車中での出来事

訓練を終え、いよいよ交流戦の日が近づいてきた。前日の事だった。


「えー。これからヒューリッツ魔法学院の方に移動します。付き添いの学院長であるヴィルヘミアです」


 学院長は言う。


「それから二年Bクラス担任のクリスです」


 そうクリス先生は言う。


「これからこのワゴン車で移動します」


 そう言ってワゴン車を説明する。このワゴン車は魔法の力で動くマジカルカーである。ガソリンいらずの夢のような車である。魔法って便利。

 マジカル飛行機もあるが、やはり値段が高いので学生の移動にはこれで十分である。


「まあ、とにかく頑張ってくれ。我が校の威信をかけてだな。まあその事はまた実際に試合が始まる前に言おう。ちなみに監督的な立場も私が担当する。作戦でわからない事があったら遠慮なく言ってくれ」

「はあ……」


 気のない返事をするトール。


「さて。それじゃあ、遅刻している者はいないな」


 ヴィル学院長はそう言って数を数える。


「ひいふうみい。よしよし。私を含め七人揃っている。こんなところで余計な時間を使っている場合ではないからな。さて出発だ」


 何のボケもなく、七人はワゴン車に乗り込んだ。いちいち遅刻ネタで無駄に時間を使う必要もなかったのだ。何のボケもなく皆は集合場所である学院の校門まで集まった。

 

 

 ちなみにではあるが運転はクリス先生が担当している。ヴィル学院長は助手席だ。


「……はい。トール様、あーん」

 

 リュミはトールにお菓子を食べさせようとしてくる。


「あーん……って、お菓子くらい自分で食べられるよ」

「リュミちゃん。今は観光旅行に行っているのではないわよ。学院の威信をかけた名誉ある戦いに向かっているの。少しは弁えなさい」


クレアは言う。ドスが聞いた声だ。内心羨ましくて自分がしたいところを必死に我慢している。それをリュミが平然とやってきているのでイラついているのだ


「……わかりましたわ。ねえ、トール様、これが終わったら慰労という事でどこか旅行にでも行きません? 勿論、二人っきりで」リュミは言ってくる。

「旅行に行くのは賛成だけど二人っきりは聞き捨てならないわよ。リュミ」と、フィルがドスの効いた声で言う。

「ええ。そうよ。それになぜ五人で協力して闘うのに慰労旅行に行くのがリュミとトール君の二人だけなの? おかしいと思わない?」


 クレアは言う。


「うっ、それもそうですわね」

「あなた、抜け駆けしすぎなのよ。私の妹じゃなければ死んでいたところよ」


 クレアは冷たい声で言う。


「お、恐ろしいですわ。クレアお姉様のお顔が」


 リュミは戦いた。


「はぁ~、いいな~、青春って感じで。若いっていいな~」


 ヴィルは項垂れつつ言う。


「なぁ、トール君、一人でいいから分けてくれないか? 誰かおじさんでも良いって人はいないのか」

「僕に言われても困ります」


 そんな分けるって物じゃないんだから。


「というか、学院長って独身なんですか?」


 ランスが聞く。確かに不思議だった。ヴィルはハンサムな顔立ちをしているに史上最年少での剣聖の称号をランスに抜かれるまで持っていた剣の天才でもある。

 さらには社会的地位も高い。モテない要素がひとつとしてないのだ。


「まあ、私もイケメンだし。剣の天才だったし。浮いた話には事欠かなかったよ」


 ヴィルは言う。


「へぇ。なら何でですか? 選べすぎて選べなかったとかいう奴ですか」

「……そうではないんだが。昔大恋愛をした相手がいてね。彼女となら結婚していいと思ってたよ」

 だが、結婚していないという事は、その恋は実らなかったという事を示しているのかもしれない。

「へぇ~。それでどうしたんですの?」

「彼女には遠いところに旅立たれたよ」

「へぇ~。別の国にいかれたんですの?」

「違うさ。もっと遠いところさ」


 ヴィルは寂しげに言う。それで何となく察してしまった。この話はもっとシリアスな話なのだろう。あまり触れない方が安全だった。


「それからは私も恋に夢中になれなくてね。独身のままさ。まあ、今でも良い人がいれば結婚したいとは思っているんだが。はぁ、トール君が羨ましいよ。私も誰かと熱烈な恋に落ちてみたいものだ」

「学院長?」

「なんだい。クリス君」

「すぐ隣に、彼女達よりずっと結婚の期限(リミット)が迫っていて、婚期を逃しそうになっていて焦っている女性がいるのですが」

「ん? そ、そうか」

「若い女性に男性が夢中になるのはわかりますが、もう少し視野を広げ、現実的な選択肢を考えるのが良いかと思いますが、いかがでしょうか?」


 っていうか、クリス先生って何歳なんだろうな、とトールは思った。多分30になっていないくらいだと思うが。女性って綺麗でも意外と年いっている事もあるし。

 ヴィルの過去話と同じく、クリスの年齢を聞くのは地雷を踏みに行くような行為でもあるのであえて聞く気はなかった。


「ははっ。考えておくよ」

「はい。是非ご検討の程よろしくお願いします」


 怖い笑みのまま言う。


「君はもう少し自然と笑った方がいいよ。それじゃ男が寄ってこない。だってもうすぐーー」


 キィィィィィ! 

 強烈なブレーキからワゴン車がドリフトをし出した。


「な! なんだ!」

「す、すみません。どうやら路面が凍結しているようでスリップするようです」


 嘘だろう。明らかにブレーキを踏んでハンドルを切ってわざと車体を揺らした以外にない。 ヴィルは地雷を踏もうとしているのだ。当然のように学院長である彼は教職員の個人情報をしっていた。年齢だって知っている事だろう。 


「そ、そうか。凍結しているのか、これは怖いな。魔法学院に辿り着くまでに交通事故で死んではかなわない」

「はい。だからお言葉には十分気をつけた方がいいですよ。学院長」


 クリス先生は怖い笑みを浮かべる。

 何となくクリス先生が美人なのに結婚できない理由がわかった気がする、そんな一幕だった。

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