3  賀茂の烏と雪見風呂~湯~

「ユイちゃん、もうどこにいってたのよ。お風呂一緒にいきましょう!ここのお湯すごく良いのよ。」

 待ってました、とばかりのあやめさんに連れられ、いざ温泉へ。


 七重は、

「あたしはちょっと体調が…。」

と言うので

「了解!あれね。」

 と返しておいた。

 ちょっと赤くなったから当たっていたのだろう。友達の月のものの日も察する女子力!我ながら成長したと思う。


 あやめさん、双葉さん、梅子先生というお姉さま方の中で少しばかり気後れするけれど、疲れはもちろん、打身や切傷にもよく効くという評判のお湯を楽しみたくて、浮き立つ気持ちでお風呂へ向かった。


「ううっ、さっむーい。」

 掛け湯をした後、カタカタ震えながら露天の岩風呂に辿り着き、熱いお湯につま先をつける。

 じんという熱さに思わず足を引っ込めたくなったが、そのままゆっくり身を沈めていくと、心地良い熱に包まれた。

 

 顔に当たる冷気と、舞い込んでくる雪片が心地よい。

 風呂の周りには雪灯籠が作られていて、蝋燭の灯が雪を反射させゆらゆらと煌めく。


「寒い季節の温泉は格別ねぇ。」

「うーん、これは良いな。雪見風呂か。中々趣きがある。湯もさらさらと肌に優しい感じだな。」

「ええ、本当に気持ちいいですわ。」

 美女3人も、お湯に浸かってきた。

 

 なんか…眼福。

 あやめさんは予想通り、もっちもちのダイナマイトボディ。

 双葉さんは鍛え上げられたしなやかな筋肉に、バランスよく配置されたパーツ、惚れ惚れするような神話の彫刻のような美しさ。 

 そして梅子先生も…着物の上からは分からなかった、見事なものをお持ちで…凄く色っぽい。

 ドキドキしちゃうな。

 これは…勇生の記憶のせいじゃないよね。

 私だって年相応の凹凸はあって、結構いい感じかもなんて思っていたけれど。

 3人とも美しすぎて、もはや芸術なんだもの。


 そして、女子トークが始まった。

「そういえば梅子ちゃん、今年あたり結婚?」

 岩風呂の縁に肘を掛け、寛いだ様子であやめさんが尋ねた。

「いえ…それが実は婚約の危機ですの。」

 なんですと⁉︎

「ええー!何があったの?あの子、貴女にベタ惚れだったじゃない。」

 あやめさんも、目を丸くしている。

「相手の方はいつまでも待つと…でも嫡男なので、遂にご家族が痺れを切らしてしまって、それだと廃嫡だなどと騒ぎになりまして、そんな迷惑はかけられないのでいっその事、無かったことに…。」

 いきなりの梅子先生の爆弾発言に、風呂の中なのに冷や汗が出る。

「せ、先生…それは…私のせい?」

「いいえ、私がおかしいのかもしれません。実は毎日が充実していて楽しくて…。お相手は江戸なので、中々気が進まなくて。」

 梅子先生は表情を曇らせて言った。

「そうなの?貴女も惚れてるのかと思ったのに。」

 あやめさんは首を傾げる。

「ええ、殿方の中では誰よりもお慕いしていますわ。でも、私の『今』も同じくらい愛しいのです。」

 仕事と結婚に揺れ動く、キャリアウーマン的な悩みということかな?


 そこに、双葉さんも交ざってくる。

「なんだ青春だな。しっかり選び取りなよ。正解なんてない思うが、人生の先輩として言わせてもらうとだな。…仕事は自分の力である程度取り戻せるけれど、他人ひとは二度と戻らないって事。」

「まあ、双葉、実体験かしら。」

 あやめさんは双葉さんをつっついた。

「私にだって若い頃は好いた男がいたんだ。求婚されたが、その頃私は当主になれるかどうかの瀬戸際で、野心もあった。今は無理だと答え、数年後そいつは別の女と所帯を持ち、そして間もなく病に罹って呆気なく死んだ。一人になると、あいつは幸せだったのかとか、もし私と一緒になっていたらとか、不毛な事を考えたもんだ。そしてあいつ以上の男には結局今まで出会えなかったよ。もののふとしては、ぼちぼち成功してるがね。正直、あやめ、お前が羨ましい時があるよ。」

 そう言って双葉さんはふっと笑った。

「人生まだ分からないわよ。運命の出会いなんてどこに転がってるか。」

 ゆったりと、あやめさんは微笑む。

「ははっ、そうだな。その日を楽しみに待つとしようか。」


 お姉さま2人の話が深い。

 私も自分に出来ることを必死に考えた。

「ねぇ、梅子先生、嫌じゃなければ、江戸に行って欲しいんですが。」

 私は、先生の目をしっかり見てから伝えた。

「ユイ様?」

 戸惑った声が返ってきた。

「私、今年は江戸とか京の様子をちゃんと見に行きたいって思ってた。もし先生が江戸にいてくれるなら、私が把握するのは後は京だけで良くなる。『立葵』の任務として江戸にいるってのはどうですか?」

 私は手ぬぐいを握りしめながら、案を出してみた。先生は、目をパチパチさせてこちらを見返してくる。

「ふふふ、梅子ちゃん、一考の価値はあるのではなくて?」

 あやめさんが愉快そうに声をかけた。


 先生は考え込んでいるが、私はなんだか熱くなってきてしまったので、温泉から出ようと立ちあがった。

瞬間、

-目の前が真っ白になった。


∗∗∗


 気が付くと、見慣れぬ天井と七重の困ったような顔が目に入ってきた。

「あれ、七重ちゃん…。」

「気分悪くない?」

「うん。」

「水飲む?」

「ありがと。」

 ゆっくりと身を起こし、湯飲みを受けとり喉を潤すと、一息ついた。

「なんて馬鹿なの。上気せるほど入るなんて。」

 七重が呆れたような表情をみせる。

「ごめん。」

「ホントだよ。颯介なんてぐったりしたあんた見て、霊力暴走寸前だったんだから。一度気が付いた後もすぐ寝ちゃったから、あいつホントにただの湯あたりか何度も聞くし…。」

 ああ、何か想像つくな。


「みんなは?」

「別の部屋でまた呑んでる。颯介は面倒くさいから追い出した。」

 耳を澄ますと、遠くから笑い声や話し声が聞こえる。

「こんな遅くまで…迷惑じゃないのかな?」

「大丈夫でしょ。貸し切りって言ってたし。」

「『きつね』貸し切りだったんだ。豪勢。」

「すごいよね。どうする、あっちに戻る?」

「うーん。烏の皆さんと親交したいけど、なんかもう大人の時間って感じだから、おとなしく寝ようかな。」

「じゃあ、あたしも一声かけてきてから寝ようっと。」

 

 七重はそう言って立ち上がると、さっと部屋を出ていき、直ぐに戻ってきた。


「どうだった?」

「うーん、ユイ行かなくて正解って感じの雰囲気。颯介が暗に助けを求めてきたけど無視してきた。」

「うわ、可哀そう。」

「いいのいいの。さ、寝よう。大丈夫?寝れそう?」

「まだ全然寝足りない感じ。」

「寝るの好きだもんね。」

 七重はそう言うと、有明行灯に覆いをかぶせた。 

 途端に部屋は、ほわんと薄暗くなった。

 私は再び横になってぼんやり天井を見つめた。


「七重ちゃん。」

「ん?」

「もし、好きな人とかできたりして、もののふを続けるかどうか、迷うような時は、すぐ相談してね。」

「何それ。」

「私、梅子先生が悩んでたのに、全然気づいてなかったから…。」

「そっか。まあ、あたしは大丈夫だよ。」



「七重ちゃん。」

「なに?」

「今日はありがとうね。」

「どういたしまして。あたしは立葵の癒術士だからね。」

「ふふっ。おやすみなさい。」

「おやすみ。」


 行燈の三日月形の窓から温かな光がちらちらと漏れる。安らげる灯りのせいか、私の意識は瞬く間に夢の世界へと運ばれていった。




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