王国剣士団との演習
なんなんだ、これは。
エルテア王国剣士団長である男は膝を屈した。それは魔法学院での出来事である。
剣士団長は王国一の剣士と呼ばれる男である。
なんでも学生の訓練に付き合って欲しいという事で仲間数名を引き連れて、魔法学院までいったのである。
所詮は学生の相手だと思い、高を括っていた部分がある。しかし、すぐにその認識は間違いだと認識させられた。
認識を改め、そして真剣に闘ったはずだ。しかし結果としてあったのは一方的な敗北であった。
戦場に出れば相手が魔法使いだろうが、何だろうが関係ない。剣士団では対魔法使い相手の対策や訓練も当然のように行っていた。戦場において卑怯も汚いもない。勝利こそが史上命題である。
だから、相手が飛び道具を使ってこようが、罠を用意しようが、魔法を使ってこようがそれを卑怯だとか汚いだというつもりもなかった。
剣士団は相手を学生だと思わず、真剣に戦闘を行った。
だが、その結果として目の前にいる少年を相手に、一歩も指を触れる事もなく、剣士団員達は敗北し、そして団長である自身も膝を屈したのである。
意識は現在は保てているがものの数秒でなくなるであろう。
「がっ、はっ!」
血反吐を吐いて、剣士団長は地に伏せる。
「カールすごい!」
シャロンがカールに抱きつく。
「よせよ。シャロン、こんなの当たり前の事だ」
カールは落ち着いた口調で言う。
「もう、当たり前なんて。本当の事言うのは可哀想だよ。相手はプロの軍人さんで、大の大人なのに」
「どうせ気を失っているから何を言っても平気だよ」
「そうだね」
「持って生まれた才能の差は努力では覆しがたいものがある。彼等にも見えただろう。魔法の深淵の一面が」
カールは笑みを浮かべる。目の前に倒れている男達。それに剣士学院の連中が重なる。例えリストの名前が本当に実兄のものだったとして、兄もこうして地面に伏せる事になるだろう。そう確信していた。
「思ったより早く終わったな。寮に帰って休憩するか、シャロン」
「もう、休憩って。体力が有り余ってるから、もっと疲れる事するんでしょ?」
シャロンは顔を赤らめて言う。
「確かに。全く疲れなかったな。MPも大して減ってないし」
「もうカールって、天才なんだから。流石私の自慢の恋人。ちゅっ」
シャロンはカールの頬に口づけをする。
「だから控えろって。二人きりになってからだ」
「うん。わかったよ」
シャロンは仕方なくカールから離れる。
「いやいや。素晴らしい。流石は我が学院始まって以来の天才カール・アルカード君」
パチパチパチ。拍手と共に魔法学院学院長トーマスが姿を現す。
「学院長」
「王国の剣士団を相手に完封とは。これは剣士学院の連中も手も足も出ないでしょう」
「甘く見るのはよくないです。学院長、剣士学院の連中がどの程度やるかはわかりませんが、この程度と見ていると足下をすくわれるかもしれません」
「いやいや。それもそうです。それにしても見事な魔法でした。今日は思っていたよりも早く終わりましたし、午後は自由時間にしましょう」
無能扱いだったトールには厳しかったトーマスではあったが、それでも天才であるカールに対しては一転して甘い態度を取っていた。
それも当然だ。人間は自分に利益を齎す存在には甘く、害する存在には厳しくなる。
ギブアンドテイクだ。全ては利害関係の末に成り立ってる。
「自由時間だそうだ。シャロン、着替えて俺達は帰るぞ」
「はーい」
カール達は特殊な防護服を着ている。軽量化をした防護スーツのような恰好である。見た目は水泳水着のようではあるが、魔力的な強化を施されている為、鎧よりも硬く、また体感気温もちょうどよくコントロールされている。その上、水着程度の重さの為、身動きに何の支障もない。欠点は女子の場合、競泳水着を着ているようなものでバストやヒップなどのボディラインが強調されてしまうという事にある。
まあ、普段水泳などしていればそんな事はよくある事ではあったが。
ともかく予定していたよりもずっと早く、仮想剣士学院として用意された王国剣士団は壊滅させられ、演習は終了を迎えたのである。
用事が済んだカールとシャロンは寮に戻っていった。
そしてそれからしばらくの時を経て、剣士学院との交流戦を迎えるのである。
「……ふう。着いた、やれやれ、死ぬかと思った」
ヴィル学院長は胸をなで下ろす。
「すみません、路上が凍結していたもので、私の運転でも車体の揺れを防ぎ切れませんでしたわ」
クリス先生は笑う。温和な笑みではなく怖い笑みだった。
「勘弁してくれ。交通事故で死ぬなんて。剣士ならせめて戦場で死にたいものだ」
溜息を吐くヴィル学院長。
「いやいや。よくぞお越しくださいました、ヴィル学院長」
魔法学院学院長トーマスが姿を現す。
「おおっ。トーマス学院長、お久しぶりです」
「ええ。お久しぶりです。んっ」
「どうかなされましたか?」
「いえ、別に何も」
トーマスはトールの姿を認めると一瞬、気にかけた様子ではあったが、それでもすぐに気を取り直す。
二人には当然面識があった。トールはこの魔法学院に通学していたのである。退学の勧告をしたのもトーマスだった。
だが彼に非があるわけでもない。彼以外の学院長でも最終的には同じ対応になったであろう。だから別にトールは彼の事を恨んではいなかった。才能のない自分の責任でもあった。
ただお互いにその関係からは気まずくはなるだろう。トールも極力はそれを態度に出さないようにしていた。
「今日はホテルを取ってあります。そして交流会という事で細やかですがパーティーの方もそのホテルで行う予定です。その時は我が校の生徒達も参加します故なにとぞ」
そうトーマスは言う。当然のようにトールの時と違い、同じ学院長であり、剣聖であるヴィル相手には腰が低かった。
「そうですか。それは楽しみですな。いやいや。私も現役から遠のいてしまったのであまり食べ過ぎて太ってしまわないように気をつけないと」
「いえいえ。何をおっしゃいますか。若い頃と変わらなずスリムな体型を維持していらっしゃるのに」
トーマスは柔和な笑みを浮かべる。
「それではホテルにご案内します」
そう言って、トーマスは用意されたタクシーに誘導する。久しぶりに見た魔法学院の校舎だった。トールは物思いに耽る。だが、当然のように良い記憶はなかった。
過去のトラウマか。胸中で呟く。
魔法学院の連中とパーティーがあるっていう事は否応なく、あいつ(弟)と顔を会わせる事になる。それに他の連中だって、自分の事を知っているだろう。弟と違って悪い意味での有名人だったのだ。
ただそれでも向き合わないといけない。それがトラウマだったとしても。
そのトラウマから逃げ出す事ができないのだったなら。
逃げれないなら向き合って闘う以外の選択肢がなかった。
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