第1章 -2- その時歴史は動きだす



 数日後、おばあ様から漸く外へ出るお許しが出た後、俺は胸を弾ませて表へ繰り出した。

 久々の外、勇生ゆいの記憶をもって眺めると、見慣れたはずの近所の景色もやたら新鮮に映る。


 南紅なんごう家は家老職というだけあって、城郭内のお城に最も近い通り、石畳の道に沿って白壁に瓦の外塀が続く、上級武士の大きな家々が軒を連ねる地区にある。

 家の門をくぐって外に出れば、道の向こう直ぐにお城の内堀があり、その先には五層の天守閣が赤い瓦を纏い、壮大かつ美しい佇まいで立っている。

 お堀の淵から久々にお城を見上げてみた。

鶴ヶ城つるがじょうだ…。」

 会津の誇る名城、鶴ヶ城つるがじょう。十年間見慣れた姿のはずなのに、改めて見るとなぜか胸が締め付けられ、涙腺が緩んだ。


 21世紀の記憶の風景がふと重なる。

(やっぱり鉄筋コンクリート造りとは一味も二味も違うかな。)

 勇生ゆいの時代に復元された城は、観光名所にもなっていて、桜や紅葉に彩られる季節にはとても美しく、あれはあれで優美で好きだったのだが、今目前にたたずむそれは、圧倒的な存在感を放つ、堂々たる城塞だ。

(さすがは天下の名城。五千人の籠城戦を一か月も持ちこたえるだけあるな。)

 古い写真を見せられながら、勇生ゆいの時のじいちゃんに教わった内容が思い出されて、改めて惚れ惚れと、城を眺めた。


(ん…籠城?)

 瞬間、ザワリと全身に震えが走った。

 夢で何度も見た白装束での自決のシーンが脳裏に蘇る。

 男も女も老人も子供も…次々と人が亡くなり、まちが焼け、会津が滅んだ戦。

 あれはいつのことだったか?

 いつしか悪寒は震えに変わっていた。

 手も足もガクガク震えて、どうにも止まらない。体の使い方を忘れてしまったかのように、思うようにならず、息もうまくできない。

 まずい、まずい、どうしよう、完全にパニックになってる。上手く立っていることもできずに、堪らずしゃがみこんだ。

 その時

「ユイ様っ。おひとりで出ていくなんてって、どうされました?なっ、お顔の色が…。」

 家から、乳母の早苗さなえが走り寄ってきた。

「大丈夫ですか?」

 温かい手でそっと肩を支えられ、安心した俺はそのまま意識を手放した。


∗∗∗


 目覚めた後、おばあ様からは厳しいお説教があった。

 病み上がりにいきなり外に飛び足したこと、武家の娘が供もつけずに一人で外に出たこと、倒れるなど自己管理が甘いことなど、散々言葉が飛んでくる間、俺は何時になく神妙な顔をしていたのだろう。

 最後は

「次は気を付けるように、そして体を十分休めるように。」

 と比較的優しい言葉をかけてもらい解放された。


 しかし、俺の暗い表情は実は反省故ではなかった。

 幕末の会津、その顛末を知る身としては、この世がどの程度俺の知る歴史と、近似性があるのか気になって仕方がなくなった。

 ユイの記憶が正しければ、江戸幕府が開かれてから二百数十年は経っているはずだ。しかも浦賀港には既に黒船が来ている。

 俺の知る歴史と同じならば、幕末といわれる時代になる。

 けれど、この世界は魑魅魍魎あり、霊能力あり、(俺の知る)歴史上の人物なし。の前世とは似て非なる世。

 果たして何が起こるのか、知る由もない。

 精いっぱい生きると心を新たにした直ぐ後に、どうしようもない滅亡が待ち受けているなんてことがあるのだろうか。


∗∗∗


 答えが見つからないまま、平和な日が数日過ぎたころ、衝撃の知らせがやって来た。

 江戸の留守居役から、早馬が飛んできたというから、その日の上屋敷周辺はざわついていた。

 武家の者は表立ってあれこれと言ってはいなかったが、使用人たちの間では、「江戸藩邸にいる高齢の先代の奥方様の体調が悪いらしい」とか「若様が大問題を起こした。」とか「幕府で一大事があった。」等など噂が飛び交っていた。


 夕飯後、早馬など滅多にあることではないので、お父様に何事だったか聞いてもよいかどうかそわそわしていると、おばあさまが切り込んでくれた。

義勝よしかつ殿、江戸の芳徳院ほうとくいん様のお加減がよろしくないという話を聞きましたが、まことですか。」

 お父様はほんの少し困った表情を見せたが、

「例の早馬ですね。色々噂が立っているようですが、ご安心ください、芳徳院ほうとくいん様はご健勝であらせられますよ。そうではなく、江戸で大事が起きた知らせだったのです。」

「大事とは?」

「特に箝口令などはないのでお話しますが…あまり触れ回ってほしくはない内容ではあります。実は、大老様が浪士に襲われて亡くなられたという知らせだったのです。」

「まぁ、なんということ。」

 おばあさまも息をのむ。

「江戸に幕府が開かれて以来、江戸市中で大名籠が襲われるなどいまだかつてなかったこと。あってはならぬこと。ましてや、下手人の浪士には御三家である、水戸祥山家の者もいたとか。外国との通商や朝廷との関係も微妙なこの時期に、こんな事件がおこるとは、幕閣の方々もさぞ頭を痛めておられることでしょう。」

「桜田門外の変…。」

 思わず言葉が口を突いて出た。

「なんと、ユイ耳が早いの。もう左様に広まっておるか。そうなのだ、桜田門で襲われたらしい。白昼、御門前でのことはゆえ、目にした者も多く、幕府の公表を待たずして江戸でもあっという間に広がったというからな。幕府の威信にかかわることというに困ったことだ。」

 お父様が一人で納得してくれたようなので、俺は内心ほっとした。

 田舎の娘が知りえない話を言い出しては、何かとまずいことが起こるかもしれない。今後は気を付けないと。


 けれど、これではっきりした。この世界は俺の知っている日本の幕末に類似していて、歴史的出来事もほぼ重なるように起こってくるものなのだと。

 桜田門外の変といえば、幕末の一大事件だったはずだ。幕府のナンバー2ともいえる大老が暗殺されることで幕府の権威は失墜、倒幕への動きが一気に加速される時代の転換点ともいえる出来事と習った気がする。

 これはマズイ。思ったよりも今は幕末も幕末だったようだ。


 部屋に戻った俺は、改めて状況を整理してみた。

 半紙に思いつく限り時代年表を書き出してみる。


 1853年、ペリー来航

    ?  日米和親条約

    ?  日米修好通商条約

    ?  安政の大獄

    ?  桜田門外の変     

 1867年、大政奉還

翌1868年、明治元年


 ―だめだ。大まかな出来事しか分からない。桜田門外の変の年も分からない。

 今が何年なのか全く判断がつかない。高校受験で勉強した記憶を総動員してもこの程度だ。

(何が進学校だよ、俺って使えねぇ。)

 机上に筆をおいて、ゴロリと仰向けに転がった。


 感覚としては明治の世になるまであと十年も無いのではないかと思う。

 それは、この会津が滅びるまでの時がそれしかないということだ。

 タイムリミットはあと何年なんだ?

 ふぅぅっと息を吐きだし、天上をにらみつける。


 ―どうする?

 このままでは、会津は歴史の渦に飲み込まれ、押しつぶされて瓦解する。

 たくさんの命と誇りを失いながら。


 ―俺は何ができる?

 勇生ゆいとしての記憶を今取り戻したことには、きっと意味があるはずだ。ひょっとしてこの会津を救うためにいろいろ思い出したのかもしれないし。

 でも、ちょっと歴史を知っているからって何ができるだろう?

 もし殿様にでも生まれ変わってでもいたならば、時代の流れを読んで上手く立ちまわることも可能かもしれない。

 しかも、残念なことに、今の俺は十歳の少女だ。いくら恵まれた境遇とはいえ、この時代の女性の地位は低い。発言権はないに等しい。政治的な内容については、皆無といっていい。藩士になれなければ、学校で学ぶことすらできない。

 妻となり、母となり、血を残すことが女性の最大の仕事とされている時代なのだから。

 ふぅううと、何度か目のため息をついたとき、


―どすん

「ぐはっつ。」

 大きな毛の塊が突如空中から現れ、おなかの上に飛び乗ってきた。

 少女らしからぬうめき声の後、毛玉の主を確認するとそれは

「にゃーん。」

 と甘い声をだしてすり寄ってきた。

「はぁ、ミケか。」

 手を伸べて背中をなでてやると

「みゃーん。」

 と年に似合わない甘い声で鳴き、のどをゴロゴロと鳴らした。二股に分かれたしっぽがゆったりと揺れる。

 ミケは、亡くなったお母さまが可愛がっていた三毛猫だ。

 長生きだなーと思っていたら、先ごろ尾が分かれて、猫又化してしまった。

 慌てて神職に相談したけれど、悪い気配はまるでなく、今後変化があるとしても霊力の強いおばあ様がすぐに気づくだろうということで、相変わらず我が家で一緒にのんびり過ごしている。食いしん坊で、昼寝好きなせいか、その姿は年老いても丸々コロコロしていて、とても福々しい猫だ。

 しかし妖怪になったことで、姿を消す技を覚えたようで、今回のように何もない空間から急にに現れると、不意の攻撃を受けたようになることがある。


 妖怪、それは勇の時代にはいなかった(もし居たとしても存在として感じ取れなかった。)ものだ。

 それは、ミケのような無害でむしろ愛らしいの存在もいれば、人間に害をなす存在もいる。現にお母さまは、俺が物心がつくまえに妖に襲われて命を落としている。

 古来より、国が乱れると害をなす妖も増える、良くない妖が増えると国が乱れるという関連性があるらしく、お父様が最近では藩士だけではとても手が回らないとぼやいている。

 

 まてよ…‼あっ、今閃いてしまったかもしれない。

 そう、女性でも、実力さえあればなることができて、一流となれば、お殿様からも一目置かれる職業がある。

 それが

「もののふ」

 妖怪や鬼を退治する者。

 「もののふ」には、刀や拳、銃などを用い、専ら武力でもって成敗する「討鬼士とうきし」(前世風に言うと、いわゆる戦士タイプ。)と、霊術を使って妖を退治をする(僧侶・魔法使いタイプ。)「祓魔師ふつまし」がある。こちらは、陰陽師系、仏教系、山岳信仰系なと様々流れはあるようだが、相応の霊力や生まれ持った才能がないとなることはできない。


 そう。もののふであれば、今の俺でも目指すことはできる。なんといっても女でも表舞台に出られる数少ない職業なのだ。

 むくりと体を起こして、新しい半紙に書き付けてみた。

『「もののふ」になる!』

 と。

 一廉の「もののふ」になれば、旗本格、超一流だと大名格をも持つことができる。何かしら権限のある者へ意見を通す機会に恵まれるかもしれない。

 そうすれば、この国を戦から遠ざけることができるかもしれない。

 そして、万一のとき、この手で目の前の人を守り切れるくらいには、強くなりたい。

 今からならまだきっと間に合う。

 この大地を、文化を、国を守るため全力で挑めばきっと。

 ―歴史は今、少しづづ動きはじめる。


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