小話 薙刀の秘密

 黒く磨かれた表面には繊細な文様が描かれ、そこに巧みな加減で、金粉が蒔かれていく。

「へぇ〜、だから蒔絵まきえっていうんだ。」

 漆蒔絵うるしまきえの工房にて、子猫のようなふっくら丸い瞳を瞬かせながら、ユイが感嘆の声を漏らした。



 今日は、ユイ、七重、颯介、俺の四人で蒔絵工房に来ている。

 先の一戦で、俺の愛刀、会津兼定「藍鼠あいねず」も、かなり傷んでしまったが、土蜘蛛と対峙したユイの薙刀はそれ以上にはボロボロだった。

 刃こぼれも激しい刀身は修理に出しているが、柄に至っては砕け散り、修復が不可能な有様だった。

 そこで、どうしようかと相談しているところに、思わぬ話が飛び込んできた。


「姫様の薙刀が、損じてしまったと聞き及びました。もしよろしければ、手前共に柄を拵えさせてもらえませんでしょうか。もちろんお代など頂けません。」

 申し出てきたのは、土蜘蛛の一件で息子の捜索依頼を出してきた漆器問屋の主だった。

 俺らと一緒に糸に巻かれていた息子は、捕らえられてからの期間が短かったのが幸いし、賀茂の祓いを受けただけで、元通りの生活を送れるようになった。

 一人息子の無事を心底喜んだ父親は、報酬の外にも礼をしたいと言ってきたのだ。

 ユイは、礼ならば賀茂の烏へと固辞したのだが、主の弟が腕の良い蒔絵職人で、そちらからも強い申し出があったとのことで、最終的には有難く受けることとなった。


 金蒔絵は高価なため、やはり恐縮してしまうというユイは、代わりに梅子への結婚祝いの品を漆蒔絵画にしようと決め、工房へその作成依頼にやってきたのだ。

 工房の主人は我々を快く迎え入れ、蒔絵で絵画という創作意欲を刺激する依頼を嬉々として承諾したうえ、製作途中だった薙刀の柄の粉蒔きの様子を披露してくれた。


 新しい柄の上部には可憐な立葵が描かれ、石突の方には南紅家の家紋を意識した鷹の羽がさり気なく配置されている。そこに柔らかい光が差すように、細かい金が蒔かれ、華麗で品の良い意匠となっている。


 職人が、竹製の紛筒に金粉を入れる。

 筒の先は網状になっており、絶妙な力加減で筒が揺らされると、さらさらと金が蒔かれていく。


「見事な技術だよね。金の粒も、紛筒の網目も色々な大きさがあって、使い分けているんだって。それで光も風も、水の流れも作りだせるんだよ。凄いねぇ。」

 ユイが感心しながらため息を漏らす。


 戦国の世の終わり、時の関白から会津領主を命じられた武将が、先の領地から木地師や塗師を呼び寄せて先端技術を伝授させ、産業として推奨したことから会津塗は発展した。

 その後も、会津藩の初代藩主が漆の木の保護育成に努めたほか、歴代藩主が技術革新に熱心に取り組んだ結果、今や会津漆器は藩を代表する産業となっている。

 長い年月にわたり高められた匠の技を目の当たりして、俺もすっかり魅せられていた。


「これは、乾いたらもう出来上がりかな?」

 ユイが弾んだ声で訊ねてくる。

「まだだろう。『ぎ出し』って言っていたから、この上からまた漆を塗るんじゃないのか?」

 藩主教育の一環で得た知識で答えると。

「おっ、お兄さん。見かけによらず分かってるね。これが乾いた後は最終の上塗りをしていくんですよ。上塗りが乾くと、今度は木炭で漆の下の文様や金粉を研ぎ出していくことになります。」

 主人が技法について説明を加えた。

「大変な手間をかけて作られるものなんですね。」

 ユイは、頷きながら熱心に聞く。

「はい。ですが、この技法であれば漆と蒔絵の面が均一になるので、文様もより落ちにくく丈夫になりますし、金の光り方も落ちついて風情が増すのですよ。」

「このように丁寧に作って頂いてありがとうございます。出来上がりがますます楽しみになりました。」

 そう微笑むユイに、主人もまなじりを下げる。

 きっと、素敵な一品が出来上がることだろう。



 ユイと颯介が、他の棟も見学にいった隙に、気になっていたことを七重に訊いた。

「そういえば、ユイの薙刀、火行の加護付きだったよな。壊れてから火の気配が消えちまったようだが大丈夫なのか?」

「ああ、知らなかったんだ。」

 七重は微妙な顔ををする。

「何をだ?」

「ユイの薙刀の秘密。聞いたら多分引くけど。」

「何だよ、気になる言い方だな。」

 思わせぶりな言葉に興味を引かれて訊いてみる。

「ユイの薙刀、元々はお母さんの形見なの。そしてあれ、火の加護というより、颯介の力注いでああなっているんだよね。」

「そんなことできるのかよ。」

 五行の加護を受け、何らかの力を宿した武器は、強力で希少故にかなり値も張る。術者が力を分けた位で出来上がるなんて、俄には信じ難い。

「できるんだってさ。有り余る霊力がある颯介なら。何してるかは良く分かんないけど、ミケは颯介が薙刀抱き締めて寝ているの見たって言ってた。」

「!!!」

 なんか飲んでたら間違いなく吹き出しているところだ。

「いや、うーん。それで加護付き武器が手に入るなら、些細なことは気にならない。気にならないはずだ。」 

「実際ユイは全く気にしてないからね。加護付きみたいに強化できると分かった時、えらい喜んでたから。」

 術の使えないユイにとって、正にこれ以上ない武器なのは間違いない。手になじむ加護付き武器は資力だけで手に入るものではないのだから。


「しかしだな、何だろう。颯介のさまにそこはかとない変態性を感じるのは俺だけか?」

 つい、どうにもきまりの悪い心中をポロリとこぼすと、

「ははっ。でしょ、思うよね。ユイには言えないけどさ、あいつのことだから毎晩抱きしめて口づけ位はしてそうだなんて。」

 軽い笑いと一緒に七重が同意する。

「まあ、実際『気』を伝えるのは口からの方が効率的だったりするからな。触れるのも直接肌の方が良いから…ひょっとすると服も着てないかもな。」

「…… うぁ、ありそう。」

 見たくもない男の裸を一瞬想像してしまった俺は、それを振り払うようにかぶりを振った。



「工房他も見せてもらったけど、凄かったよ。あれ、何2人して変な顔して。」

 颯介を連れ立って戻ってきたユイが声をかけてきた。

「あ、あんたの薙刀の火の力について、仕組みをちょっとね。」

 俺と似たような想像をしていたと思われる七重が焦った声をだした。

「そうなんだ。あの薙刀にかける颯介の術、とても綺麗なんだよ。」

 一瞬うっとりした表情をしたユイに、俺と七重が再び微妙な顔になる。

「緋色の光がね、蛍みたいにふわふわ舞って、刀身に颯介がフッと息を吹きかけると、淡く桃色に刃が光るの。神秘的で凄く良いんだよね。」

 ニコニコとその様子を語るユイに、

「それだけ?」

 と七重がぼそりと呟いた。

「うん。一晩は術者の近くに置いた方が定着がいいっていうから、後は部屋に置いておくだけ。凄いよね。それでほぼ加護付きと同じ威力で!」


 再び工房の奥に呼ばれていった2人の後ろ姿を見つめながら、

「ねぇ、あんなこと考えてた私達の方が変態っぽいのかな。」

「いうなよ七重。」

 俺達は、ばつの悪い会話を交わした。



 梅子へ送る漆画は、江戸でも会津を感じられるように、「磐梯山に月」を題材にした粋な構図で、月部分には螺鈿で装飾を施すことになった。

 これまた、梅子の凛とした雰囲気に合う、風格の中にも華がある見事な品に出会える予感に、ユイも殊更嬉しそうだ。


 帰る途中、七重との会話を思いだし、つい颯介に声をかけた。

「颯介、火の力を込めた薙刀って、部屋に置いておくだけで定着するもんなのか?」

 すると、

「……………秘密です。」

 そう答えた颯介は、目を細めて瞳の奥に悪戯な光を煌めかせると、色っぽく微笑んでみせた。














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