パーティー会場での出来事前編
「いたいた! リュミ! どこ行ってたのよ!」
リュミがパーティー会場にいくと、兄姉三人は既にその場にいた。皆ドレスコードになっている。クレアは紫色のドレスを着ていた。
少しおばさんっぽいとリュミは感じたが、それを言うとクレアから虐待をされかねないので大人しく黙っていた。
「少しホテル内を散策していたのです。それでトール様は」
「トールならあたし達と一緒に来たわよ」
「そうですか」
トールの姿を見とめる。黒いタキシードを着ていた。しかしそっくりだった。服の色が違わなければ判別が尽きづらいだろう。
クレアとランスも双子だが、男女で性別が明確に別れている為簡単に見分けがつく。
男女が異なれば容姿も異なるが、髪の長さや服装が明確に違うのだ。顔はまあ似ているのだが。美形とはある程度の要素の類似性が出てしまうものだ。
「来たみたいね。魔法学院の連中が」
フィルが言う。
扉が開かれる。一人の少年が入ってくる。そしてその次に美しい少女。それから三人。そしてトーマス学院長も入ってきた。
「トールそっくり」
そのうちの一人をフィルはみとめ、そう言う。まさか他人のそら似とも思わなかったであろう。トールから深く過去の話を聞いていない為、断言はできなかったが恐らくは双子なのだと思われた。そうでなければドッペルゲンガーか、何かか。
フィルはトールを見やる。その時表情を曇らせていた事から、あまり良くない関係ではないか、という推測が立った。あまりフィル達には関係のない事だが、仲の良くない兄弟姉妹というのも世の中には確実に存在した。王族なんかでも、権力の為兄弟で殺し合いをしたり、戦争をしたりする事はあり得る。肉親だから仲が良い、なんていうのは当然の事ではなく、恵まれている事なのだ。だからフィル達は自分達の兄弟姉妹仲が良い事は幸せな事なのだろう。その幸福に無自覚かもしれないが。
「どういう事?」
フィルはトールに聞く。
「後で説明するよ」
トールは言った。トールとしてももう逃れきれない過去だ。どのみち皆に説明しなければならない事だった。
カールはいの一番にトールのところに来た。
「久しぶりだね愚兄(トール兄さん)」
カールは内心で馬鹿にしつつも、違和感のない作り笑顔を浮かべた。
「元気にしてたんだね。僕、心配していたんだよ」
勿論嘘であった。カールは内心はトールが死んでいたと思っていたし、それでも構わない、都合がいいと思っていた。
「そっちも元気そうだな、カール」
「お知り合い? っていうか、顔そっくりなんだけど」
後ろにいた黒いドレスを着た美少女ーーシャロンが言った。
「覚えてないかい? 僕には双子の兄がいただろう。去年まで魔法学院に在籍していた」
「あー。あの」
シャロンは複雑な表情をする。だが思い浮かぶ言葉がネガティブな為黙ったのだろう。
「そちらの女性は?」
「紹介するよ。僕の恋人のシャロンっていうんだ」
「シャロンって言います。お兄さん、はじめまして……じゃなかったですか。どこかですれちがった? ともかく、よろしくお願いします」
「ああっ、あの」
トールはシャロンを知っていた。女版カール、というか、シャロンは魔法学院の中では有名人だったのだ。容姿端麗、成績優秀、そして名家の令嬢。三拍子も四拍子も整った彼女を魔法学院に通っている男子で憧れなかった男はいないだろう。トールも少しではあるが彼女に憧れのようなものを抱いていた。魔法の才能が天と地であった為、決して届かぬ想いではあったが。カールであるならば彼女と付き合っても不思議ではないだろう。お似合いという奴だった。
「ひとつ聞いて良いかい? 愚兄(兄さん)」
「なんだ? カール」
「後ろの女性三人。王族の方々とは思うけど、兄さんはどなたと付き合っているんだい? まさか三人とも、なんていう落ちじゃないよね。ははっ。だとしたら愚兄(兄さん)やり手だったんだね」
「なっ!?」
「んっ!?」
「くっ!?」
アルドノヴァ王族三姉妹はそれぞれ表情を変える。トールがなんと答えるのか、気になった。
「三人のうち特定の誰かと付き合っているわけではないよ。勿論、三人とも付き合っているというわけでもない」
トールはそう答えるより他にない。三姉妹は溜息を吐くが、仕方のない事だろう。
「へぇ、そうなんだ。けど、美しい女性達に囲まれていて愚兄(兄さん)僕は羨ましいよ。両手に花じゃないか。両手どころか、四方、八方かもしれない」
なんだ。この愚兄。すぐ近くにこんな美しい女がいるのにまだ手を出していなかったのか。 という、事はもしかしたら愚兄はまだ童貞なのかもしれない。その事に対してカールは優越感を感じ、マウンティングを取っていた。非童貞が童貞を馬鹿にして優越感を得る。幼稚な感性ではあるが、割と一般的でよくある事だった。
「こーら、カール。私がいるのにそういうこと言わないの」
「すまない。シャロン。別に君から目移りしているわけではないよ」
「だったらいいけど」
実際のところは目移りしていた。男は美しい女に弱いのだ。
「けど、良かったよ愚兄(兄さん)。こうして今剣士学院に在籍してきて、この交流戦に選ばれたって事は愚兄(兄さん)には剣の才能があったんだね。あれほど魔法の才能がなくて、魔法学院を退学になったって学院長から聞かされた時は、心配してたんだよ。その後、愚兄(兄さん)がどうなったのかわからなくなってさ」
勿論、カールの言っていた言葉は嘘である。出来るなら消えて欲しいと思っていたし、消えてくれて喜んでいたくらいだ。当然心配などしていない。
「……トール。彼の言っている事は本当なの?」
フィルは聞く。
「ああ。覆しようのない僕の過去だ。俺とカールは魔法の名門。アルカード家に生まれ育った。だが俺はカールと違い魔法の才能を授からなかった。ヒューリッツ魔法学院には僕も通っていたけど、一年の時に退学になってね」
「そう……そんな事が」
フィルは言う。
「ともかく、明日の交流戦。僕が弟だからって遠慮せずに手加減せずに全力でぶつかってきてよね。僕も愚兄(兄さん)と全力で闘うからさ」
「ああ。僕もそうするつもりだ」
「それじゃあ、愚兄さん、再会を祝って、そして明日の交流戦での健闘を祈って握手をしようじゃないか」
カール笑顔で手を差し伸べてきた。
「ああ。明日はよろしくな。良い試合をしよう」
トールも握手をした。人の腹の中など、魔法でも使わなければ何もわからない。
ただ、トールは何となくカールの性格を知っていた。あまり良い事は考えていないだろうし、言っていることと思っている事は正反対の考えをしているだろう。裏表のある性格なのだ。今の態度もトールの事を考えてではなく、単に自分の評判を落としたくないからだ。
だからこういう態度をしている。故にトールは本心からカールと和解はできないし、再会を喜ぶ事はできないでいた。
「えー、それではこれより剣士学院と魔法学院の交流パーティーを行います」
そう壇上に立ったトーマスは言う。
「それでは皆様、明日の健闘を祈り、今日は盛大なパーティーを行いましょう。大人の方々にはお酒が提供されますが、飲み過ぎて酔い潰れないように」
既に料理はテーブルの上に並んでいる。グラスに飲み物が注がれる。
「それでは! 乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
グラスが鳴らされる。こうしてパーティーが始まった。
立食パーティーではあるがメインは料理ではなく、人との会話である。特にカールには聞きたい事が三姉妹には多くあった。最近知り合った三姉妹よりもカールの方がトールの事を知っているからだ。
「はじめまして。王国第二王女のフィルフィーレと申します。カール様」
フィルはカールにそう挨拶をする。
「これはどうも。お姫様。カールと申します。愚兄(トール兄さん)がお世話になっております」
「お世話なんて、そんな、こちらこそお世話になってますし」
そうフィルは言う。続ける
「トールの事でお伺いしたいんですけど」
「なんだい?」
「先ほどの話は本当ですか?」
「勿論本当の事だよ。愚兄(兄さん)から話を聞いていなかったのかもしれないけど、あまり話したくなかったんじゃないかな。言わば挫折経験やトラウマみたいなものだからね、愚兄(兄さん)にとって。誰にだって話したくないことのひとつやふたつあるんじゃないかな」
僕はないけどね、とカールは内心語る。
「だから愚兄(兄さん)を責めないでやって欲しい。別に君たちを騙そうとか、自分を良く見せたくてわざと過去を隠していたとかではないと思う」
「そんな、別にトールを責めたいなんて思っていません」
「フィルフィーレさんは愚兄(兄さん)の事が好きなのかい?」
「え?」
フィルは顔を赤くして言葉を詰まらせる。
「どうして、そう思うんですか?」
「普通人間は興味のない人間の話を詳しく聞こうとはしないよ」
「それも確かに……そうですね」
「愚兄(兄さん)のどこがいいの?」
「それは……やっぱり強くてかっこいいし、優しいし。闘いの時だと頼りになるの。いつもあたしを助けてくれるし。王国が危機に扮していた時も、結局トールの力がなかったら今頃王国が滅んでかもしれないから、感謝もしている」
「へぇ……随分高評価なんだね。僕は愚兄(兄さん)が魔法学院を去ってからその後の事をあまり詳しく知らなくて、よかったらフィルフィーレさんの知っている事、教えてくれないかな?」
「え?」
「情報交換だよ。ほら愚兄(兄さん)も自分の口からは言いづらいだろう。聞いても答えづらかったり、恥ずかしくて言えない事もあると思うんだ」
「い、いいけど、別に」
内心、愚兄(トール)がこんな美少女から好意を寄せられている事に対して、カールは酷く苛立ったが、それと同時に、自分が愚兄(トール)の立場だったら、こんな女を放っておくはずがないと思っていた。恐らくは具体的な行為は愚か、付き合ってもいないだろう。何と勿体ない事だろうか。
恋愛沙汰に関して、愚兄(トール)は本当に愚ろかだと思った。
その後の愚兄の人生をカールは情報収集する。まずは偶然剣聖レイ・クラウディウスに助けられ、その後剣の手ほどきを受けたらしい。そしてレイとツテのあるヴィル学院長のいる剣士学院に入学。そして、暗殺者に襲われていた自分を助けたり、天才と名高い剣聖ランスロット、フィル達の実兄であり、王国の第一王子でもある、を剣爛武闘大会という実技大会で倒したり、魔人という魔王の手下を倒すという偉業もあったらしい。そしてこの交流戦にも当然のように選抜された。
この話を聞くと本当にあの愚兄がやった事なのか耳を疑いたくもなるが、フィルの言っている言葉の真剣さから、嘘ではないと信じる事ができた。
「ふーん。そうなんだ。まさか、愚兄(兄さん)にそんな才能があったなんてね。驚いたよ」
「アルカード家では剣を握らせなかったんですか?」
「それはもう、僕たちは魔法の名家の出自だからね。父さんも魔法使いだったし、誰も剣士にさせようなんて思ってなかったんだよ。だから愚兄(兄さん)はずっと苦手な魔法を勉強して、訓練していたんだよ」
「そうですか」
「でも芽は出なかった。それも当然だったのかもしれないね。種のないところからは芽はでない。愚兄(兄さん)の種は魔法ではなく別のところにあったんだね」
カールは言う。
「そうだったんですね」
「色々とお話ありがとう。僕は別の方に挨拶させてもらうよ」
「あっ、こちらこそ色々とありがとうございます」
フィルは言う。
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