小話  救世主である貴女へ

  今日も弟は、風呂敷に勉強道具を包んで嬉しそうに出かけていく。

  あの子のあんな幸せそうな姿が見られるなんて…私の胸も温かいもので一杯になる。


 弟が生まれたとき、私は神様に感謝した。

 こんなに可愛くて素敵な贈り物をありがとうと。


 早くに母を亡くしていた私は、祖父や父にそれは厳しく育てられていた。

 武士の子が甘えを言うことなど許されず、気づかれないように陰で涙を流した日は数えきれない。


 8つ時に義母ははが嫁いできた。

 ほっそりとした色白の綺麗な女の人で、はじめは、気後れしてすぐには馴染めなかった。

 義母の方も、いきなりできた息子に戸惑っていたようで、中々距離は縮まらなかった。

 けれど、義母のおなかが大きくなり始めたのを不思議顔で見つめていたのをきっかけに、私たちは少しずつ話をするようになった。


「ここに、私の弟か妹がいるの?」

「そうね、早く会いたいなぁって言っているわよ。」

「えっ、本当に?」

「ええ、ほらさわってみて。」

「わっ、むにって動いた!」

「ふふっ、よろしくって言っているのよ。」

「えへへ。私こそよろしくね。」


 父たちは本当に厳しく、私も義母も互いに寂しかったんだと思う。

 私たちは、はよく2人で話すようになった。

 その日楽しかったこと、悲しかったこと、新しく覚えたこと。

 義母はいつも楽しそうに聞いてくれた。


 逆に義母も、子供の頃の話、書を読むのが好きな事、寒いのが苦手なこと、など色々話してくれた。

 思い返せば、当時義母は18歳。

 40を越えた父よりもずっと、私たちは年が近かったんだ。

 親子というより少し年の離れた姉弟のような関係だったのかもしれない。

 誰よりも慕わしく思う相手になった。


 日々大きくなっていくお腹に、私は優しく話しかけていた。

 産まれる日を本当に心待ちにしながら。


 その日、私は朝から気が気ではなくて、ずっとあたりをうろうろしていた。

 大分刻が経って、元気な男子が生まれたと聞いたときは、心底ほっとした。


 会いに行く許可が下りて部屋に入ってみると、義母は部屋の隅で目を真っ赤にしていた。

 私が赤ん坊に会いたいというと、とてもためらいがちに腕の中を見せてくれた。


 そこには、透明な白い肌に、とても淡い色の髪がふわふわしていた赤ん坊がいた。 

 水色の小さな瞳をぱちくりさせている姿は何とも愛らしく、私は自然と笑顔になった。


「ようやく会えたね、私がお兄ちゃんだよ。君、すごく綺麗な目。こんなかわいい弟ができた私は幸せだな。これからずっとよろしくね。」

 声をかけながら、やさしくそのふわふわの髪をなでた。


 その時、弟を抱いていた義母の腕が震え始めた。

 驚いてみると、義母は泣いていた。

「ありがとう…。ありがとう…」

 そう呟きながら。


 弟は「颯介」と名付けられた。

 あんなに可愛いのに、そのちょっと変わった外見のため、父たちは颯介を疎んじていた。

 成長するにつれ、弟の霊力が中々に高いらしいことが分かり始めると、さらに気味が悪がった。

 霊力が高いということは、上級な術式も扱えるようなる為、歓迎されることもある反面、様々な気に当てられ易く繊細であるため、妖に近しく、忌むものと考えることもある。そして、我が家は後者だった。


 触れ合うことを禁じられた私は、父らの目を盗み、こっそり颯介と遊んだ。

 彼は物覚えもよく、利発であるのに父たちは全くそれを認めようとはしなかった。


 数年がたち、私は藩校に通うようになった。

 父や祖父に私の話を聞き入れてもらうには、私自身が認められる人間にならなくてはいけない。

 そう思って、文武ともにがむしゃらに取り組んだ。多事多端だったが、認められるのに必死だった。


 そうして、颯介と関わる時間はさらに少なくなってしまっていたある日、石を投げつけられ、血を流す颯介を見て、彼が外ではいじめにあっていることを知った。

 父に訴えたが、「身の程をわきまえずで外に出るから悪い」といった言い草。


 私は、弟に関しては父を諦めた。

 颯介に力をつけるのも、居場所を確かめてもらうのも私の仕事だと決めた。

 藩校に入る前の子らが、学びあう什の仲間にも入っていない彼に、時間を見つけては勉強を教え、書を渡した。

 颯介は熱心に学び、成長していく。程々に充実した日々だった。


 そんなある日、事件は起こった。


 颯介が徒党を組んだ少年らに暴行されている最中、雷獣が現れたのだ。


 異変に気付いて飛び出したが間に合わず、少年たちは次々と倒れた。

 なんとか場を収めようと動いたのだが、実力が全く足りず私は自分の腕を失ってしまった。


 父たちは烈火のごとくに怒った。

 その怒りがふがいない私に向けばよかったのだが、無情にも颯介や義母に向かってしまった。

 離縁だなんだと騒ぎ立て、これまで以上に心無い言葉を浴びせ、時には暴力を振るう父。

そのうち義母は病に倒れ、元から細い体をますます細らせ、そのまま黄泉の国へと旅立った。


 今わの際、義母は

「ありがとうね。いままでありがとう。」

 とガリガリになった力ない手で、私の手をとり。

「どうか、颯介をこれからも守ってあげて。」

 と告げたのだった。


 私の方こそ、うんと感謝を伝えたかったのに…

 彼女はそれを聞いてくれないまま逝ってしまった。


 その後、颯介は、さらに過酷な状況に追い込まれていく。

 しばらくは、年端も行かない子へ向けるとは思えない、言葉と力の暴力が続いた。 

 私も、できうる限り颯介を守ろうとしたが、若輩の私では何をするにも力が足りず守りきることができなかった。

 颯介は長く屋敷の奥に閉じ込められた。


 そして、数年が過ぎたころには、誰もが弟の存在を忘れたように振舞っていた。

 さらに、颯介自身も外に出たがらなくなってしまったのだ。


 最低限の食事をとり、ひっそり過ごす颯介。

 その瞳は暗く陰り、感情も読み取れないほどだった。

 それでも書だけは辛うじて読んでくれるので、私は必死に彼の世界を広げてくれるような書を借り集めて渡し続けた。


 普通の子弟であれば、藩校に通う年になっても、閉じこもったまま。

 これは、彼女が望んだ姿ではないはずだ。

 どうにかしなければと気ばかり焦り、私自身の心も擦り切れそうだったある日、

 

-奇跡が起こった。


 その日、帰宅すると弟がいなくなっていた。

 外は夕暮れ、万が一を考え胸がつうっと冷たくなる。

 必死になった周囲を探した。


 あたりが真っ暗になったころ、なんと颯介は自分で帰ってきた。

 大変な目にあったであろう内容を話すのだが、なぜか弟の目は驚くほど生気を取り戻していた。


 翌日、

「あの娘にお礼が言いたい。」

 久しぶりに弟が意思表示する声を聞いた。 

 その娘は、恐れ多くも南紅なんごう家の姫様のようだったが、颯介の為にもここは行くしかない。

 無論、父には内緒で、腹をくくって、ありったけの勇気を振り絞り、南紅家の高い高い敷居をまたいだ。


 そこでは、颯介のすべてが生き返る様を見た。


 南紅なんごう家のユイ様はうわさ通りとても闊達な方で、元気に笑うとても魅力的な娘だった。

 そして、世間からは奇異な目で見られがちな颯介ともごく自然に接してくれた。


 数年間死んでいた弟のすべてが息を吹きかえし、彼自身も輝いて見えた。


 決してこの機を逃してはならない。

 私は南紅なんごう家から帰るや否や、藩校での恩師でもある川本拓馬かわもとたくま先生の下へ急いだ。

 藩校で必死に頑張ったお陰で、私はかなり先生と親しくしており、

「困ったことがあればいつでも相談にのるぞ。」

 と声をかけてもらえる仲だった。

 先生は南紅なんごう家を縁のある方だ。

 心苦しかったが、私はその助けを必要としていた。


 先生の尽力と、南紅なんごう家の寛大さ故か、弟は破格の待遇でかの家へ通えることとなった。

 大野家の才女である、梅子さんの講義をユイ様と一緒に受け、藩内随一ともいわれるサキ様の霊力指南を受けられるなんて、実際、藩校を凌ぐ程の英才教育だ。


 何より、颯介は自分を救ってくれたユイ様を殊の外好いているらしい。

 とにかく日々、本当に幸せそうなのだ。


 ああ、義母さん。颯介は今、いっぱい笑ってるよ。


 ユイ様、貴女は暴漢から颯介を救っただけじゃない。

 孤独と絶望の淵からあの子の心を掬い上げたんだ。


 そして、実は同時に私の心も救われている。

 私たちの救世主である貴女へ、言葉では伝えきれないほどの感謝を。











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