小話 タチアオイの猫
今日ここに、新しい「陣」が誕生した。
陣の名前は「
陣の名前を花の名にするのは珍しいけれど、域内最年少の女性大将が率いる、華やかな陣。
と噂されてるみたいだから、似合ってはいるのかな。
晴れやかであり、決意を新たにした瞳の凛々しいユイ。
陽の光を受け、珊瑚色に輝く彼女の髪は、陣旗と同じやわらかな青色を銀糸で縁取った布で留められている。
「大将章は髪留めにしたのですね。髪色が映えてお似合いです。」
浅縹色の陣章を腕に巻いた颯介は、水色の目を細くして、ふわりとほほ笑む。
「ねぇねぇ。ユイ、これで本格的にもののふになったって感じだよね。この陣章をいつかは緋色や紫色にしてみたいね。」
七重は烏羽色の髪を両耳にかけると、陣章を鉢巻きのように頭にキュッと巻き付け、喜びを隠しきれない輝くばかりの表情で陣旗を眺める。
「うふふ、七重さん、大名になるおつもりですか。」
「先生、だって夢は、大きい方がいいでしょ。」
陣章を襷に結び付けた梅子は、教え子たちを温かく見つめる。
いつもは冷静な彼女も、喜びに頬を薄紅に染めている。
「はい、ミケさんも。お気に入りの鈴も一緒に付けましたからね。」
梅子はそういうと優しく僕の頭をなで、首が苦しくないか確認しながら丁寧に浅縹色の首輪をはめた。
そう。
僕は猫である。名前はミケ。
毛色と名前のせいで、僕を雌だと勘違いしている人も多いけれど、僕はれっきとした雄猫だ。
僕を拾って育ててくれた愛しのユミは、もうこの世にはいない。
でも、
「ユイをお願いね。」
なんて、言葉を最後にかけていっちゃうからさ。
頼まれた僕は、命ある限り彼女の娘のユイを見守ろうと決めた。
だから、長生きしなきゃってずっと思っていたんだけど、長生きどころか、そのまま妖怪猫又になったらしい。
まあ、これはこれでユミのひ孫の代までも見守っていけるぞと、のんびり喜んでいたのだけれど…
想定外。ユイがあまりに元気すぎて気が休まる暇がないんだこれが…
そして今回は完全に巻き込まれた。
―数日前
『にゃんでぇ!!』
僕の悲鳴が部屋いっぱいに響く。
颯介が本当に申し訳なさそうに告げてくる。
『ミケさん。本当に申し訳ありません。他に当てがなかったものですから。後で高級鰹節奢りますから。どうかお願いします。』
『だってさぁ…颯介、いくらなんでも僕がもののふ…5人目、いや5匹目?ってないよね。聞いていないし、嘘だといってよ。何度も言うけど、闘うとか無理だからね。怖いからね。』
僕は昼間だというのに、瞳孔が開ききってしまうほど驚いて、颯介に訴える。
颯介は眉を顰めると、隣でニコニコしているユイに
「ユイ様、ミケさん本当に嫌がってますよ。ぷるぷる震えてますよ。だから事前に相談をって申し上げたのに…。」
と伝えてくれた。一方ユイは
「ミーケー、お願い。心配ないない、大丈夫だって。ちゃんと代わりの人は探し続けるからさ。ちょっとの間、いてくれるだけでいいからね~。」
と軽く言うと、グシャグシャっと僕の頭をなでてきた。
『無理、無理だよぅ~。』
(ユイにはニャーニャーとしか聞こえていないだろう。)
困り顔の颯介は、毛並みを整えるようにやさしく僕をなでながら
『ミケさん、でも私たちには貴方が必要なんです。ユイ様のためにどうかお願いします…ミケさんのことも必ず私が守りますから、ね。』
乙女なら真っ赤になる、声色で口説いてきた。
『うわーーん。颯介~。本当だよね、信じてるよ、絶対見捨てないでよ~。』
もののふには誰でもなれる。
でも、国に認められた「位」《くらい》を得るには、もののふの組合組織である、もののふ番所に登録が必要で、且つ登録は5人以上で「陣」を組んでないと認められない。
これまで何にも属さずに、妖を倒してきたユイだけど、思う所があって、正式に「陣」を構えることにしたらしい。
陣を持ち、位が与えられると、色んな特権がある。
全国各地の情報が手に入るし、より高度な依頼を受けられたり、関所も陣章だけで通れたりするらしい。
旅をする時には、各地の番所に併設された宿泊所を無料で使えたりもする。
そして、本当に強くなって上位になると、大名格や旗本格すらもらえるっていうからすごい。
ユイは、10歳のあの日から、ある思いを懐いて頑張ってきて、その思いを遂げるためには、やはり「位」が必要と思い至ったみたい。
でも、元々4人で活動してきた彼らの5人目はなかなか決まらなかった。
見かけだけなら、それなりに身分もある綺麗どころが4人も揃ってるんだもの。
取り入ろうとしたり、邪な下心を持った不埒な輩だったり、女だからと馬鹿にしたり、そもそも能力が見合わなかったりと…ぴったりな人材が見つからない。
そうすると名前だけでもいいから誰か…となるけれど、やっぱりある程度の武力や霊力がないと番所も受け付けてくれなかったんだって。
そしたら、まさかの僕への指名が入った。
(というか勝手に登録されていた。)
共に戦う妖は「一人」に加算される例外規定があるからだ。
なんてこった…
普通もののふに混ざってる妖って、天狗系とか鬼系とか、雪女系とか、いかにも戦えそうな奴ばっかりなのに…
僕は気配を消すことしか能のない、ただの猫なんだけどなぁ。
にゃはぁ、胃が痛いよ…
まあ、とにもかくにも、ユイ達の実績故か、登録は成ってしまい…
僕らの陣は、今日から始まる。
七重じゃないけど、僕もこの首輪の色が変わっていくのは見てみたい。
ユイ、これまで半端じゃなく頑張ってきたからね。
10歳の頃から
毎朝早起きして山の方まで走って、体力をつけてきた。
会津の赤鬼(ユミの旦那さん)仕込みの、えげつない筋力鍛錬で、膂力をあげてきた。
梅子との修行の日々で、薙刀術と知力も必死に磨いてきた。
南紅邸の蔵は、物置から、みんなの駆け込み寺へ、そして遂に、旗を掲げるもものふの陣となった。
陣旗は色を変えるだろうか、
位を上げるということは、戦い続けるということで、そこには、危険があって、壁があって、辛いこともあるだろう。
僕の力は僅かばかりで、祈ることくらいしかできない。
だから、全力で祈るよ。
ぼくらの明日がいいものになることを。
大きな望みが叶うことを。
今日ここに、もののふの陣「
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