首脳陣の戦略の面での近代化を進める必要がある。
一方、一国での戦は無謀。
それ故に旧幕府側との連携や、薩長に完全に与していない諸藩の調略なども急務だが、そっちは秀里の奴がなんとかしてくれると信じよう。
和平の為に軍備の増強とは皮肉だが、今の会津の軍事力では、話し合いにすら応じてもらえないのだから仕方ない。
七重、見ていなさい。
俺の全てを賭けて、未来を拓くから。
再び授かった光を、愛するものの明日の為に使おう。
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