小話 一途な男

 京にいる弟の四郎から、手紙と一緒に金平糖が届けられた。

 これは、絶対に喜ぶな。

 そう思って立葵の陣に持っていった。



 一重咲きの純白で可憐な花が、南紅邸の庭先を彩る。

 花の似合わぬ大男がせっせとその手入れをしていた。


義勝よしかつ様、おはようございます。御当主自ら世話をなさっていたとは、どうりでずっと美しいはずですね。」

 梅雨の時分から、朝夕に秋の気配を感じるようになった今でも、目を楽しませてくれている清々しい白木槿しろむくげを称えると、

「ははっ。上手くなったな七重。昔の拓馬を見ているようだぞ。」

 振り向いた義勝様はニカっと笑った。

「やめてくださいよ。私は兄と違って思ったことを正直にしか言えません。いつも見るたびに見事な花だと思っていたんです。」

 子供っぽく、ふくれて見せた。

「分かっているとも。そんなお前だから、ユイの側にいてくれて助かったと思っているよ。」

 これまた子供にする様に頭をポンポン優しく叩かれた。


 元々気安かった義勝様だが、最近さらに我々の距離は縮まった。

 というのも、梅子先生の婚礼にあたって留守番役だった私は、義勝様を相棒に戦ったからだ。


 手薄なので番所からの依頼は止めていたのだが、そんな時に限って、直に持ち込まれる相談がやけに多かった。

 てんてこ舞いで対応していると、見かねた義勝様が手伝いに来てきくれたのだ。

 最初は恐縮したが、結局一緒に妖退治までお願いすることになった。

 依頼主も、厳つい大侍の登場に一様に驚いていたが、大将の父親が助っ人だと知って、さらに目玉が落ちそうなほど仰天していた。


 言うまでもない事だが、義勝様は強い。

 剛力で手に負えない狒々ひひなども、義勝様にかかればかわいい小猿同然、一閃で首が飛ぶ。

 技術も勿論だが膂力が桁違いで、戦う様はまさに「赤鬼」の異名に相応しいものだった。

 こんな逸材を干したままにしているだなんて、藩は全く何やってるんだよと思わざるを得ない。


「庭いじり、ご趣味だったんですか?」

 楽しげな様子をみて訊ねると、

「これは、昔、妻の実家から株分けして貰った花でな。それもあって、つい構ってしまうんだよ。」

 そういって白い花に優しく触れる義勝様のどこにも、鬼の面影などは見当たらなかった。




 立葵の陣の中に入り、土産の金平糖をみんなに振舞った。

 予想通り、目を輝かせ、口の中で転がしながら幸せそうな笑顔を浮かべる親友。

 なんとも微笑ましい。


「いいなぁ、七重ちゃんは兄弟いっぱいで。」

 私の視線に気づいてか、ユイがこちらをみて呟いた。

「小さい頃から物の取り合いや喧嘩ばっかりだけど。」

 ひとりっ子を嘆くユイに、それほどいいものでもないよと告げる。

「弟くんたちも可愛いし、拓馬さんなんか、穏やかでできる男って感じで格好いいじゃない。」

「そうかな。言っておくけど拓馬兄さま、ああ見えて、中身は全然穏やかじゃないからね。結構物騒な人なんだよ。」

 格好良くて憧れの兄だが、あれを穏やかと言ったら世の中は平和そのものになってしまうので、つい兄の一面を吐露した。

「拓馬さん普段は猫かぶってるの?見ぬけないや。颯介もお兄さん、優しそうでいいなって思うけどどうなの?」

 ユイが颯介に話を振った。

「ええ。うちの兄はとにかく優しいですね。優しくてまっすぐで羨ましい位です。でも、同性の兄弟というのは何かと比べられますし、自分も比べてしまうので複雑な時も多いですよ。」

 颯介の兄の大輔さんからは、いつも弟愛が溢れているが、弟側としてはモヤモヤした部分があるらしい。


「そうだよな、男兄弟は難しい。俺は弟から猛烈な嫉妬を感じるな。」

 忠道が実感を込めて言った。

「跡継ぎってそんなに羨ましいかな?私は縛られない生き方が出来るほうが気楽でいいと思うけど。」

「ちょっとユイ、何言ってるの。長男とそれ以外じゃ、本当に全然違うんだよ。武家の次男以下は所詮、長男の控えでしかない。つまりはその家の居候みたいなもんで厄介者扱いだったりするんだよ。」

 全く分かっていない様子のユイに、継がない男子の現状を伝える。

「家格が高いと尚更だ。仕事にもつけない、結婚すら出来ないしな。」

 忠道も続けた。

「確かにそれは厳しいね。みんなどうしてるの?」

 驚くユイ。男兄弟が身近でないためか、深く考えたことも無かったようだ。

「だから妓楼が流行るんだろうが。金のある家は、色々世話をする専用の女中をつけたりするしな。」

 忠道の言葉にユイは薄っすら赤くなる。

 おい、バカ殿、彼女は夜の生活だけを心配したわけじゃ無いだろうに。


「でも、仕事も何もやらせてもらえない。それは、後の世に生きた証を残せないって事だよね。つらいなぁ。」

 気を取り直したユイが呟く。

「才覚や根性のある奴は、家にしがみつかず独り立ちするさ、それこそ『もののふ』だったり、学者だったり、医者だったり。稼ぐ術を見つけてな。」

 忠道は、それが何ともないように言うが、継ぐ家があるような坊ちゃん育ちには簡単な事ではないのだ。

 

「って事だから、あんた実は会津中の次男以下に狙われてるよ。」

 冷やかすように言ってやると、ユイはきょとんとした。

「長男というか嫡男でない者が、比較的楽に身を立てる方法は2つ。養子に出るか、婿に入るかだ。お前は、南紅家の一人娘だから婿の座を狙う男が多いって事だな。そこに収まれば家老職はほぼ確定だ。」

 忠道が淡々と説明する。


「そんな事ないと思うよ。私も含めて、変わった家だから、きっと嫌厭されてるんじゃない?」

 話を聞いてもなお、ピンとこないユイは首をかしげている。

「ユイは分かって無い。それを差し引いてもお釣りが来るくらい魅力的な座なんだよ。」

 危機感を持ってほしくて力説していると、

「表立っては蒼井あおい家への遠慮があるのでしょうね。でも、探りを入れている家はたくさんありましたよ。」

 颯介が少し嫌そうに説明した。

「あったの?」

「まあ、それなりに…。若様もとしてはまずまず役に立ってます。」

 颯介が、にこぉと見えない刃を飛ばす。

「もういっその事、事実にしちまってもいいんだぞ。」

 負けない笑顔で忠道も返した。


「でも、忠道様、結婚してますよね。」

 そこへユイの牽制が入った。

「まあ側室はな。でも正室はお前の為にずっと空けてる。どうだ?」

 今日は攻めるな、忠道。

「いや、結構です。うちの両親に憧れもあるから。」

 瞬殺。さすがだ親友。


「義勝様の一途は伝説ですからね。」

 颯介が頷きながら言う。

 義勝様、ユイのお母様が亡くなった後、後添えの話は山のように来たらしい。

 会津きっての名家だし、血を残すのが正しいところだけれど、再婚はせずに今まで来ている。


「あー、あれだろ。『亡き妻以外には、反応しないから無理。』と言って縁談を全て断り、『そんな訳無いだろう。』と、業を煮やした周囲に無理矢理吉原に連れて行かれたって。そこで、天下一ともてはやされた妓女を相手にしても堕ちなくて、結局みんな諦めたって話。」

 忠道が思い出したように言った。

「な、何ですかそれは…。」

 ユイが焦った声をだす。

「男同士の酒の席では、定番の盛り上がるネタだそうですよ。」

 少し言いにくそうに颯介が伝える。

「ああ、美女の手練手管を妄想して、みんなで羨ましがる鉄板ネタだな。」

「うそぉ。お父様の貞操が遊ばれている…。」

 ユイが呆然として空を見つめる。


「そういえば忠道は、養子だよね。やっぱり次男とかだからこっちに来たの?」

 話題を変えようと、聞いてみたかったことを訊ねた。

「ああ、何でもこなせる神童だったから引くて数多だったんだぜ。ちなみに次男じゃなくて俺は19男だ。」

 忠道はさらりといったが、耳を疑った。

「はぁっ⁉ 19男 ︎?一体、何人兄弟なの?」

 つい訊いてしまうと、

「37人兄弟。」

 という答えが返ってきた。


「うぇ、やっぱり忠道様は無理だな、無理。」

 それを聞いたユイは気味の悪いものを見る目で忠道をみた。

「なんでだよ!別に俺が作った訳じゃねーぞ。親父だ。」

「いや、だって同じ血が流れてるんだよねぇ。」

 少し後ずさるユイ。

「忠道様、残念でしたね。ユイ様は一途な方をお好みの様ですよ。」

 颯介が愉快そうに微笑む。

「うるせぇな、俺だって結構一途なんだよ。」

 少しムキになった忠道が大きな声をだした。



 ちょっぴり不憫だとは思う。

 忠道にも事情があって、次々と舞い込む正妻の話を曖昧にかわし続けているのは、恐らく本当にユイのためと知っているけれど。


 ユイにその気がない以上、私は教えてあーげないっ!





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