第1章 ‐1‐ 目覚めたら幕末、そして赤髪蒼瞳のお姫様


 やっとの思いで目を開ける。

 長い長い夢に囚われた後のように、精神がまだ浮上できず、体が重い。


 そんな自分を心配そうに見下ろす影がいくつか。

 視線をぐるりと回してみるが、どの顔にも心当たりがないような…。


 ―あなた達はだれ?


 と問いかけようとして気づく。

 あれ?そもそも自分はだれだったろう?

 頭の中がぼんやりしていて自分が何者なのか分からない。


 焦って声を出そうとしたけれど、かすれた空気音しか出なかった。

 それでも周囲の人々は沸き立ち

「ああ良かった。お嬢さま。」

「姫様、目ぇ覚ました。ああ、えがった。」

 と声があがる。


 程なく、ドタドタと廊下から足音がしたかと思ったら、大柄なお侍が襖をパンッと開けて入ってきた。

 そして一番近くにずんと座ると手を取って

「ユイ、良かった。本当に良かった。」

 とポロポロ涙を流すのだった。

義勝よしかつ殿、みっともないですよ。」

 反対側に座っている、凛とした壮年の女性がそれを見てたしなめたが、彼女もそっと目じりを押さえていた。


 あれ、違和感。何かがおかしい。

 今、周りの人々は自分のことを「お嬢様」とか「姫」とか呼んでいる?

 少しずつ晴れてきた頭でよくよく考えると、この眠りにつく前、自分は「俺」ではなかっただろうか?


 そうだ、そうだった。俺は勇生ゆいという十六歳の男子で、二十一世紀の日本に住んでいて、高校に通って…ごく普通の学生生活を送っていたはずだ。

 今の状況は頭に残る情報とまるで合わない。

 意識がはっきりしてくるにつれ、どんどん違和感が増してくる。

 周りの人々の服装、髪型がおかしい。みんな和装、いわゆる着物姿で、男の人は髷を結い、女の人は日本髪。 

 どうなってるんだ?どう見ても二十一世紀の風体じゃない。テレビや映画の時代劇そのものの雰囲気だ。


 混乱する頭を出来るだけ落ち着けて、冷静になって考えると、もっともあり得るのは、人間観察系のバラエティ番組が俺に何か仕掛けてきたかということだ。

「いきなり江戸時代のお姫様になったら、信じるか、それとも信じないか」的なやつだ!

 そうだとしたら…。一体カメラはどこにあるんだ?俺はもう気づいているからさ。早く出てこい、スタッフ!

 依然体は重いままなので、視線をキョロキョロしてしばらく待ったが、芝居がかったようなな状況は続き、ネタバレのスタッフも一向に出て来る気配がない。


「お嬢様、お水です。お飲みになりますか。」

 女性の一人が問いかけてきたので、首を縦に振った。

 周りに手伝われ、ゆっくりと半身を起こした。

 差し出された器を受け取り、カラカラだった口内に少し流し込むと、染み渡るおいしさ。ますます生きた心地がしてきた。

「ありがとうございます。」

 そう言って器を返す。

 かすれてはいるが、今度は何とか声が出た。

 ん?出たけれど、俺の声じゃない。

 体がぞくりと震えた。

 今の…どうとっても女子の声だった。しかもかなり幼い。

 寝起きとはいえ、俺の声帯がおかしくなって、男子なのに高音とんでもアニメ声とかに変わってない限りありえない高さだ。

 慌てて自分を見下ろす。

 手のひらは小さく、体も細い。

 顔に手をやるとふわりと柔らかい肌。

 髪は…背中まで流れる長髪。


 完全におかしい。何が起こった?

 急にキョロキョロとし、挙動不審な俺に、件の侍が心配そうに声をかけてきた。

「なんじゃ大丈夫かユイ?」

「だ、大丈夫じゃないです。あの、お、わ、私ってどうなったんですか?」

「覚えとらんか?それもそうじゃな、そなたは七日前、若君と城で散策中に、誤ってお堀に転落したのだ。それに気づいた川本の倅がすぐさま飛び込んで引き上げてくれたのだが、かなり高所からの落下であったし、水を飲んでいたということもあったのじゃろう。傷は見当たらなかったのだが、今までずっと目を覚まさなかったのだ。いや、しかし目を覚まして良かった。儂は生きた心地がしなかったぞ。」

 再び目を潤ませるお侍に対し、俺は何だか聞きづらいなと思いながらも、もう一度質問をした。

「あの…私は誰でしたっけ?」

 彼は目を見開くと、そっと手を握って告げた

「そなたは、南紅なんごうユイ。儂の娘だ。」

と。


南紅なんごうユイ」

 そう聞いたとたんに脳みその奥、一段と濃いもやがかかていた部分が晴れるようにすぅっとする感覚があった。

 そして、情報の束がが少しづつ頭の中に広がっていく。

 「俺」じゃないのか?「私」は…

 

 会津藩家老、南紅なんごう義勝よしかつの一人娘。

 母を早くに亡くし、厳しい祖母に育てられた、南紅なんごう家の姫。

 今年十歳になった。

 そうだ、あの日江戸から一時的に戻ったという若様に、お城で引き会わされて、城内を散策していたが、高台のお堀の淵でふらついて、かなり高い位置からお堀に転落した。


…はずだ、たぶん。

 落ち着いて考えると、ユイとしての記憶は確かにあり、本のページをめくる様に、もしくは保管した動画を再生して観るように情報は湧き上がってくるのだが、今一つ現実感がない。勇生ゆいの記憶はもっと鮮やかに蘇るのにだ。


 これは一体どうなっているんだろう…混乱してくる。

 勇生ゆいとユイ。どちらも「俺」「私」であるような。

 16年分と10年分、二人分の記憶が脳内をグルグルしだして、なんだか頭が重く、キーン締め付けられる様に痛み出してきた。

「ユイ、どうした?やはり顔色がすぐれぬな、体も熱いようだぞ。」

 お父様がそれに気づいたため、再び横にされ、額には冷たい手拭いがあてがわれた。

 2つの記憶が混濁し、脳みそがパンクしそうになった俺は、結局そのまま高熱を出し、その後しばらく寝込むこととなった。


∗∗∗


 5日後、漸く熱が下がった。

 しかし熱が下がってからも、俺は中々床を離れることを許してはもらえなかった。 

 ユイは、元々体が丈夫な方ではなかったので、みんなが心配してくれたというのもあるけれど、本当に心配されていたのは、体の方ではなくおそらく頭の方だろう。


 勇生ゆいの記憶がある俺は、かなりおかしな事になっている。

 ユイとしての自覚はあるのだが、脳内回路はほとんど勇生ゆいで、思考するときも「俺」になってしまう。

 そのため、思わず実際に「俺」と口走ることもしばしばで、家中をぎょっとさせている。動き出せば、所作も思うようにいかない。

 病み上がりにもかかわらず、おばあ様からは厳しい叱責が、乳母の早苗さなえからは小言が飛び続けている。

「ユイさんっ!」

「お嬢様っ!」

 と障子を揺らすような声を何度聞いただろう。

 他の家中の者も、『お嬢様は命はあったものの、頭がおかしくなった。』とか『物の怪か何かに憑かれている。』噂しているようだ。

 とにかくそんな調子のため、病人認定を中々解いてもらえなかったんだ。


 外に出れないのは退屈だったが、そのかわり考える時間はたっぷりあり、あり余る時間で、少しづつ整理してみた。

 まずは、俺自身のこと。

 肉体の方は紛れもなく十歳の少女だ。

 改めて姿見で、自分を見てみる。

 病み上がりのせいか肌の色は青白く、痩せてはいるが、「美少女」といっても過言ではない、なかなかに愛らしい女の子だと思う。

 特徴的なのは、この赤茶色の髪。

 記憶にある限り、ほとんどの人は黒髪なのだけど、この髪はカラーリングしたような茶系で赤みが強い。

 また、アーモンド形のクリっとした瞳の色もどことなく青みがかっている。

 この特徴は実は南紅なんごう家独自のものらしく、控えめながらもお父様も似た色味だったりする。

 疑問に思って以前聞いてみたところによると、遠いご先祖様は「赤髪に蒼き瞳」という言い伝えがあり、この色ゆえに南紅家の先祖は鬼であったという噂まであるとのこと(俺としては、ひょっとしてそれって海外から来た人なのでは?って思ってしまうのだが…)。

 そういうわけで、外見は正しく南紅なんごう家の姫にふさわしい容貌なのだ。

 そしてそんな姫君の、頭の中に21世紀の日本の男子高校生の記憶が湧いてしまっている(記憶が甦ってから、初めてお手洗いや風呂に行く際は、言いようのない気恥ずかしさがあった…)という状況だ。


 さらに気になるのが、ここがどこで、いつの時代なのかということ。 

 ユイとしての記憶と、家族や家中の者と話した情報を合わせると、日本の江戸時代、会津藩にいるらしいのだが。

 不思議なのは、勇生ゆいとして知っている百数十年前と完全に同じというわけではない点だ。

 というのも、史実と同じ人物はいないようなんだ。

 まず、殿様の名字が知っている史実と違っている。

 江戸時代の会津藩といえば「松平家」だが、この世界では「蒼井あおい家」、将軍家も「徳川家」ではなく「祥山ひろやま家」といったように、世界観や地名はほぼ同じようなのに、人名諸々所々違う。


 そしてもう一つ決定的に違うのが、霊的なもの存在がリアルだということ。

 なんと妖怪や鬼というものが実際に存在している。

 俺はそういうものに反応する力である霊力が弱いらしく、あまり見える方ではないが、おばあ様などは意外にも見える方で、座敷童に声をかけたり、むじなを叱っているらしいところをしばしば見かける。

 そのため、藩の重要な仕事の一つに、悪妖の退治もあるし(武闘派のお父様はその面でも重宝されているようだ。)、侍でなくても、そういったものを退治する集団や職業があったりするなど、霊的なものが良いにつけ悪いにつけ人々の生活と大きくかかわっている世界なのだ。


 こんな状況の説明として、自分の持っている知識を総動員して思いつくのは

  1タイムスリップ

  2夢

  3転生

の3つだ。

 「タイムスリップ」は、自分の知る江戸時代とは似て非なものなのでたぶん違う。

 しかも自分の姿形まで変わっているのでただのタイムスリップではないだろう。

 次に「夢」だが、夢にしては目覚める気配はまるでない。

 そして夢とは思えないほど五感がしっかりしているのだ。普通の夢では感じにくい、味覚や触覚がリアルすぎる。つねったり叩いたりしてみたが、普通に痛かった…。


 ということで最有力は「転生」つまり、前世の自分はなんらかの形で亡くなってしまい、今は生まれ変わった状態かも…というものだ。

 転生の可能性は、たまたま勇生ゆいとして記憶の最後の夜読んだ、やたら長い題名の文庫本がそういう設定だったので思い当たった。

 それは、クラスで隣の席の小林が、押し貸ししてきた本で。奴曰く、ライトノベルで流行の転生モノのなかでも、王道かつ群を抜いた面白さとのことで、まあ確かに面白かった。

 そして、その本の主人公の状態と今の自分を比べると、相当に似通ったところがある。

 まず、今の自分について、幼いころから過ごしてきた記憶があり(まだぼんやりした部分もあるけれど…)、同時に全く別の記憶が甦っている。

 城の石垣からお堀に転落して溺れて死にかけるという、ショッキングな体験が脳みそ?DNA?魂?とにかく自分の中の何かのカギを開け、前世の記憶が飛び出してくるというところも、転生モノといわれるものに類似している気がするのだ。


 勇生ゆいの記憶のラストは強烈な光と衝撃。きっと雷だろう(周りにあれだけ高い建物がいっぱいあったのに、路上で雷に打たれるとは、なんて運の無い…)。 

 そして、あれで死んでしまったかと思うと、あまりに唐突な終わりに実感もなく、只々大切に育ててくれた家族には申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 残念でならないけれど、きっと俺の勇生ゆいとしての16年の人生は雷に打たれたことで幕を閉じ、今この不思議な江戸時代風の世界に生まれ変わっているといったところが、最も可能性が高い。

(実は、もっと現実的な可能性はやはり2の「夢」で、雷に打たれた俺が、死なないまでも目覚めることもなく見続けている夢が今の世界っていうのも考えてられるけれど、それはなんとも暗く報われない感じがするのであえて考えないようにした。)


 勇生ゆいとして過ごしていた時、高校生なんてまだまだ、これから長い未来があるものだと思い込んで過ごしていた。日々流されるニュースや周囲を見渡す限りでも、そんなの確かなものじゃない証なんて幾らでも見つかるというのに。

 自分に残された時間がどのくらいかなんて考えたこともなかった。

 生きているって、終わりがあるから生きているってことで、それは当たり前のことなのに。気づかず毎日を送っていたことが、今更ながら悔やまれる。

 でも、いま俺はここで、見て・聞いて・感じて…確かに人としての感覚をもって、ここに存在している。

 この場所で、きっと生きている。

 そうなら、今度は思いっきり生きたいと思う。

 悔やむ間もないくらい瞬間に終わってしまうのは切ないから。

 これまでユイは、体のこともあり、深窓の令嬢よろしく内にこもっていた。

 けれど、せっかくの人生なんだからもったいないよね。

 やる前にあきらめるより、たとえ失敗してもやり切って前に進むような。

 そんな風にありたいと、ある意味悟ったような、それを誓うような心持ちが込み上げてきた。


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