第2章 出会い 「七重」 


  

 盆地を囲む山々が錦を纏い、里は実りの季節。

 空気もほんのり稲穂の香りがする。


 幼い頃からの遊び仲間を連れ立って、川に魚を捕りにきたものの、今日の釣果は今一つ…

「なんであっちばっかり釣れるの?!」

 川の向こう岸で次々と魚を釣り上げている、赤髪の娘をにらみつけながら、私は悪態をついていた。


 こっちの竿は、赤とんぼがのんびり止まりに来るばかりで一向に釣れる気配は無い。

七重ななえちゃん、おら達も向こう岸へ渡って一緒に釣ろうか?」

 仲間が提案するが私は首を横に振った。


 私は川本七重かわもとななえ

 小さいころから兄の後ろを追いかけ、家族からお前ほどのお転婆はいない。と言われ、それを誇りにさえ思っていたのだが、近ごろ藩内に私を超える強者が現れたらしい。


 先日のこと

「いやぁ、俺も七重が最強だと思っていたけど、上には上がいるね。ほら、昔俺がお堀で助けた南紅家のユイちゃん。彼女最近すごいんだよ。」

 兄が興奮気味に話してきた。

 なんでも、南紅家の姫様がもののふのまねごとをしているんだとか。

にいさま、そんなの私だってよくやってますよ。」

「七重、甘いなぁ。それはごっこ遊びだよね。ユイちゃん達はさ、実際に妖を倒しちゃってるんだよ。それも、日新館にっしんかんの生徒も手こずる位のをね。妖ばかりか、そこら辺の人間の悪党もひっ捕まえることもあるらしいよ。さすが、会津の赤鬼の娘。末恐ろしいとはこのことだよね。」

 兄がやたらと感心する素振りを見て、ムクムクと対抗心が沸いた。


 私は、幼いころから男勝りといわれてきた。

 女子の遊びには目もくれず、男友達と野山を駆け巡った。

 さらに我が川本家は、銃器の扱いに長けていて、父も藩の砲術指南役、兄も藩校日新館で砲術と蘭学の教鞭をとっている。

 なので、私も小さい頃より銃を扱い、射撃の腕を磨き上げてきた。

 「女のくせに鉄砲なんて。」

 と馬鹿にする同世代の男どもに、勉強だって、武術だって負けられない。

 今に見ていろと、今日まで頑張ってきたものの…

 ユイ様の噂を聞くと、何かと自分より先を行っているようで、それが何とも悔しく、最近はこちらで勝手に対抗心を燃やしていたところだったのだ。


 そして、今日友人たちと川に釣りにくると、対岸の川下に噂の3人組が見えた。

 すらりとした長身の涼しげな美女(あれが才媛と名高い梅子さんか)と、銀髪の線の細い綺麗な顔の少年(白川家の次男だったか?)、とても元気が良さそうな赤髪の少女(あ、ユイ様だ)。

 遠目にみても派手な組み合わせが釣りを楽しんでいた。

 彼らよりは釣ってやる、と意気込むが、一向にあたりはこず、向こう岸ばかりが釣れた釣れたと騒がしい。

 釣りですら負けているなんて!少しイライラしてきて


「ええい、こうなったら中洲まで行ってやる。」

「危ないよ。」

 と止める友人たちをしり目に、私は着物の裾をまくると、ざぶざぶ水の中に入っていった。

 このあたりは流れも穏やかなので、ちょっと先の中洲までなんて楽勝だと思った。


 ところが、水の中の石には苔が生えているものもあって意外に歩きづらい。

 そして、ついにぬるりと滑った。

 体勢を立て直そうとするが、流れで思うようにいかず、あっという間に

ザブーン

と川の中で転んでしまった。

 たいした深さではない、と思っていたのに川の流れに押されて上手くいかない。

ずるずると流され次第に川底が深くなる。


 ―何だか引きずられる!

 ドプンッ

 一瞬頭の先まで水につかった。

「げほっ。」

 水を飲んでしまった。

 着物が異常に重たく、体が思うように動かせない。

 友人達の慌てた声が少しずつ遠ざかっていく、


 ―流される!

 手足をバタつかせるが、全く思うようにいかず、また水を飲んでしまった。

 ずるずると川の流れに持っていかれる。

 はじめ浅かったはずの川底がどんどん深くなる。

「ごほっごほっ、くそっ。」

 体は重く全く思うようにならない。

 必死に顔を上げて息をしようとするが口内に水が入り込む。

 川の流れはより強く私を引き込みつづける

「ごぼっ。」

 再び体のすべてが水中に沈んだ。

 水を飲みすぎた。下へ下へと引っ張られる…意識が遠くなる。


 その時、上の方からギュッと誰かが手をつかんだ。

 そして、ぐいと引き寄せられた感触がしたが、確認できないまま意識が飛んだ。



 あ、温かい。

 唇が温かい。気持ちいい。

 ああ、生き返る。


 薄っすら目を開けると、ごく近くに濃紺の瞳があった。

「うわぁぁあああ。あ、あんた、せ、せせせ接吻?!ごほっごほごほ。」

 思わず突き飛ばし距離を取る。

 そしてユイ様の姿を見てさらに気が動転した。なぜなら

「ななな裸ぁ?!」

 彼女は腰巻一枚というあられもない姿だった。

 しかもその腰巻もすっかり水に濡れてて…

「うぁぁぁぁぁ!」

 何なんだこの状況。

 なんで裸同然の女に口づけなんかされているんだ?

「良かった。大丈夫みたいだね。」

 ユイ様はほっと息をつく。


 ちょうどその時、少し離れた場所から、大声で叫ぶ声がした。

 見ると、銀髪の少年が喚きながら思いっきり駆けてくる。

 後ろからは梅子さんが何かを引きずりながらやってきていた。

 それを見てユイ様は

「先生、颯介おつかれさま。」

 笑顔で声をかける。

「何が『おつかれ』ですか。あー、もう。は、早く羽織ってください。」

 普段は真っ白な顔を、これ以上ないくらい真っ赤に染めた銀髪の少年は、駆け付けるなり彼女の肩に着物をかけた。

 何事も無いように、ユイ様は着物を着こんでいく。

「もっと急いでやってくださいよ。川向うの悪ガキたちが鼻血吹いて倒れてますからね。もう少し慎みってものがあってもいいじゃありませんか。」

 まだ、赤みの引かない顔で頭を抱えながら彼は小言を告げる。

 対するユイ様は、

「仕方ないじゃない、服着て水に入るとすっごく重くなって危険なんだから。この娘助けるのに、私もおぼれて2次災害になったら大変だよ。」

 と返した。


 あ、そうか。私は溺れてユイ様に助けられたのか。

 と少しずつ状況を把握していったものの、川に流されたこともさることながら、接吻と裸にもとてつもない衝撃を受けた私は混乱が続いていた。

それで

「ちょっとあんた、一体何してるの?」

 感謝より先に、攻めるような言葉が口をついた。それに対し、

「何って、着替え?」

 と間に抜けな回答が返ってきたものだから、つい

「ちがうって、私にだよ。」

 とさらに怒り口調で言ってしまった。

「人命救助…のつもりだったけど。」

 キョトンとした様子でユイ様は答えるので

「接吻が?」

 といよいよ怒鳴るような調子で叫んでしまった。

「せ、接吻!」

 これには銀髪が力いっぱい反応した。

「接吻?誰が?ユイ様がですか、そこの女とですか?え、なんで。接吻って…。」

 とユイ様に掴みかからんばかりの勢いで迫る。

 周囲の温度がぐっと下がった気がした。

「いやいや、ちょっと待って、颯介、落ち着こう。うーんと。溺れると体の中の気が少なくなるから、息で分けていた。って感じ?」

 ユイ様の説明に、追いついてきた梅子さんも付け足す。

「ああ颯介さん。蘇生法でそういうのあるらしいですわよ。水難で特に効果的だとか。ほら、泣かない赤子に産婆さんがするあれに近いものではないかしら。」

「そういうことだよ颯介。もし溺れたのが颯介だったとしても、私は同じことをしようと思っていたから。気にしないでよ」

「あっ、えっ。そうなんですか。えっ、だったら僕…」

 銀髪の一度落ち着いた顔は、再び朱に染まっていった。

 あいつ、色々想像したな。


「ああそうだ、予備の着替えもあるから。どうぞ。」

 てきぱきと着替えを終えたユイ様は私に着物を差し出した。

 改めて私の顔を確認したのか、

「あら、貴女。川本家のお嬢さんですわね。七重さん…だったかしら。ユイ様の言う通り風邪ひく前に着替えた方がよろしくてよ。あちらの陰で着替えてらっしゃいな。」

 と梅子さんも声をかけてくる。

 そうだ、気を取り直してと。

「あの。ユイ様ごめんなさい。色々あってちょっとびっくりしてしまって、失礼なことを…私、川本七重といいます。先ほどは危ない所をありがとうございます。」

 今度はしっかりと礼を伝えることができた。

 するとユイ様は、

「ううん。気にしないで、ついでみたいなものだったし、結果的にあなたには囮になってもらってしまったからね。」

 と言って、梅子さんの後ろに視線を向けた。


「それは…。」

 先ほどから梅子さんが引きずっていたのは、どうやら2尺程の生き物だ。

 全体的に茶みかかった緑色をしていて、手足には濃草色の鱗がはりついている。

 よく見ると、鱗は所々欠けていて、頭にのせた皿には小さなヒビが見て取れた。

 皿の下から覗く、黄みがかった三白眼でこちらをギギッと睨みつけている。

「何?あやかし?」

 と尋ねてみると、漸く気を取り直したらしい銀髪は

「水虎ですよ。」

 と答える。

 これが水虎か。河童より少し凶暴な水妖と聞いたことがある。

「実は我々は、今日はこれを狙ってたんです。」

「釣りを楽しんでたわけじゃなかったの?」

 銀髪が続けて説明した。

「ええ。もののふ番所に掲示されてた依頼でして。今日『湯川の水虎捕獲』というのがあったのです。現在、陣持ちのもののふを目指してる所でしたので、修行にもなるだろうということで。張っていたのですよ。ちょっと計算違いがあり、ごたつきましたが…」

 そして、ちらりとユイ様を見る

「結果オーライだよ颯介。むしろ、颯介と梅子先生が初手から戦闘に入れたから効率よかったんじゃない?」

「それはそうですが…。」

 銀髪は少し不満そうだ。


「あのね、この水虎、ここの所やらかしていて、子どもが二人犠牲になってる。川の中に引きずり込んで生き血を吸ったんだって。それでね、襲われた二人とも川遊び中の綺麗な男の子、美少年だったっていうから、最初は颯介を囮にしておびき寄せて捕まえようと思ってたの。」

 ユイ様の説明に続いて銀髪はため息なじりに

「ところが、気がついたら貴方が襲われていたというわけです。」

 と告げた。

「あたしが?」

 驚いて思わず声をあげると、梅子さんが

「七重さん、足首見てごらんなさいな。」

 と足元を指さした。

 えっと思って、足元を見ると…なんと赤い手形がくっきりとついていた。

「げっ。」

 思わず声が漏れる。


ユイ様が申し訳なさそうに

「男の子でなくてもいいなら、私が最初から餌になったのに。七重ちゃん巻き込んでごめんね。番所の案内にも『美少年好きと思われる』って書いてあったから、七重ちゃん達は大丈夫だろうと勝手に思っちゃって。」

 そういって、手を合わせる。

 その様子を見て

「―はぁ。……ないわぁ。」

 と私が呟くと

「ホントごめんね、怖かったよね。」

 さらに謝ってくるユイ様。慌てて私は

「いや、ちがうの。そうじゃなくて、敵わないなって思って。」

 と返した。


 もののふ番所の依頼は、駆け出しのもののふや、陣に属しないもののふ、賞金稼ぎが手を出す、本気の案件だ。

 さらに、水虎を殺さずの捕獲となれば、難易度は低くはないだろう。素直にすごいとしか言いようがない。

 それと…救助のためとはいえ普通、年頃の娘が、人前で肌を晒すだろうか?

 ためらいなく唇を合わせるだろうか?

 滅茶苦茶すぎて並の娘じゃない。

 勝手に似た者同士と思っていたけれど全然違う。

 この娘は本物かもしれない。

 そして…私の夢はこの娘の傍で叶えてもいいんじゃないかって思える。


―決めた。


「ユイ様。、あの、お願いがあるんですけど。」

「え?何?」

 目をぱちくりするユイ様に、居住まいを正してから告げる。

「私も仲間にいれてください。」

 と。

「それはー、釣りのことかな。うん。ここ結構釣れるから、みんな連れておいでよ。」

 彼女は笑顔で、即答したけど、違う。

「釣りじゃなくて、ほら『もののふ』の方。それに私も混ぜてほしいっていうこと。」

 すると、彼女は一瞬口をぽかんと開き、その後に恐る恐る告げてきた

「あの…ありがたい申し出だけれどよく考えて。もののふって結構危ないよ。実際に戦うんだよ。妖って、見た目にも怖いし、戦えば普通に怪我とかするし、怪我したら痛いし、下手したら命を落とすし、女の子にはちょっとお勧めできないよ。」

 いや、あんた達だってそうだよね。

 つい、ユイさんと梅子さんを交互に見てしまう。

 銀髪だって一見女子のような華奢な姿形だ。

 その視線に気づいたのか

「いやいや、梅子先生は規格外だよ。めっちゃ強いから、一騎当千。弁慶並みだよ。私達は女子枠じゃないから。」

 梅子さんの口元が少しひきつったような気がした。


 気づかなかったふりをして私は続けた

「私は酔狂で言ってないよ。小さいころからずっと憧れてた。私じゃいくら頑張っても侍にはなれない。だから、もののふなの。」

 その叫びにユイ様は少しはっとしたようだ。

「私、銃扱えるよ。父や兄に習っていて、射撃の腕は兄さんが太鼓判押してる位になってる。それに、治癒術も習施せるから役に立つよ、きっと。ねぇ、陣持ちになりたいなら、人数必要でしょう。」

 そう、本当に単なる思い付きでなく、幼いころから本当は兄のように武芸を極めて藩のために働きたかった。

 銃を扱うのも大好きで、銃術士になるのはきっと天職と思っていた。

 大きくなるにつれ、女子では藩に勤めることは叶わないと知った。

 思い描く未来は銃を自在に操り、仲間たちとともに妖に立ち向かう姿だったのに。 

 そして、残された道はもののふになること。

 いつかはって思っていたけれど、その「いつか」が今だと自分の心が勧めている。


「…遠隔攻撃ができる回復役かぁ…ちょっといいかも…。」

 よっし、ユイ様も食いついてきている。

「今日は情けない所しか見せられなかったけど、射撃は本当に自信があるから。そうだ、腕前を披露したいから、今度うちに来てくださいよ。」

 必死に自分を売り込む。

「うーん、どうしよ。面子的に次は攻撃力押しみたいな人材がいいかとも思ってたけれど、先生、どう思う?」

 ユイ様は、腕を組みながら、右側の梅子さんを見上げた。

「私は検討してもよろしいかと思いますわ。颯介さんも私も回復術は得てではありませんし…遠隔の物理攻撃ができると、その分颯介さんを温存できますからね。何より、川本家のお嬢さんでしたら、出自が間違いないという所が良いですわ。」

「颯介は?」

 と、今度は左を見上げて問う。銀髪も

「はい。陣持ちになる為に人を探しているのは確かですし、僕も実力があったとしても怪しい人は、ユイ様には近づけたくありません。七重さんの実力に問題がなければ、歓迎したいです。」

 とのこと。


やった!



∗∗∗


 翌日

 我が家の射撃場(家にこんなもの作っているのはうちだけに違いない。)にユイ様一行がやって来た。

 慣れ親しんだこの場所で、満を持して腕を披露する。


 銃を構え、撃鉄をおこす。

 的を狙って、引き金を引く。

「バンッツ」

 破裂音と一緒に的の中心に穴が開いた。

「バンッツ」

「バンッツ」

「バンッツ」

 続けて3つの的の中央にも穴が開く。

 ユイ様の上気した表情が見えた。



「期待し過ぎだったらどうしようって。実は思っていたんだけど、全く心配なかったね。」

「ええ。見事な腕前ですわ。藩校の生徒でもああはいかないでしょう。私も感嘆いたしました。」

 先ほどの射撃について称えられ、家の縁側に腰かけお茶を飲みながら、私は柄にもなく照れていた。

 考えてみると、家族以外に射撃の腕を褒められた事は一度もない。

 くすぐったい気持ちになっているところへ


「ああ、ユイちゃんいらっしゃい。また一層逞しく、可愛くなったね。」

 と、一時的に京から戻ってきた兄がやって来た。

「拓馬さん、お久しぶりです。毎回お上手ですね。それにしても体調大丈夫ですか?」

 気遣わしげにユイ様が尋ねる。

 兄は目尻を擦りながらのんびりした調子で

「うん。ちょっと目がね。霞んだりして少し見えづらいだけだから。京で張り切りすぎたかなぁ。」

 と答えた。

「拓馬さん。西洋式の練兵が効果を発揮したんでしょう。父も感心していました。」

ユイ様が称えると、兄は

「義勝様に褒めてもらえるなんて光栄だね。」

 と微笑んだ。

「拓馬様、お疲れさまでした。それにしても長州には困ったものですわ。昨年は明らかに幕府を害そうとして、組した公卿たちと一緒に都落ちしたというのに、まだ許されてもいない時期に再び入京してくるなんてもってのほかですわ。」

 梅子さんが眉を寄せて言った。

 先ごろ、京では戦があった。

 長州軍が攘夷などを求めて上京しようとしたのだ。

 会津藩、薩摩藩、桑名藩などがそれを阻むために戦闘になったという。

「まあ、長州も一刻も早く汚名をすすぎたくて焦ってたろうからね。うちの浪士隊との一件も拍車をかけたようだし…あれは戦になるしかなかったなぁ。」

 兄は少し無念の表情を浮かべた。

 常々「国内で争っている場合ではない」と言っていたから、兄は本当であれば戦いたくはなかったのだろう。

「これで、しばらくは京も落ち着くのでしょうか?」

 思案顔で颯介が訊ねる。兄は、

「うーん、どうだろう。長州はとりあえず恭順の意向のようだけど、京は依然荒れてるよ。妖の出現も激しいし、浪士隊も結構暴れてるしね。」

 と少し渋い表情になった。

「はぁ。やっぱりそうなるかぁ。私もゆっくりはしてられないな。」

 それを聞いたユイ様は、珍しく表情を曇らせて何やらつぶやいていた。


 梅子さんが、ハタと気が付いたように兄に問う

「ところで、拓馬様、私たちは本日妹さんをもののふの仲間としてお誘いする為に伺ったのですけれど…川本家としてはその…問題はないのでしょうか?」

 確かにもっともな問いだ。武家の娘がもののふをするのは決して一般的ではない。ユイ様と梅子さんが希有なのだ。

「七重がそれを望むにならば、問題は何もないと思っているよ。父上も俺もね」

「そうなのですか。」

 あまりにあっさりしたものなので、梅子さんも驚いている。

「梅子さんも考えたことあるかもしれないけど、女の人が文武の才能を生かせるのって、今はもののふしかないんだよね。俺は女子だって、藩校行って、藩士になれるようになるのが一番って思ってるんだけどね。」

「拓馬さん、革新的ですね。」

 ユイ様が目を見張る。

「これからは外国と渡り合わなくちゃならないからね、国力上げないと追いつかないでしょ。国の人間の半分は女性なんだもの。勿体ないって思うんだよ。」

 梅子さんもうんうん頷きながら聞いている。兄は、

「ユイちゃんや七重、梅子さんもかな。三人はさ、たまたま学ぶ環境があったから、今があるよね。それって国中には眠っている才能がまだまだあるってことだと思うんだよ。実は俺、いつか、女子も学べる学校をつくるのが夢なんだ。」

 と続けた。

「まぁ、そんな場所があったら素敵ですわね。」

 梅子さんは感じ入ったように微笑んだ。

「でしょ。まぁそんな訳で、うちは女だろうが男だろうが、夢があって進むものは応援する。ね、七重。」

 兄はにっこりとして言った。


∗∗∗


 私はユイの「もののふ」に加わることになった。(「様」づけはやめてくれというので、呼び捨てになってしまった。)

 やはり気質は似ていのだろうか。

 私と彼女はすぐに打ち解け、良き仕事仲間、良き友人となった。


 そして、ユイのもののふ隊は予想以上に忙しかった。


「ユイ様、本日は吾妻屋さんから裏庭の黒い影の確認と、門田村の五平さんからの川辺にでる河童と思しき水妖の調伏の2件の依頼が来ておりますわ。」

 梅子さんが依頼を確認する。

「それだと、祓いの仕事になりますかね。どちらも僕の担当ですか。他にどなたか一人ついてくだされば。」

 内容を聞いて颯介がつぶやき、ちらりとユイの方を見る。

「うん。颯介メインになりそうだけど、影も水妖もまだ正体が分からないから、全員で行こう。厄介なのだと困るしね。」

 ユイが対応を決めていく。


 私たちの所には、毎日のように依頼が舞い込んでくる。

 それは妖案件そのものが増えているということもあるけれど、請負に代金を貰っていないからということが一番だろう。

 それには最初本当に驚いた…

「私たち生活には困っていないし。差し入れでおやつや野菜、美味しいもの貰えるだけで十分。お金が必要なら、もののけ番所にでてる懸賞金付きのを狙えばいいし。修行になるし問題ないよね。」

 と欲がない。

 そして、他の2人もそれに異存は全くないようだ。

 梅子さんは

「そもそも、私はユイ様の教師役としてお手当をいただいていますから、これも仕事のうちですわ。」

 と嬉々としてやっているし。

 颯介に至っては、ユイと一緒にいれればそれだけで、もう満足そうだ。

 そして私も…颯介のことを言ってはいられないな。

 緩やかで、隊則も無い私たちの隊は、毎日来る義務も何もないのだが、結局毎日足を向けてしまっている。

 

∗∗∗


―ある日


 縁側に腰掛け、庭を見つめる兄に声をかけた。

「兄さま、瞑想中ですか?それとも呆けているだけですか?」

「酷いな、そんなにぼんやりしてるように見えたかい?」

「心ここに在らずって感じでしたよ。」

「紅葉を愛でてただけだよ。」

 確かに、我が家にしてはやたら風流な紅葉が植っている。

 小ぶりの品の良い形の葉が赤く染め上げられ、いつもは簡素な庭を華やかに彩っている。


「あの…いまお話ししても大丈夫ですか?」

「うん、ここに座りな。…今日お医者様に見てもらったんだって?」

「はい。」


「どうだったの?」

「今度は…間違いないそうです。」

「良かったね…父上に相談すれば、今からでもお前の夢叶うかもよ。って、あんまり嬉しそうじゃないね。」


「正直迷ってしまって。」

「兄さま…はっきりとした以上、もののふのままでありたいと願うのは我儘だと思います?」

「俺は、七重が七重らしくいれればそれでいいと思うよ。」

 誰よりも憧れる兄からの優しくも強い励ましの言葉。

「ありがとう。」

 潤んでしまった瞳と声で答えると、どこまでも温かい微笑みが返ってきた。


そして、

「ねぇ、今回改めて確認しようと思ったのって、やっぱりユイちゃんが原因?」

 と今度は少し意地の悪い笑みを浮かべた。

「まあ、無関係ではないですかねぇ。」

 私は曖昧な笑みで返す。


 そう、彼女の唇が私に触れていたあの時。

 その後、彼女の水に揺れた美しい半裸姿の夢を頻繁にみるようになっていたのは確かだ。

「まぁ、なんにせよ俺はお前の見方だから。人生の先輩としてなんにでも相談にのるからね。」

 そういって、幼い時分の様に少し乱暴に私の頭をクシャっとなでた。 

「ええ、頼りにしてますよ兄さま。よっし、じゃあ今日も元気にもののふやってきます。」

 うっかり涙を見せる前に、明るい声を出して立ちあがった。


「あ、兄さま、そういえばユイが目のことをやたら心配してましたよ。義勝様に紹介状でもなんでも書かせるから、江戸や京のいい医者に見てもらえって。」

「そうなのかい。うん。大丈夫だからユイちゃんによろしく言っておいて。いってらしゃい七重。」

「はい!行ってまいります。」


 紅葉がまたひとひらゆっくりと宙を舞いながら着地し、庭一面が錦のように鮮やかに染まっていく。



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