5  迷子

「What's the matter?(どうしたの?)」

 意を決し、しゃがんで話しかけると、若草色の瞳は縋るような眼差しを向けてきた。

 そして彼は、私と颯介を見比べると安堵の表情を浮かべ、素早く立ち上がりギュッと抱きついてきた。



 江戸に嫁ぐ梅子先生の晴れ姿を見るために、私達は一時会津を離れている。 

 祝言は数日後。

 その前に、もののふ番所のあやめさんのお使いで、横浜を訪れていた。


 ここが、数年前までさびしい寒村だったなんて信じられない。

 横浜は、幕府が移住外国人の居留地を設けて作りあげた人工の街なんだそうだ。道路、波止場、居住区、警備の陣屋などがつくられ、商人の移住も奨励されて、目覚ましく発展している。

 港の西南には日本人の居住区があり、堂々たる街並みが続く。

 有名店も連なる本町の大通りは、買い物客や見物客、商人達で溢れ、商品を山積みにした荷車も行き交って、とても賑やかだ。

 用事を終えた私と颯介は、会津で留守番をする七重へのお土産を探しながら、辺りを散策していた。


「ユイ様、これは思ったより、快適ですね。」

 黒竹に淡い黒色の和紙が張られた日傘を差した颯介が感心したように言った。

「ほら、買って良かったでしょ。日傘男子!時代を先取りだよね。」

 昔よりかなりマシになったが、颯介は相変わらず日光が苦手だ。

 今日のような夏の日差しの下ではも充血して涙をポロポロさせているし、肌も赤くなって痛々しい。

 そこで、目についたモノトーンの美しい日傘を買った。

「男の日傘って昔からありますよ。むしろ洒落者気取っているみたいで少し恥ずかしいというか。」

「黒は落ち着いた色だし、粋で格好いいよ。それに黒って日除けの効果が高いんじゃなかったかな。確か紫外線を防ぐとか。」

 遠い記憶を頼りに説明すると、

「え、似合います?」

 おそらく「格好いい」しか聞き取らなかった颯介が分かりやすく喜んだ。


 そんな会話をしながら歩いていると、細い通りに入った所で、道の片隅で泣きじゃくる、金髪の小さい男の子に出くわした。

 面倒事に関わりたくないのか、どう接して良いか分からないからなのか、誰もが見ないふりで通り過ぎていく。


 颯介と顔を見合わせて少し迷ったが、放っておくこともできず、腹を括った私は、英検二級の力を解放した。

 何を隠そう、勇生の頃の得意教科は「英語」だった(歴史や理科系が得意な方がこの世界で役立ちそう…と何度も残念に思ったものだ。)。

 すっかり衰えたとは思うけれど、小さい子との会話位はできるはず。

 自分を信じて声をかけた。


 幸い、通じたようで、

「ふぇありず マミー?マミー…」

 男の子は泣きながら英語で応える。

 良かった、英語圏以外だったら万事休すだった。


 赤髪蒼目の私、銀髪碧眼の颯介が並んでいると、どうにも国籍不明の2人組なので、旅の途中は奇異の目で見られることも多かったが、男の子は逆に安心してくれたようだ。

「No worries. Don't cry. Don't cry…(大丈夫だよ。泣かないで。)」

 よしよしをしてなだめる。



 そうして、その子を落ち着かせていると、慌ただしい足音がやってきて、通りから他の音が消えた。

 刀をぶら下げた、荒んだ風体の男が5人。

「これはこれは、そんな姿で。異人がサムライの真似事か?」

「子連れでノコノコ街歩きとは、呑気なことよ。襲われても文句は言えないなぁ。」

 変な奴らに絡まれた。

 ここのところ、攘夷志士による外国人襲撃事件が相次いでいると聞いたがこれか…?

 薙刀は今は刀袋に入ったまま。

 一方、普段は武器など身につけ無い颯介だが、旅の間は刀を佩いている。対人であれば、それだけで牽制になるらしい。


 男達は刀を抜いて、我々を取り囲んだ。

 地元ではあまり浴びない視線が飛んでくる。

「この女、悪くないじゃないか。」

「殺る前に可愛いがってやってもいいな。」

 ガッカリするようなセリフに、これは志士を騙った強盗かな。と内心ため息を吐いていると。

 まずい、隣の颯介からは静かに殺気が漏れ出している。

「颯介、この子抱っこしててよ。で、これ借りるね。」

 慌てて男の子を預け、腰のものを拝借した。


 スッと構えをとる。

 薙刀の方が得意だけれど、お父様に叩き込まれた剣だって、それなりには扱える。

「陸奥国、会津郡の陣『立葵』のユイです。掛かって来るならお相手します。」

 この構えと、名乗りで退散してくれないかな。と思ったけれど、相手のレベルが低すぎた。

「わははっ、『もののふ』のまねごとかよ。」

「馬鹿だな。そんな高位の陣章、いる訳ねーだろ。」

 ゲラゲラ笑うと、冴えのない攻撃を仕掛けてきた。

 仕方ない。

 突っ込んできた男の手首を返した刃で打つ。


 ガシャン


 刀は無様に地面に落ちた。

 打たれた男は、悲鳴をあげてのたうち回る。

 痛いだろうね、骨を折る位の威力はあるから。

 それを見た残りの4人が焦って斬りかかって来たが、なんにも学ばない者達で、全員があっさり刀を取り落とした。


「くっそう。まさか…もののふ…本物か?」

「深緑の陣章…。嘘だお前が5位なんて。」

「ひ、退けっ。」

 声を震わせながら逃げていく彼らの姿が、通りの奥に完全に消えるのを見届けてから、刀を鞘に戻した。

「お疲れさまです。」

 颯介が安堵の微笑みを見せ、さっきまでベソをかいていた男の子は、キラキラした表情で拍手をくれた。


 さて、この子をどうしようかと考えた末、取り敢えず神奈川の陣に向かうことにした。

 ある程度情報はあるだろうし、そこで忠道様も合流するはずなので、必要な時は若殿の威を借りることにしよう。




「お前…なにしているんだ。」

 異国の少年を抱いて現れた私に、忠道様は目を剥いた。

「くくっ。規格外のお姫様と聞いてはいたけど、これはこれは。」

 忠道様の正面には見たことのない男が座っていた。頭の後ろで無造作に髪を束ね、くたびれた服で浪人風を装っているが、眼光は鋭く、ただならぬ気配を纏っている。


「そちらは二人の子どもかな?」

 その男は真面目な顔で冗談を言った。

「分かって聞いているでしょう。迷子を拾ったんです。まったく、この意地悪な方はどちら様でしょう?」

 慌てた様子で颯介が返すと、

「君達が先に名乗るべきじゃないのかい?君。」

 冷ややかな視線と声が飛んできた。なんだか、面倒そうな人だな。


「初めまして、私はもののふの陣、5位、立葵の大将を勤めています南紅ユイです。こちらは白沢颯介。」

 失礼が無いように丁寧な礼をとる。

「初めまして。私はさんの旧友で会津藩軍事奉行添役、神谷かみや秀里しゅりという者だ。最近は京や長崎を彷徨いている事が多いが、可愛い従姉妹殿の晴れ姿を一目見たくてこっそり抜けてきている。どうぞお見知りおきを。」

 目を細めた男がそう名乗った。

「梅子先生のいとこの神谷さんですか!いつも貴重な本をありがとうございます。」

 なるほど、合点がいった。


 神谷秀里

 幼くは神童と呼ばれ。

 藩校では、日新館きっての秀才。

 今は100年に一人の逸材。

 そう言われる天才だ。


 梅子先生が使用した教本の多くは、彼が送ってくれたものだった。

 古典から希少本、漢籍に蘭書、最近は英語の教本まであった。時に「どういうつもりで送ってきたのかしら?」と梅子先生が首を傾げるラインナップもあるが、概ねトレンドを押さえた確かな選書だった。


「どういたしまして。私は一度読んだら覚えてしまうから。君達の元で何度も読んでもらった方が、書物も本望だろう。」

 秀里さんそう言って高慢な微笑みを浮かべた。

 苦笑いを返すしかない。

 出来る男のイメージで、勝手に七重の兄の拓馬さんのような人物を想像していたので、若干面食らう。


「おい、坊主どっからきた?」

 忠道様に急に声を掛けられ、少年は身を縮ませる。

「田中さん。日本語は通じないんじゃないかな。」

 秀里さんが呆れた声で言った。

「なんだ。蘭語か?」

 忠道様は首を傾げる。

「両親がアメリカ人のようなので、英語です。」

 私がそう伝えると、

「…それは誰に聞いた?」

 秀里さんの鋭い声が飛んできた。

「あの…この子、クリス君に。」

 道すがら、私達は簡単な会話を交わし、名前や年齢、出身地などを伝え合った。

 その結果、クリス・ローズ君、5歳、両親はアメリカ人、お母さんとはぐれた。ということが判明した。

 それを伝えると、忠道様は再び目を見開いたが、秀里さんは、顔色を変えずに、クリス君へ声をかけるとそのまま英語で自己紹介をして、会話を始めた。

 天才恐るべし、私よりスムーズな英語だ。


「ユイさんの証言、どうやら当たりだな。」

 最後にクリス君の頭を優しくなでた秀里さんは、少しばかり目を輝かせて言った。

「しかし、面白いものを拾ってきたな。ユイさん、折角なのでこの子を送り届けるのに、ご一緒してもらおうか。」

「クリス君の家、分かったんですか?」

 ほんの僅かな会話で分かってしまうなんて、信じられないが、秀里さんは自信あり気に頷く。

「おそらく。では暗くなる前に行くよ。大人数で行っても邪魔なので、田中さんと白沢くんは待っているように。」

 それに対し、颯介がバッと立ち上がり、忠道様は片眉をあげる。

「大丈夫、安心なさい。ユイさんに興味はあるが、女としての魅力はこれっぽっちも感じていないから。」

 秀里さんはきっぱりと言った。

 神谷家の若奥さん、華子さんといったら会津一とも言われる美女で、ここの夫婦、仲睦まじいことでとても有名なのだ。全く要らぬ心配はやめて欲しい。



 心配症の颯介を何とか番所に留め置くと、私達はクリス君の手を引いて、まちを歩き出した。

「さて、我々が目指すのは神奈川の成仏寺だよ。」

 てっきり横浜の外国人居留地に行くものとばかり思っていた私は驚いた。


 そうして、到着したのは歴史を感じる、荘重たる佇まいお寺。

 こんな所にアメリカ人が住んでいるとは思えず、横目で秀里さんを見る。

 しかし、山門前に来たクリス君は顔を輝かせると、

「ママー。ママー!」

 と駆け出して中に入っていった。


 すぐに寺の中が騒がしくなる。

「ミセスローズ!坊っちゃんが、坊っちゃんが帰ってきましたよ。」


「クリス!」

 奥の方から、日本人と外国人の男女が何人か走り出してきて、女性の一人にクリス君が抱きつく。

 クリス君、泣いてる。お寺の人たちみんな泣いてる。

 後で聞いた話だと、クリス君はただ迷子になった訳ではなくて、一家は横浜で攘夷志士に襲われたんだって。

 逃げて別れたきり、見つからなくなって、関係者が交代で必死に探し、本当に心配していたらしい。


 私達は何度もお礼を言われ、そのままお茶をご馳走になった。

 懐かしい。

 爽やかな香りと自然な甘みの紅茶。

 口に中でホロッと溶ける、バターが香るクッキー。

 つい顔が緩む。


 クリス君の両親は宣教師で、このお寺は、外国人宣教師たちの宿舎となっているらしい。

 クリス君のローズ一家の他にも、バーン夫妻、ホワイト氏など何組かのアメリカ人が滞在していた。

 横浜が開港以降、宣教師たちは続々と日本にやってきたが、正式には布教はできないため、今は医師や語学教師などの活動をしているそうだ。


 特にバーン氏はニューヨークで開業医をしていたという経歴の持ち主。日本でも診療所を開設して治療を行っている結構な有名人らしく、それで秀里さんがピンと来たという事だ。

「彼が書いた英語の教本、貴方達に送ったあれですよ。」

 そう教えてもらった時は心底驚いた。 


 ローズ夫妻、バーン夫妻ともに日本語が堪能で、私達の英語力も幸いして茶会は盛り上がった。

「祖国が心配です。同じ国民同士で国を二分する戦いをして、国は疲弊してしまった。」

「国際社会において、今アメリカはその力を失っています。無論ここ日本においても。」

 アメリカ人である彼らは、南北戦争で傷ついた母国に胸を痛めているらしい。

「横浜港を御覧なさい。どこの国の軍艦が多いですか?」

 ローズ夫人が問いかけてきた。

「イギリスの国旗が多いように感じました。」

 私は港を思い出して答える。

「そう。イギリスの台頭が著しいわ。そして彼の国は海外に門戸を開いたばかりの日本に難癖をつけて賠償金をせしめている。他の西洋列強もそうです。独立を保とうと懸命に努力するこの国から、ここぞとばかりに搾り取ろうとするなんて…酷いことを。」

 彼女は欧米の日本に対するやり方に憤りを覚えているらしい。

「国を2分する戦いか。わが国で起こらなければいいがな。」

 秀里さんが漏らす。

「最近は物騒なニュースばかりだ。攘夷の浪人たちは、我々外国人を追い出そうとするのと同時に、幕府を潰そうしている。」

 バーン氏はため息をつく。

「我々も襲われましたが…こうした外国人襲撃などは只の浪人の仕業には思えないのです。何か大きな力…黒幕の存在があるような。」

 ローズ氏は腕組みをして首を捻った。

「革命を望む勢力は元々あったのでしょう。幕府の条約締結が格好の批判材料になっているだけで。」

 ローズ夫人が指摘した。

「はぁ。我が藩も正にその動乱の渦中にある訳で、ひたすらに頭が痛いことだ。」

 秀里さんが息を吐きながら薄い笑いを浮かべた。

「お気をつけなさいよ。列強がこのまま幕府側についているとは限らない。」

 バーン氏が心配そうな表情で助言をくれた。

「商人たちは、戦争の匂いに敏感だ。水面下では動き出していることでしょう。」

 ローズ氏も眉間に皺を寄せて重々しい口調で言う。

「ご忠告、痛み入ります。戦など起こらない方が良いに決まっている。私の持てる力の全てを用いて、それは回避してみせますよ。」

 そう言って微笑んだ秀里さんの声は、いつになく柔らかかったが、そこには強い決意が滲んでいるように感じられる。

「神の恵みと平和があなた方にありますように。」

 バーン夫人が祝福の言葉をかけてくれた。



 帰り道。

「皆さん、とても見識が高い方でしたね。」

 久々に語学脳もフル回転だったし、濃密な時間だった。

「実に面白かっただろう。しかし、今の世界情勢はこの国にとって脅威だな。欧米の列強各国は次々と植民地を広げ、アジアは蚕食され続けている。長い鎖国により、幕府も外交には不慣れで、付け込まれているしな。」

「不平等な条約とかですか。」

 頼りない記憶だが、関税率や裁判権で不利だったような。

「ああ。しかし今は不平等になったが、初め幕府が各国と結んだ条約は、そんなに悪くはなかったんだ。関税は輸出税5分輸入税が2割。輸出が多く、かなり儲けがでていた筈だ。今は輸出入税共に5分。すっかり外国商人に有利になった。」

「何で変えてしまったんですか?」

 不思議に思って聞くと、

「長州藩の下関砲撃事件、薩摩藩の生麦事件、それに続く英国との戦争。これらにより幕府にも多額の賠償金が請求された。それを減らす代償に関税率の引き下げに応じざる得なくなったんだよ。」

 秀里さんは、私が思いもしなかった理由を挙げた。諸藩と外国とが揉めた際の賠償金が幕府にも請求されていたとは。

「それ、薩長の嫌がらせですか?それで『幕府は弱腰だの攘夷だ』のよく言えますね。」

「まあ、私も権謀術策を疑いたくなったよ。ただ確かな事は、こうして国内で揉めている間に、海の外の国々は虎視眈々とこの国を狙っているという事だ。」

 そう言う秀里さんは遥か遠くを見ているようだった。

「秀里さんの見ている景色は広いんですね。」

「立場や背景が違えば、見える景色が違うのは当然だよ。私は貴方が見ている風景にも興味があるな。」

 全てを見透かすような強い瞳がそこにある。


「さて、これが今日の本題だ。ユイさんは若君の事をどうお思いかな?」

「いきなり何ですか?うーん、実は結構真面目な方ですよね。剣技も一流ですし、いろいろ勉強して知っているし。見た目もいいですし、私が男だったら憧れますね。」

 予想外の質問に驚いたが、思っていることを口にした。京のお殿様も忠道様の噂を気にしているのだろうか。

「なるほど。これは難しいな。」

 秀里さんが渋い顔をした。

「何がですか?」

「ご正室候補として。」

「なっ、何っ⁉」

 スッと指をさされ、ズッコケそうになった。

「うちの親父連中とか、周りがヤキモキしてるんだよ。こんな時期にお家騒動まで巻き起こるのはごめんだしな。ここはひとつ、未来の会津の為に、嫁いでやってくれないか?」

「勘弁して下さい。もっと適役の方がいるでしょう。」

 首を横にブンブン振った。

「ユイさん、結構好条件なんだよ。血筋だけじゃなく、腕っ節が強いところも買ってる。若の側室、2人とも襲われてるからな。お一人はそのまま生命を落とし、もうお一人は子を失い心が弱ってしまった。若自身も幾度も殺されかけてる。」

 噂の真相を知って言葉を失う。

「おそらく、貴方との出会った時も何者かの依頼で狙われていんだろう。今は術が効いているおかげで襲撃は減ったようだが。今後は分からない。我々は彼を精神的にも物理的に守れる強いお嫁さんが欲しいんだよ。」

「…考えられないです。」

 真剣な秀里さん眼差しの後ろに御家老達の姿までもチラついたが、はっきりと断った。

「では、今後は考えて。」

「嫌です。」

「即答だな。主命があっても?」

「…お父様を信じてます。」

 私も切り札を口にする。

「…確かに、貴方が望まない限り、あの人頑固に抵抗しそうだな…。何で嫌がるんだ?既に好いた男でもいるのか?」

 会津の赤鬼は、娘溺愛で有名なのだ。それを聞いた秀里さんは、未練を滲ませて聞いてきた。

「そういう訳では無いんですが、他にやりたい事が沢山あって、若君と一緒になれば、そうした自由を全て失ってしまいますから。」

 そう答えながらも、一瞬、忠道様への道を選んだ場合、水色の瞳が悲しそうに翳る様が脳裏を過った気がした。



∗∗∗


 

 数日後


 梅子先生の祝言が挙げられた。


 白無垢に包まれた梅子先生は、神々しい程に美しかった。

 祝言自体は身内同士で行われるので、一旦送り出し、お色直しをした後の祝宴から参加させてもらった。


 花婿さんからの温かい眼差しを受ける先生は、幸せそうで輝いていて。大事な姉を取られる一抹の淋しさのような私の感情なんて、どうでも良くなる位、素敵だった。


「こういう時、未婚の女子は羨ましく思い、結婚願望が高まるらしいですけれど、ユイ様は如何ですか?」

 眩しそうに2人を見ていた颯介が訊ねる。

「私は、綺麗な花嫁姿に感じ入ってるけど、自分とは重ねられないな。」

「そうですか…僕は、花婿さんが羨ましいと思ってしまいました。」

「え、颯介は先生の事好きだったの?」

「何でそうなるんですか。あの方、積年の思いを叶えて梅子先生と一緒になったのでしょう。そこがですよ。」

 少し肩を落として颯介は言った。

「確かに、先生頑ななところがあるからなぁ。花婿さんも苦労しただろうね。土蜘蛛の一件は、みんなボロボロで最悪だったけど、あの時梅子先生は思ったんだって『もう一度あの人と会いたい、好きと伝えておけば良かった』って。」

 仲間の事でも、家族の事でも、会津の未来の事でも無い。

 ただその人の事を考えた自分を、先生は恥じていたけど、

「そんなことない。それはきっと何より尊い想いだと思う。」

 って伝えたら、微笑んで涙を浮かべていた。


 床の間には、私達の贈った磐梯山を描いた漆絵が掛けられている。

 螺鈿の花弁から、出会ったあの日の桜を思い出す。

 お世話になったな。

 

「必要な時はいつでも馳せ参じます。」

 結婚が決まっても。そう言う梅子先生に、

「いつでも頼りにしています。」

 と答えていた。

 でも、先生を物騒な理由で会津に呼びたくは無い、と強く思う私がいる。



∗∗∗



 会津に戻って間もなく。

 恐れていた知らせが飛び込んできた。


-将軍御逝去。


 幕末の動乱に翻弄されながらも、多くの者に慕われ、国の未来を想っていた将軍が、21歳の若さで亡くなった。

 公武合体、挙国一致をして難局を乗り切ろうとした機運が一気に揺らぎだす。

 ゆく道を照らす灯りが、ぽつりぽつりと消えていくように、会津藩は更なる混迷の中を進んでいかなくてはならなくなった。



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る