第2章 出会い 「忠道」‐2‐ 

「まさかっ。」

佐竹はそう言って、視線を左右に巡らす。

「ああ、かなり強い妖気だ。恐らくこの雪もそいつの仕業だな。通りすがりなら見逃してくれるかも知れないが…この気配じゃ無理か。」

妖の気配には、明確な殺気が混じっている。

「数は?」

刀の柄に手をかけながら佐竹が問う。

「恐らく一体。でも妖気が馬鹿でかい…来るぞ!」

迫る殺気に、俺達は左右に飛び退く。


ズサッッン


 と、先程までいた場所に二尺位の氷の刃が突き刺さった。

 周囲には猛烈な吹雪が吹き荒れ、視界が極端に悪くなった。

 相手の位置を特定できないでいるうちに、拳ほどの氷の礫が降り注いてきた。

 素早く手元で印を結び、防御壁を張って防ぐ。


ガガガガッツ…


 振動も強烈だ。

 離れた場所から、

「うぐッ。」

と呻く、佐竹の声が聞こえた。

 もう一度印を結び、気配を頼りに佐竹の周囲にも術を展開させた。

「若っ、私のことはいいですからっ。」

佐竹が叫んだ。


「そうだよ、人の心配してる場合じゃないよねぇ。」

 不意に、耳元に言葉と冷たい吐息がかかった。

 注がれた冷気に、耳の奥が焼かれたように痛む。

 俺は、抜刀した刃に霊気を込め、気配がした方を振り払った。


ジュッツ


 俺の刀は何かに当たり、相手が焼けたような溶けたような音がした。

「ふぅん。火か。少し厄介。」

 幾分吹雪がおさまり、妖はその姿を現した。

 真白な人形の妖で、髪は青白っぽい透明。

 血の気が感じられない顔には、切れ長の金色の眼がギラギラした光を湛える。

 妖の纒う衣の袖の部分が、はらり溶け落ちた。妖はそれをゆっくり掲げると

「でも、大したこと無いね。火行、得意じゃないんでしょう。」

と笑った。


 フッと動く気配があり、妖が手を挙げると奴を中心にした同心円状に先程より細かい氷粒が巻き上がり、手を振り下ろすと同時にそれは弾丸の雨のように襲いかかってきた。

 防御の壁を自分と佐竹の周りに再び貼り巡らす。


ガガガガッツン


 けたたましく音が鳴り響いたが、その攻撃は弾き切った。

「へぇ、守りは堅いね。守ってばっかりでは勝てないけどねっと。」


ヒュゥゥン


と、今度は巨大な氷の槍が迫る。

「くっ。」

先程より厚く防御を張ったが、


ピシリ


 とヒビが入った。

 佐竹にも同様の守りを施すのに、力を分散しているため分が悪い。

 破られる前に、素早く術式を組み直す。

 妖の背後に火球を複数出現させ、四方からぶつけた。

「おっと。」

 妖は氷の膜を張り、たやすく躱すが、俺はその隙に佐竹の元に走り寄った。

「おい、生きてるか?」

 佐竹は血溜まりの中、這いつくばっていたが

「すみません…若…私は全然平気です。敵は強い…相性も良くないです。私にかけた術は一旦解いて、全力でいってください。私は必ず凌ぎますから。」

 血まみれの顔で、ニッと笑顔を見せた。

 普段なら、不気味だからやめてくれと軽口で返すところだが、それどころでは無い。

 初手の攻撃を避けきれなかったのだろう。

 全身に裂傷があり、特に右太腿は大きく抉られていた。血は流れ続けている。


ヒュゥゥン


 氷槍が来る。


ガキンッツ


 再び壁を築き、突き刺さんとする攻撃を防いだ。

 今回は守りを一か所に集中している分、早々破られることはないはず。

「ふふっ。堅固だねぇ。でも…攻撃はどうしたのかな。あっ、さっきの火球で霊力結構使ったでしょう。無理するからだよ。」

 妖はクスクス笑いながら、もう一本氷槍を作り出すとこちらに投げ込んできた。

 防御壁にかかる圧が倍以上になる。

「ハァ、ハァ、くっ。」

 息が切れてきた。

 俺はどの系統の術も使えるが、水行の術を得意としており、妖の言うとおり火行は得てではない。

 そして、相性の悪い術を使う際は、より多くの霊力を使う。

 氷系の妖場合、最も効果のあるのは火行系統の術になるため、火で応戦するのが常道ではあったのだが…くやしいことに霊力の消耗が激しい。

「ほうら、だんだん苦しいでしょ。楽にしてあげるね、ワ・カ・サ・マ!」

「!」

 妖は愉快そうに手のひらを上へあげると、さらに巨大な氷槍を作った。

 鋭い穂先がきらりとこちらを向く。

 受けきれるか?俺はあらん限りの力で守りの術の再構成を始めた。


次の瞬間


バンッッ


という発砲音が響いた。

 そして、掲げられていた妖の手首から上が、ガラス細工が砕けるように粉々になって飛び散った。


「七重ちゃん、あと2・3発撃ったら、援護ね。」

「了解。」

 離れた場所から声が聞こえる。

 現れたのは、先ほど番所であった二人組。


 信じられない。

 そう、ユイと七重だ。

 ユイはそのまま薙刀を構えるとこちらに突っ込んでくる。

「なんだよ、お前ら!」

突然の増援に、妖は怒りをあらわに向き直り、氷の礫を繰り出すが、ユイは目前の礫を切り伏せながら進んでくる。

「くそっ、なんで切れる⁉」

礫が容易に叩き切られる様に、驚きを隠せない妖。


バンッッ

バンッッ

バンッッ


 しかも、七重の銃撃が絶え間なく続くので、妖の方が正確な攻撃ができずにいる。


 上手い。

 そうこうするうちに、ユイは妖との間合いを詰め、八相はっそうに構えると、その切っ先を打ち下ろした。捉えたかに見えたが、相手もさるもの、体勢を崩しながらもギリギリで躱す。

 避けきれなかった髪が数房、宙できらめく。


 続きざま、左八相に構えると再び降り下ろすユイ。素早い斬撃、遂に妖の肩が裂けた。

「いまいましいよ。属性武器とはね。お前なんか、ほとんど霊力なんか無いのにさ。」

 氷の礫を繰り出しながら、妖が悪態をつく。

 そうか、火の加護を受けた薙刀でもって戦っているのか。これ程の妖力を持つ相手では、術無しの応戦は厳しい。五行の加護付きの武具は、火や水といった属性を付与された討鬼士垂涎の品だが、極端に数は少ない。

 そんな幻とも言える薙刀を自在に振るい、ユイは、少しづつ妖を追い詰める。

 すると、不利と判断したのか、妖は再び吹雪を呼び寄せると、雪の中に姿を溶け込ませた。


「う、七重ちゃん、ごめん見えない。逃げられた?」

「馬鹿、油断しないの。まだすっごい妖力感じるから。」

 確かに妖は気配を移動させながら確かにまだいる。

突如、空気を震わす声がした。

「冷結」


ヒュュュュゥ


と冷気が溢れ、急激に気温が下がる。

「さぶっつ。」

「何これ。」

 妖の術か?依然雪が降り続く中、自然ではあり得ぬ位の冷えが襲ってくる。

 吸い込む空気も肺を凍らせるほどに冷たい。

 傍らの佐竹の顔色がますます悪くなっていく。


「いたいた。七重ちゃんこっち。」

少女2人が駆け寄ってくる。

「大丈夫?七重ちゃんこの人の手当てお願い。」

「了解。うわー酷っ。」

 七重は癒術が使えるらしい。

 佐竹の状態を見るや、素早く止血をし、致命傷となりそうな太腿の裂傷に霊力を込め、手当てに入った。


「それにしても…なんなの。酷く寒いんだけど。」

「さっきの妖の仕業だよ。妖気が禍々しく広がってる。凍死させる気だね。」


 降りしきる雪の隙間から、忍び笑いが聞こえる。そして

「うふふふ…白雪に滴る鮮血。それが堪らなく好きだから戦ってあげてたけどね。面倒くさいからもう、全員凍らせてしまうよ。」

 妖の声が響く。

 ユイの唇の色が紫がかってきている。

 手当を続ける七重の指先もガタガタと震えている。

 佐竹は…蒼白だ。


 全身が凍りついていくようで、肺も痛い。

「くっ。おい、お前が欲しいのは俺の首だけなんだろ。他の奴らは巻き込まれているだけだよな。」

 相手の位置だけでも確認したくて、妖に声をかける。

「やだなぁ。今更命乞い?あはははは、遅いよ。」

 空間全体から声は響くようで、相手の場所は特定できない。

 このままでは、全員氷漬けだ。

 

 絶体絶命…のはずだが、隣の二人組はまだ何かペチャクチャ話をしている。

「風邪辛そうだったけど…来るかな。」

「あんたが、こんな状況だもの。あいつ来ないわけないよ。」

「そう?」

「そう。絶対に。死んでもくるよ。」


 何が?助けを呼んだのか?


突如

「にゃーん。」

 何もない空間からモコモコした三毛猫が現れた。

「わぁ、ミケ、来てくれたの。嬉しい!ギュってさせて。ほら、あなたも、さわってて。あったかいから。」

 ………確かにあたたかい。が、

「ひょっとして、待っていたのはコイツか?」

「あー、うーん。ミケが来たってことは、ね。」

「ね、そろそろ。」

 二人がうなずき合った時。

 とんでもない霊力の圧を感じた。


「「ー来た!」」


刹那


ドゥゥゥゥッツ


 信じられない程の炎が壁のように立ち昇る。

 俺たちを囲むようにしてそりたった炎は、そのまま外側に向け広がる。


 雪も氷も、水になる間もなく瞬時に消え去っていく。


 強烈な熱のはずが、我々の周りは心地良い暖かさ。

 一方、炎の壁は目標を補足したらしい。

 ある一か所に集まりだし、そこをぐるりと囲む。

 そのまま、中心に向かって炎は猛烈な熱となって突き進んだ。


湯気が上がる。

 先程の寒気が幻の様に、炎が躍り、相手の妖を追い詰めていく。

 妖の妖気がみるみるうちに削られていくのが感じられる。

 そして、真紅の壁は、妖をその断末魔ごとの見込むと、渦を巻きながら地下へ消えていった… 

—かのように見えた。

 

 突如、湯気の奥から

 凄まじい妖気が俊速で俺に迫る。

 姿を現した妖は、半身が焼け爛れていた。

 といっても氷妖なため、溶けかけているといった有様なのだが。

「死ねぇぇぇ。」

 残りの妖気を全て賭けたのだろう。溶けかけた腕を一瞬で刃に変え、それが振り下ろされる。


!!!!

ユイ、七重、

それぞれが反応しているが、俺の元には届かない。


ヒュンッ


 煌めく白刃が弧を描いた。

「お前もう霊力は…なぜ…」

 真っ二つに切断された妖が呟く。

 俺は抜き放った剣を掲げたまま

「悪いな。実は、普通の剣撃が一番得意なんだ。」

と答え、そして

カチン

と刀を鞘に納めた。


 続いてどこかから


ほむら


 と、男の声が響き、二つに割れた妖の体に炎が絡みつき、その全てを焼きつくした。

 妖が、誰の差し金で動いていたのを確認できなかったのは悔やまれるが、取り敢えず勝った…助かった。


「佐竹っ」

 しゃがみこんで様子を確認すると、

「…竹蔵って呼ぶって、いってたじゃないですか…。」

 荒い息ながら、佐竹が応えた。

 先程より、幾分顔色が良くなっている。

 七重が止血をしつつ、佐竹の気脈を整えているのがわかる。

「癒術か、恩にきる。」

「どういたしまして。でないと死にそうだったもの。」

 集中したまま、七重は答えた。



「ユイ様っ、ゴホッ、ゴホ、ケホッ。大丈夫でしたか?」

 濃霧のような湯気の合間からそいつが現れた時、一瞬次の妖が出現したのかと思った。

 白銀の長髪、薄水色の眼、透けるよう白い肌。その男の纒う霊力はあまりにも強烈で、人目見たら忘れられなくなりそうな、人外めいた美貌と相まって、とてもこの世のものとは思えなかった。

 先程の氷妖の眷族が仇討ちに来たといってもおかしくない風体だったのだ。


 が、良く見ると、布団をそのまま着てきたのか、というほど厚着をし、長身の美女に支えられながらも鼻をズルズルさせている様子は、何というか、うん、残念な感じがでていて、あ、これは人だなと認識できた。

 「先生、颯介、来てくれて助かった。凍え死ぬかと思ったよ。ありがとう。」

 ユイの元気そうな声に、颯介と呼ばれた男は相好を崩し、先生と呼ばれた美女は俺を一瞥するとユイを見てほっと息をはいた。



 佐竹の怪我は妖によるもののため、障りがあるかをユイの祖母であるサキ殿に見てもらうということになり、我々は南紅家へを移動した。

 サキ殿が診ている間、俺達はユイの陣へと移動し、改めて名乗りあった。そして、「もののふの陣に入ろうとこの地にやってきた」という表向きの会津に来た理由を聞いた後、ユイは言った。

「あのさ、もし、陣を探しているなら、ウチはどうだろう?」

と。


「はぁ︎ユイ、あんた正気なの?さっき番所であんな事があったのに。こんな軟派な男、あたしは嫌。」

「ケホッ、ゴホッ、なに…ズズッ、ユイ様、何かされたんですか?」

「え、食事に誘われただけだよ。」

「ユイ、危機感なさすぎ。だんだんいい歳なんだから、男って奴を警戒しなよ。」

「男は狼ってやつ?うーん、分かっているつもりなんだけどな。」

「あんなにあっさり抱きつかれて、よく言うね。」

「ックシュン。ズビズビ…七重、この人殺っていいですか?」

「許すと言いたいけど、一応あたしが殴っといたから、血祭りにあげるのは頭ん中だけにしといて。」  

「颯介、大丈夫だったから、そんなに悪意感じ無かったし。」

「悪意とか善意じゃなくてですね。」

 颯介からは、不穏な霊気が飛んでくる。

 それに気づかぬふりをして、ユイに

「名前も素性も分からない相手を陣に入れようだなんて、無用心だとは思わないのか?。」

と聞いてみると彼女は

「多分…貴方は多分大丈夫。根拠は…先生とおばあさまと、ミケの反応かな。」

と答えた。


 日向で微睡んでいた猫の耳がピクッと動く。梅子も一瞬動きを止めた。なるほど、先程のサキ殿の視線から感づかれた事は分かったが、他にもいたようだ。

「確かに、先生がやけに絡んでこないのは、気になったんだよね いつもなら不審者はとことん追及するのにさ。何者なのコイツ。」

 初対面があれだから仕方ないが、七重は依然厳しい視線を向けてくる。

 梅子は依然困った様な表情を浮かべている。

 そして、その隣の風邪ひき男は、最早殺気といっていいヒリヒリした気配をただよわせている。

 

「私は、無理に聞き出そうとは思わない。先生とおばあさまが信を置いている相手ならきっと大丈夫。」

さっぱり言い放つユイに対し、七重は眉をしかめて

「ユイ、良くないよそういうの。あたしはちゃんと教えてほしい。さっきの雪男みたいなやつ、完全にコイツのこと狙ってたよ。本人に害意が無くても、危険人物であるなら、仲間にするわけにはいかないよ。」

と言った。それに対し鼻をすすりながら颯介も大きく頷く。


「何者かと言われると…俺の名は田中浅葱たなかあさぎ、江戸からやってきた見ての通り、武士崩れの、もののふ未満だ。………表向きは。」

 梅子以外の3人は訝しげにこちらをみる。

 覚悟を決めるのは、俺の方だ。

 一呼吸おいた後、

「ユイ、お前の望みは何だ?何で戦う?」

 最後の一押しを求めて、そう口を開いた。

 偉ぶったものいいに、カチンときた七重が掴みかかろうとしたが、梅子に止められる。


「私は…私の望みはこの地を守ること。この会津に住む人々が、少しでも健やかでいられるために、戦ってる。」

と、ユイは答えた。

 迷いのない、強い光がそこにある。


 であるならば

「梅子、私はここに居ても良いか。」

 口調を在るべきものに改めて、問う。

 梅子は居住まいを正し、片膝をつくと

「どうぞご随意に。貴方様のことも、守り抜いて見せますわ。」

といって礼をむけた。


 腹を括った。

 彼らを巻き込むことになる。

 いや、場合によってはこれも想定内だったが、可能性はとても低いと思っていた。 

 ここに来るまでは。


「ありがとう、梅子。そして、ユイ、君を信じるよ。私の、まことの名は『蒼井あおい忠道ただみち』だ。」


「なっ。」

「ゴホッつ、ゴホッ。」

七重、颯介は盛大に反応を示した。

 一方、ユイは何か言いたそうにチラチラ梅子を見ている。

 梅子はそんなユイの様子に焦っている。

 …まさか、俺の名を聞いても、ピンとこないのか?さすがだな。

 見兼ねた七重が、ユイの耳元で何かを囁く。

 瞳を落ちそうな程見開く。

 「ぇえーっ。」という小さい声も丸聞こえだ。

…やっぱり。

 慌てながらユイは梅子に倣って控え

「数々の無礼、ご容赦ください。」

と深々と頭を下げた。


「ぐずっ。でもあの、無礼を承知で申し上げます。若殿であらせられるなら、このような場所にはいられないでしょう?ここは、ただのもののふの陣です。」

 俺と知ってなお、厳しい視線の颯介は問うてきた。それに対し

「ユイと同じ望みをもつという理由だけでは不服か。」

と、強い視線を返す。

「恐れながら、例え目指すところが同じであっても、貴方様が打てる手は他にもあるはず。貴方の戦場は別の所にあるのではないのですか?」

 颯介はなお、険しい表情でつづけた。

 それに対して

「私の味方は少ないんだ。残念なことだが。」

ため息混じりに自嘲した笑みを浮かべると、今度は

「ここは、『立葵』。ユイが大将の陣だ。あたしらは、若殿の私兵になるつもりは無いよ。」

 挑むような七重からの視線が飛ぶ


「ふっ。ごめんごめん。愛されてるねぇユイは。俺は、ひとりのもののふとして、ユイに雇ってほしいだけだ。俺の名前なんて忘れてくれていい。ここにいる限り、君が絶対だ。俺も持てる全てで君を支える。剣も術も上手い方だと思うから、駒として使ってくれ。俺個人が怨みを買ってる部分があるのは確かなんで、そこは否定しない。だから何かあったら、俺を切り捨ててくれて構わない。梅子、貴女もそうしてくれ。…だから、ここに置いてくれないだろうか。」

瞠目する一同。


 そして考え込むユイ。相当の迷いがあるのか、他の仲間の意見を促す様に視線を動かす

「あたしは、良くないことが起こる可能性の方が大きいと思う。私達、政治的な色は出来るだけもたない様にしているよね。その意味でも危険だと思う。」

「僕は、個人的な理由で反対ですが、戦力としては大変魅力を感じてはいます。」

「私は、若様の力にもなりたいというのが本音ですわ。ただ、ここにいる限りは、田中浅葱になり切っていただく必要があるとは思います。…江戸方、もしくは他国からの刺客の恐れもあるのでしょう?先ほどの氷妖のように。」


「そこは心配ない。これまでも浅葱でいる方が長いし、俺の顔を知るものもごく僅かだ。多少術もかけて、そうは気づかれない様にしている。」

「でも、念のため、おばあさまにお願いして術は2重にかけといた方がいいよね。」

「ユイ様!」

「ユイ、本当に仲間にする気?」

颯介、七重は悲鳴の様な声をあげる。


「正直、賭けみたいな気分だけど、乗ってみようかと。戦力は純粋に欲しいし。それに…すごく失礼だとは思うんだけれど…若殿としての利用価値も魅力だったりして…ゴメンね。」

眉尻をさげて、手を合わせるユイ。俺は

「ほんと正直だな。そう、俺の命は安くはないからな。首一つで何十人、何百人を救える場合もあるってもんだ。まぁ、上手く使ってくれ。」

と返した。


「というわけで、彼を仲間に入れてもいいですか?」

 改めて、ユイがもののふの一同に問う。

 しっかり頷くもの。

 ため息を吐きながら頷くもの。

 こっちを物凄く睨みながら嫌そうに頷くもの。

 3者3様だが、どうやら了承されたようだ。



 南紅家の計らいで、佐竹はこのまま南紅邸で療養することとなり、その後については一度江戸へ返そうと思っている。色々と自分を責めているようなので、信頼故に江戸を任せると説得するのが大変そうだが…



「さてと。」

 サキ殿にも挨拶を済ませ、門の外に出ようとした時

「にゃ〜ん。」

 ミケが体をすり寄せてきた。

 しゃがんで頭を撫でると、

 『オカエリ。』 

 喉をゴロゴロしながらミケが伝えてくる。

 思わず、ずしりと重いモコモコの体を抱き上げた。

 触れ合う場所から心地良い温もりがじんわりと広がる。

 頬を寄せ、本当は彼女にかけたかった言葉を呟いた。


 「ただいま。」

 

 冬茜の空、迫る群青の夕闇の先に燃えるような茜色の陽。その、ひとときの輝きが瞳に差し込んでくる。

 俺は息を吐くと、この場の澄んだ空気を胸一杯に吸い込んだ。



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