魔法学院理事長室での出来事

 ヒューリッツ魔法学院での出来事だった。


「カール・アルカード君」

「はい」


 カールは魔法学院学院長に呼び出される。眼鏡をかけた初老の男性だ。名をトーマス・アルヴァニアと言う。


「いかがされました? 学院長」


 学院長トーマスはカールに言う。


「来月開催される交流戦の事だ」

「あっ、ああ。アルドノヴァという王国の剣士学院とのですよね」

「そうだ。それについてだが、こちらのメンバーが決まったのと、それともうひとつ。相手校の出場選手のリストが届いた。それを君に渡しておこう」


 そう言って一枚の紙切れをトーマスはカールに渡した。


「なになに……」


 カールはそれに目を通す。名前が列挙されていた。下の四人はわかる。

 王国の王族連中だ。特に長兄ランスロットの才は剣とは無関係の魔法学院の方まで聞こえてくるくらいだ。

 だが、その王族四人の上にひとつだけ見覚えのある名前があった。

 トール・アルカード、という名だ。

 見覚えがあって当たり前だった。魔法学院を退学になったあの日以来顔を会わせていない、自らの実兄の名と同姓同名なのである。

 一瞬、何かの間違いかと思った。あるいは同姓同名の別人か。

 だが、もうひとつ可能性があった。兄が剣士学院に入学しており、この交流戦に出場できるだけの剣の才を持ち合わせていたという事である。

 まさかである。あれほど魔法の才を持ち合わせていなかった兄がそれでも剣の才を持ちあわせていたのか。

 リストには名前と学年しか書いていない。トールと同じ二年生だという事がわかった。

 可能性としてはありうるが写真がない為、断言まではできない。トーマス学院長に聞いてみればわかるかもしれない。だが、あえて無駄な質問はしないでもよかろう。

 然るべき時が来ればおのずと顔を会わせるのだ。だからカールはその手間を省いた。


「……それともうひとつ、こちらが当校の選抜選手のリストだ」


 トーマスにもう一枚のリストが手渡される。

 当然のようにそこにはカールの名が書いてあったが、もう一人見慣れた名前があった。

 少女の名である。

 シャロン・マーガレット。

 マーガレット家はアルカード家と同じく、魔法使いの名家として有名な家である。

 当然そこの令嬢という事になっていた。

 だが、カールにとってはそれだけではなかった。この件に関してはすぐ後に触れる事になる。


「何か質問はあるかね?」

「特にはありません」

「王国から剣士を何人か借りてこよう。彼らを相手校の選手に見たて、これから模擬戦を行っていく予定だ」


 トーマスは言う。


「そうですか」

「それではカール君。君は我が校始まって以来の天才魔法使いとして、また交流戦のリーダーとして皆を率いてくれたえ」

「ええ。僕が必ずこのヒューリッツ魔法学院を勝利に導きます」

「うむ。健闘を祈っているぞ」

「はい」


 こうして、学院長室での用事は済んだ。




 学院長室から出てきた時の事だった。


「カール!」


 一人の少女が走り寄ってきた。整った顔達、流れるような美しい髪、そして白い肌。天からありとらゆる美を授けられた妖精のような美少女。

 それが彼女、シャロン・マーガレットである。


「どこいってたのよ! 私探してたんだから」


 シャロンはカールに抱きついてくる。良い匂いがする。やはり女は良い。美しければ尚更の事である。


「ああ。すまない。学院長室で用事を済ませていたんだ」

「用事?」

「シャロンも交流戦の出場選手に選ばれていただろう? その関係だよ」

「あー。うん。そうそう、私も選ばれてたんだ。忘れてた」

「おいおい。忘れるなよ。君も出場選手だろう」

「誰がいたって関係ないよ。だってカールがいれば楽勝だもん」


 頬ずりをしてくる。


「やめろ、誰か見てるかもしれない」

「いいじゃない。私達学院公認のベストカップルなんだから」


 シャロンは言う。カールとシャロンは交際をしていた。魔法の天才であり、美形のカールは数多の女性からアプローチを受けていた。その中を勝ち抜いたのがシャロンだったのだ。

 つくづくカールは自身に天才的な魔法の才があって良かったと思った。

 こんな美しい女と付き合える。当然、身体を重ねる事だってできる。それに彼女は美しいだけではない。魔法使いの名家の令嬢だ。つまりはアルカード家の繁栄も備えた、これ以上ないという優良物件である。それはお互いにとって同じ事だ。

 天秤が釣り合っていなければ関係は長続きしない。


「それでもやめろ。必要以上にいちゃつくと僻む奴も出てくるぞ」


 モテない奴の嫉妬とは恐ろしい。ただ幸福にしているだけでも、それを嫌味と取り苛烈な嫌がらせをしている事があるのだ。


「はーい。わかったよカール」


 シャロンは笑みを浮かべる。


「じゃあ、続きは二人っきりの時ね」

「ああ。わかったよ」


 カールも笑みを浮かべる。カールの唯一の脛の傷は愚兄であるトールの事であったが、トールが退学になって心から良かったと思った。あんなのでも立場上実兄である事には変わりがない。だから兄が落ちこぼれている最中は自分の評価まで落ちるのではないかと内心怯えていた。だが、退学になり、この魔法学院を去った事で心置きなくシャロンと交際できるようになったのだ。兄を退学にさせてくれた学院長には感謝してもしきれないくらいだ。

 こうしてカールの唯一の弱点(ウィークポイント)である兄、トールの存在が抹消できたのだ。こうして完璧無比な魔法の天才として、順調な学院生活を送っていたのだ。

 その後の人生もカールは考えている。卒業後に宮廷魔法使いとなり、そして高額の年棒を得る。そしてシャロンと結婚して幸福な家庭を築くのだ。子供は出来るだけ多く欲しかった。 だって優秀な僕達の子だ。優秀な子が生まれるに決まっている。カールはそう思っていた。 そしてその風呂敷はカールならかなり高い確率で実現できる、夢とも言えない現実的な路線だった。カールはただただ順調に思い描いていた人生を歩んでいる。それだけの事だった。


「じゃあ、そろそろ行こうか、シャロン」

「うん」


 カールはシャロンと歩き出す。カールは敢えて対戦校の剣士学院のリストの事には触れなかった。兄、トール・アルカードと同姓同名の名がそこにあったという事。

 言っても仕方ない事だし、楽しい話題でもなかったからだ。

 もし本当に兄本人だったとして。それでもカールが負ける事は考えもしなかった。自身が魔法学院始まって以来の天才であり、圧倒的なまでの魔法の才がある事を自負しているからだ。

 あのリストの名が兄だとして、兄が相当に剣の才を持っていて、培っていたとしても。

 だからと言って、カールが負ける事などあり得ない、そう思っていた。


(もし兄だったとして、それがなんだ。僕が負けるはずがないじゃないか。もし戦場(いくさば)で巡り会ったとしたらその時は)


 カールは嗜虐的な笑みを浮かべる。


(僕の魔法でボコボコにして、地べたを這いつくばらせてやるよ。それで僕の足を舐めさせるんだ。許してくださいって、命乞いをさせてやる。あっはっはっはっはっはっは! あっっはっはっはっはっはっは!)


 内心でカールは哄笑をしていた。

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