小話  羊羹と恋バナとあの日の夕焼け

「わぁ、『獅子庵』の羊羹!」

 お茶と一緒にお持ちした、江戸の名店の菓子を目にして、ユイ様は顔を輝かせる。

 

 こうしていると、年齢よりも幼く見え、妖を屠るもののふの陣の大将だなんてとても思えない。

 すっかり勇ましく成長されたけれど、まだまだ可愛らしい所が残っていて、ほっとさせられる。


「あら、お嬢様、よく『獅子庵』のだって分かりましたね。」

くすりと笑いながら答えると

「早苗、だってさ、この艶、深い色合い、佇まいだよ。見間違えるはずないでしょう。味もほんと絶品なんだよね。」

と自信満々の声が返ってきた。


「これどなたからなの?」

 羊羹を口に含み、ほぉーっと満足げな表情の後ユイ様が訊ねた。

「大野様からですよ。」

と改めて軽く礼をしながら伝えると

「梅子先生︎、どうしたんですかコレ?」

と嬉々とした表情を大野様に向けた。

 肩をピクリとさせた後

「え、ええ江戸の知り合いが来るというので、お願いしたのですわ。」

と、照れたように答える大野様にユイ様は少し首をかしげる。


 七重さんがそんなユイ様の脇腹をつついた。

「ユイ、相変わらず鈍いんだから…」

「何が?」

「先生の許嫁がいらしているの。」

「先生に許嫁なんていたの!」

「ちょっとあんた、当然でしょ。先生のお歳を考えてもみなよ。」


 無言で微笑む大野様の笑顔が引きつったような…少し怖い…。

 なので、

「お嬢様、七重さん、大野様は元々才色兼備で有名なご令嬢です。縁談もそれはそれは多く舞い込んだという話ですよ。」

思わず口をはさんだ。

「へぇー、先生、その中から選んだ方ってどんな人なんです?」

色恋に興味がなさそうなユイ様も、大野様の相手は気になるようだ。

「ええと、相手は、江戸での勉学の師匠の甥御さんですの。小さい頃からの付き合いで、気心も知れているので、まあ丁度良いかということで…。」

再び照れた顔になって大野様が答えると

「それだけじゃないですよね。先生に似合いの長身で、かなりの美丈夫だって評判なの。」

さすが、女兄弟がいる七重さんは早耳です。

 おそらく大野様のお相手は、一刻も早く祝言をあげたいでしょうに…ユイ様のわがままに付き合ってるために伸びに伸びている状況かと思われ…非常に申し訳ないと、心の中で改めてその方に詫びた。



「幼馴染かぁ。なんかそういうのもいいですね。そっかー、そうだよね。よく考えたら先生は勿論だけど、私達もだんだん年頃になるのか。ねぇ、…七重ちゃんも実はいたりするの?許嫁とか。」

ユイ様が恐る恐る訊くと

「はぁ、︎いる訳ないでしょう。あんたや私より男前だったら考えてもいいけどさ。そこらの男じゃ無理無理。」

片眉を上げ、七重さんは実に嫌そうに答えた。


「だよね。ひょっとしてみんないるのが当たり前なのかと思って焦っちゃったよ。」

少しほっとした様子のユイ様に、七重さんは

「…っていうか、この際だから聞くけど、あんたこそ婚約話どうなってんの?」

と、問いかける。


 一瞬、ぽかんとするユイ様。

「はっ、何の話?私婚約なんてしてないよ。聞いた事ないし。」

と答えると、

「「えっ!!!」」

これまで静観していた颯介さんが、七重さんと一緒に大きく反応した。


「ユイ様、ほ、本当ですか、お相手いないんですか。」

颯介さん、かなり食いついてくる。

「そんなの、いるように見える?」

「いえ、僕はてっきり…。」

戸惑いながらも、喜色を浮かべる颯介さん。

 七重さんは腕を組みながら

「あたしもさ、ユイってば、色っぽい話は全く聞かないけど、それは…それだけ既定路線でガッチリ固められてるからだろうな、と思ってたんだけど…。」

と訝しげにつぶやく。

「既定路線…何のこと?」

ユイ様は少しばかり不安そうに訊ねた。


「だから、あんた、若殿の許嫁じゃなかったの?」

「えええー!何の話それ。何の話??」

「ユイ様、本当に知らないんですか?」

混乱する一同。

 そして

「初耳デス………早苗…まさかそうなの?うそ、嘘だよね。」

縋るようなユイ様の視線が飛んできた。

 

 う、これは本当に繊細な問題なので、

「お嬢様が幼い頃、そうしたお話があったのは確かですが、本格的に進めていた折、お嬢様はお倒れになってしまい…うやむやなまま流れたのではないでしょうか?私も確かなことは存じ上げず…ちゃんとした事は旦那様しか…。」

と、曖昧に答えておく。


「わーなんだ良かったぁ。ユイが一切そういった話しないから、出来損ないの若殿のことには触れられたくないのかと思ってさ。柄にもなく今まで気を遣っちゃってたよ。」

七重さんの発言に

「若殿ってそんなにひどいの?」

ユイ様は表情を曇らせた。

「一部じゃバカ殿って呼ばれてて、昼間から酒は飲むは、女好きだは、賭け事とかで遊び歩くは、江戸では大変らしいよ。弟君も生まれたからもう用無しって説もあるんだって。」

ユイ様の顔はますます曇っていく。


そこに大野様が、

「公の場にはあまりお出にならくて、私もお目にかかったのは数回ですが…皆が噂するほど、悪い方ではないと思いますよ。むしろ…。」

と、若殿を擁護した。


「先生美人だから、格好つけられたただけじゃない?側室もいて、一人なんか酔って殴って死なせたって言われてるよ。それにもう一人の側室の間に生まれた子は、ものを投げつけて殺したって…。」

川本様の噂話に、完全に顔をしかめたユイ様は、

「え?そのヤバいやつ、うちの藩の跡取りの話だよね。」

と藩の将来まで心配し始めた。


「ユイ様、そんな相手絶対やめたほうがいいですよ。」

「大丈夫。あんたが望むなら、バカ殿が話を蒸し返す前に、あたしが良い相手見つけてあげる。先に既成事実でもなんでも作ればいいのよ。取りあえず、どんな奴が好み?」

「き既成事実って…七重それはないでしょう。あ、でもユイ様の理想の男は気になります。」

颯介さんと七重さんは、ああだこうだ言ったあと、ユイ様の好みの異性について質問した。私も思わず注目する。


「はっ?理想の相手?えーと、優しくて綺麗なこ?かな。」

「…あんたは、男子か?」

「優しくて綺麗…ユイ様、それなら僕もアリ…っつ痛ぁ…。七重、何で叩くんですか?」

やいのやいのともめる2人に、なだめる大野様。

いつになく平和な、甘い(?)話題が繰り広げられていく。


「早苗…私生まれて初めて乙女っぽい会話してるかも。」

ユイ様が私にぽつりとこぼす。

そうですね…お嬢様はあの日お堀の中に乙女らしさも一切合切全て投げ棄ててこられたようですからね

…私も何だかしみじみとその光景を眺めた。

 

 さて、お嬢様の「恋」は、一体どこに眠っているのでしょうね。

 もう既に手にしているかも、それとも未来に結ばれるかもしれないその「縁」が、どうか幸せなものでありますように、と願わずにはいられません。

 


 でも…今日の話で、数年前に出来事が思い出された。

 羊羹を口に運びながら、あの光景に心を寄せる。


―あの美しい夕焼けの日


「すみません、南紅家の方ですか?」

 お嬢様が、お城のお堀に転落され、漸く目を覚まし容態が落ち着いた頃の夕暮れ時。

 思い詰めた様子でその少年は話しかけてきた。

 地味だが、上質な着物を着ている。名のある家の子息だろうか。


「ええ、そうですが…」

返事をすると

「あの、ユイ様は目を覚まされたと聞きました。ご様子はいかがですか?」

と、緊張したような声で訊いてきた。

「はい、ご心配おかけしましたが、大分復調しております。食事などは、以前より沢山召し上がるくらいになっておりますよ。」

「そうか…良かった。」

少し目元が柔らかくなった。


「それで…あの、事故が起こった時のことを、あまり覚えておられない様子と伺ったのですが?」

「ええ…色々と未だ混乱されているご様子ですが、お堀に落ちる前後の記憶が全く無いらしく…。」

「そうですか…。」

「それにもう一つ…。」

「何かまだ?」

「どうしてか若様のことを、全く覚えておられないようで…それ以外は本当に元気なのですが。」

どうしてそんなことになったのかと首を傾げる。

 一方少年は目を見開き固まっていた。


 一拍後、少年は、はっとしたように

「そ、それは大変ですね。あの、俺、お見舞いを持ってきたんです。」

と言うと、懐紙に挟んだ曙色の組紐を取り出した。

「早く良くなって欲しいと、願いを込めました。お渡しいただければ。」

「これは、素敵な色合い、ありがとうございます。あの…せっかくですから会われて行きますか。」

少年は、眉を寄せる。

「いえ、俺にそんな資格はありません…。早く全快するよう祈っていると伝えてください。俺はこれで…。」


 夕陽を浴びた少年は、痛みをこらえるような目で、でも口元は必死に笑顔を作っている。

 そして、

「さようなら」

と告げると、名前を聞く暇もなく駆け出していってしまった。


 空とまちを染め上げる、鮮やかな赤。

 痛々しい笑顔。

 私は胸に強烈な印象を受けていた。


―そして翌日、「若様が江戸にお戻りになった。」と伝え聞いた。



「早苗、大丈夫?」

ついぼうっとしてしまい、ユイ様が気づかわし気に首を傾げた。

「いえ、やはり『獅子庵』の羊羹は絶品ですね!至福の心地で堪能しておりました。」

「でしょう。ああ、もう最高に幸せ。」

うっとり目を閉じるユイ様…。


…もう暫くは、色気より食い気ですかね。お嬢様。


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