リュミエールの勘違い

 ヒューリッツ魔法学院からしばらく離れたところに繁華街があり、そこには高層ホテルがあった。一泊金貨1枚はくだらないだろう。金貨1枚で大体、庶民一ヶ月分の生活費である。 無駄に金がかかっていた。


「よし。着いたぞ。ホテルは個室だ。一人一部屋ある。18時からパーティーが始まるから、それまでにパーティー会場にいるように。ホテルでドレスコードもしてくれるそうだ。詳しくはホテルマンなり、受付で聞いてくれ。場所とかは私も知らん。何せ私も初めてくるのだからな」


 ヴィル学院長はそう言っていた。


「荷物は受付で預かってくれるらしい。とりあえずは荷物を預けて着替えてからパーティー会場に向かってくれ」


「「「「はい」」」」


 皆返事をした。




 着付室という部屋があった。そこで着付を行ってくれるらしかった。トールは着替え、お手洗いで用を済ませてホテル内を歩く。男子の恰好は基本的に黒いタキシードだったようだ。基本的に女子の方が服装のバリエーションが多いらしい。


「えーと、パーティー会場は」


 見取り図を探す。壁には見取り図があるはずで人に聞かずともそれを見れば十分にたどり着けるはずだ。

 と、その時だった。

 一人の人物と出くわす。真っ赤なドレスを着た美少女である。流れるような金髪をした少女。 決め細かいメイクは彼女の美しさをさらに引き立たせている。

 あまりにその姿が様になっていた為、思わず初対面と誤解してしまった。


「なに? その顔」

「い、いや……馬子にも衣装だなと思って。まるでお姫様みたいだ」


 トールは言う。着飾ったフィルは顔を苛立たせる。


「なによそれ! あたし、お姫様みたいじゃなくて、お姫様なんですけど!」


 フィルは怒鳴る。


「ご、ごめん、ごめん。忘れてた」

「もう、忘れないでよ。それで、感想は?」

「感想?」

「可愛い?」


 不安げに顔を赤くして訊いてくるフィル。その仕草もまた可愛かった。


「ああ。可愛いよ、フィル。お姫様みたいで」

「ありがとう……だから、正真正銘のお姫様だって言ってんでしょ!」


 フィルは再度怒鳴る。




 一方その頃だった。白いドレスに身を包んだリュミはトールを探していた。

(トール様……一体今どこに)


 別にパーティー会場に向かえば然るべき時間まで待っていればおのずと会えるのだが。

 着飾ったリュミは一刻も早くトールにそれを見せたい為にホテル内を駆けずっていた。その時だった。一人の白いタキシードを着た少年に会う。


(いましたわ)

「トール様!」

「ん?」

「どうですか? わたくしのドレスは?」

「どうしたの? 君?」

「え?」

「うん?」


 トールによく似た少年の瞳には、普段の温かみがなかった。その眼差しは初対面の人間に向けるような目で、警戒の色が見えた。まるでリュミの事を忘れているかのようだった。


「トール様! まさかわたくしの事を忘れてしまったのですか! あんなにわたくし達、愛し合ってたではないですか!」

 それは多分に相手に誤解を与える発言ではあったがリュミは構わなかった。

「トール様? ……」


 少年は首を傾げる。


「もしかして、僕によく似た顔の男がいるのかい?」

「え、ええ。いらっしゃいます。トール様と言って、あなたはトール様ではないんですか?」

「違うよ」

「そうなのですか。でもよく似てますわ」

「それもそうだよ。だってそのトールって奴は僕の双子の兄だもの。僕たちは一卵性双生児でね、僕は弟なのさ。似ているのも当然さ」

「ご兄弟でいらしたんですか」

「君は愚兄(トール)の知り合いなのに、そんな事も知らないのかい?」


 カールは確信した。やはり名簿のトールは愚兄であり、実兄だ。


「知りませんでしたわ。確かに、あまりおっしゃってくれませんでしたから」


 それもそうだろう。カールは思う。隠せるなら隠したいのだろう。トラウマのような嫌な記憶。普通はそういうものを隠したいと思うのも当然だ。だが、カールにはそういった経験はない。トラウマもなければ挫折もない。ただただ順調に生きてきて、物事を支配(コントロール)してきたのだ。故に共感はできなかった。


「弟様」

「カールっていうんだよ僕は」

「カール様、トール様はどういうお兄様だったのですか?」

「それは君が知らない方がいいんじゃないかなぁ。聞きたいなら愚兄(トール)に直接聞いてよ」


 当然、カールが発声しているのはトールであり、愚兄は心の声である。


「そうですか」

「君は王国アルドノヴァの王女だろう?」

「はい。三女のリュミエールと申します」

「そうか。リュミエールちゃんか。明日対戦する事になるけどその時はよろしく頼むよ」

「は、はい……よろしくお願いしますわ。ではわたくしも会場に向かいますので」


 リュミは会場へと向かう。

 その時だった。お手洗いを済ませたシャロンが出てくる。シャロンは黒のドレスを着ていた。


「どうしたの? カール」

「別に何でもない……」


 トール様と言っていた。王国の第三王女。まだ未発達ではあるが素質は良いものを持っている。相当な美女になるであろう。ルックスからすればシャロンと変わらない程度。ランク的に言えばAランク相当であり、しかも王女という事になれば社会的地位も最上位だ。

 そんな少女にあの口ぶりからすると愚兄(トール)は慕われているようだ。

 それがカールには溜まらなく鬱陶しく、妬ましかった。無論、カールも異性関係にとても恵まれているが、それでもそれ以上に恵まれている奴を見ると無性に妬ましくなるだろう。

 それが愚兄だと思っていた実兄だとすると尚更の事だ。黒く淀んだ感情が湧き上がってくる。


「そろそろ、パーティー会場へ行こうか」


 そう、カールは言った。もうすぐ18時になる。そろそろ会場に行っていた方が無難だろう。遅刻でもしたら印象が悪い。


「うん」


 シャロンは答える。

 恐らく、これからパーティー会場で出会うだろう。愚兄(トール)に。

 その時、どんな顔をしてどう接すればいいか、カールにはわからなかった。

 だが、考えておかねばならない。ある程度、場の関係を悪くせず、そつなく済ませる対応を。お互いの関係が良くないものだからと言って、周りの評判を悪くするわけにはカールもいかなかったのだ。

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