リュミエールとのデート後編

前にフィルの下着を買いに否応なく婦人服売り場に来た事があるがまさか二度目があるとは思っていなかった。それもフィルの妹であるリュミの付き添いである。

 トールは試着室の前で待つ。周囲の視線が痛い。女性用のランジェリーショップな為当然のように来客は女性ばかりである。だが男性禁止というわけではないだろう。女子トイレや更衣室ではないのだから。恋人の付き添いで来ている場合もあるだろう。

 恐らく周りはそういう目で見ている事であろう。


「トール様」


 試着室からリュミが顔を出す。


「来てくださいませ」

「え?」

「いいから中に入ってきてくださいませ!」


 強引に試着室の中に引っ張り込まれる。カーテンと鏡しか存在しない狭苦しい空間にリュミと二人きりで閉じ込められる。

 当然のようにリュミは下着を着ていた。白い下着である。白いパンツに白いブラ、それからガーターベルトのようなものを着ている。ガーターベルトを着ると少し大人びた印象を受けた。これが黒だったら余計にそう思うだろうが、白だったので清純な印象を受ける。


「なんで僕を中に」

「なんでって下着姿の感想を言って貰う為に決まっているではないですか。その為にトール様とここにきたのです」


 トールからすればリュミが下着を身につけてくれるなら正直何でもよかったのだが。


「いかがですか? トール様」

「いいんじゃないかな」


 トールは視線を泳がせる。道徳的に見るのはよくないと思ってしまう。


「むーっ! ちゃんと見てないではないですか! ちゃんと見た上で感想を言ってください!」


 顔を向けられる。否応なく見えてしまう。リュミは顔を赤くして聞く。


「いかがですか?」

「あっ、いいよ。か、可愛くて」

「可愛いなんて。素直な方なんですから」


 リュミはさらに顔を赤くする。


「ではーー」

「うわっ!」

「? どうされたのですか?」


 リュミは躊躇いなく下着を脱ぎ始めた。トールは罪悪感から後ろを向く。


「僕、後ろ向いているから」

「はあ、そうですか」


 リュミは躊躇わず着替えを続ける。下着を着替える。つまりは全裸になるという事だ。

 後ろには着替え中のリュミがいる。少しでも後ろを見れば見える。というか、別に覗き見ても怒りはしないだろう。恥ずかしそうに顔を赤く染めるかもしれないが。それくらいだ。特別批難する事もないだろう。

 その時だった。

 ドンガラバッシャン、と音がした。何かの倒れる音だ。


「なんだか、騒がしいですわね。何かあったのでしょうか」

「さあ」


 子供でも暴れ回っているのか、何なのか。まあ、トールには心当たりがいくつかあったが、今は放っておこう。


「これはどうですか? さっきとは違って、少し攻めてみたのですが」


 黒い下着だった。だが極端に布面積が小さい。胸の突起、それから股間を辛うじて隠してはいる。リュミは一回転する。見せつけるように。ヒモだった。ヒモがお尻に食い込み、尻が丸見えに近かった。

 トールの顔は赤くなる。


「ん? どうなされましたの? トール様。顔が赤いですわ。風邪でもひかれているんですの?」

「そんなわけはない。断じて」

「そうですの。それでいかがですの? 私の下着姿は」

「い、いいんじゃないかな」


 トールは目を泳がせる。極力見ないようにしていた。


「ですから、ちゃんと見てくださいませ!」


 そう、リュミは顔を向かせようとする。

 その時だった。騒音がさらに大きくなる。


「お姉ちゃん! 落ち着いて!」

「い、妹に! 先を越されるなんて!妹がお姉ちゃんより先に大人になるなんて言語道断です!」

「お、落ち着けってクレア!」

「これが落ち着いてられますか! このままじゃ売れ残りって言われるようになるわ!」

「なんなんでしょう。騒々しいですわ」

「はぁ……」


 トールは溜息をついた。せめて尾行をするならもっと静かに。尾行に徹して欲しいと思った。



 一方その頃。フィル達の事である。

 ランジェリーショップの中に入ったトールとリュミを物影から伺う。リュミが試着室にトールを強引に連れ込んだ。

 試着室の中は誰も見えない、完全なるプライベートな空間だ。

 当然、色々と想像が膨らんでしまう。


「ま、まさか! あの中で!」


 クレアは想像をした。


「だ、だめですわ。トール様、こんなカーテン一枚しかない部屋の中で」

「リュミが声を出さなかったら済むだけの問題だよ」

「だ、だめですわ、トール様。そんなに激しくされたら、思わず声が。あっ! も、漏れてしまいますわ! 皆さんに聞こえてしまいます」

「だめだぞ、リュミ。声を出したらお仕置きだ」

「そ、そんな殺生な。あっ! ああーーーーーーーーーーー!」


 あくまでもクレアの想像である。


「許せないわ! そんな事!」

「お姉ちゃん、やめて。店の中よ」

「あっ」


 クレアは勢いあまって商品棚を倒す。

 ドンガラバッシャン、けたたましい音がした。店からすれば良い迷惑であろう。


「す、すみません」


 フィルは謝る。だが、クレアの暴走は止まらない。


「お姉ちゃん! 落ち着いて!」

「い、妹に! 先を越されるなんて!妹がお姉ちゃんより先に大人になるなんて言語道断です!」

「お、落ち着けってクレア!」

「これが落ち着いてられますか! このままじゃ売れ残りって言われるようになるわ!」


 これが騒音の正体であった。

 何とかランスとフィルの二人がかりでクレアをなだめ、店員に平謝りをし、何とかその場から撤退した。


 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだった。ショッピングモールでのデートも終わる。夕暮れ時になっていた。


「そろそろ帰ろうか、リュミ」

「えー」


 リュミは不満げに表情を歪める。


「私、今日はもう帰りたくないですわ。夜はこれからだというのに」

「だめだ。僕たちは学生だよ。そういう事は大人になってからだ」

「ぶー。トール様は真面目ですのね」

「それにフィル達も心配しているぞ。きっと」

「お姉様達がしているのはきっと別の心配ですわ。私の貞操の心配などしておりません。仕方がありませんわ」

 リュミは溜息をついた。どうやら諦めたようだ。


「では、最後に。お姫様が夢から醒める為の儀式を。んーっ」


 リュミは目を閉じて唇を突き出した。


「な、なんだ?」

「ですから、王子様の優しいキスでお姫様は眠りから醒めるのです。お伽噺なんかでよくある設定じゃないですか」


 何を言っているのかよくわからないが、要するにキスをしろという事だろう。


「はぁ……」


 トールは溜息をついた。ほっぺたでいいよな。

 唇を近づけていく。


「ほっぺたにするなんてチキンな真似しないでくださいませ」


 リュミの先制攻撃だった。釘を刺された。


「くっ」


 文化の違いによってはキスなんて友達同士でもするし、ただの挨拶の場合もある。それだけの事だ。これは何でもない。そういった類いのキスだ。トールは無理矢理に自分を納得させた。唇を近づけていく。

 そんな時の事だった。

 ゴミ箱が盛大に倒される。


「お姉ちゃん! 落ち着いて!」

「落ち着いてられますか! 私がキスもまだなのに妹に先を越されるなんて! 売れ残りって言われる!」

「落ち着かないか! クレア!」


 もはや完全にバレていた。


「何をやってるんですの? お姉様方」


 リュミは半目で言う。


「ははっ、リュミ、偶然だな」


 ランスが言う。


「偶然でこんなところにいますの?」

「そう、偶然なの。偶然あたし達も暇してて、偶然このショッピングモールに」


 フィルは言う。かなり強引で不自然の塊みたいな言い訳だった。


「トール君。試着室の事よ! 聞きたい事があるわ!」


 クレアはトールにくってかかる。


「試着室?」

「ランジェリーショップの試着室の事。リュミと入ったじゃない!」


 もはやクレアは隠す気は毛頭なかった。


「クレアそれ以上はやめろ! 尾行してたのがバレるじゃないか!」


 ランスは言う。むしろそこで止めていたら尾行していたのがバレないとでも思ったのか。


「やっぱり尾行してたんですのね」


 リュミは半目で言う。


「し、しまった!」


 ランスは墓穴を掘った。しかしもはやクレアはそんな事どうでもよかったのだ。


「あの時、リュミと試着室で二人で何をしていたの? もう二人は大人の階段を昇ってしまったの?」

「大人の階段?」

「その、なんていうのかしら、あれよ。おしべとめしべが。ああっ! まだるっこい! そういう経験を二人で済ませたのかって聞いているのよ!」


 クレアは言う。流石にトールも理解した。


「したわけないじゃないですか」

「本当?」

「本当ですよ」

「じゃあ、試着室に入って二人で何をしていたの?」

「そ、それは」


 どう答えるかトールは迷った。


「正直に言って、トール君」


 クレアは強い目で言う。


「それは……えーと。リュミが下着の感想を聞きたいっていうから、リュミの下着姿に感想を」

「それだけ?」

「え、ええ。それだけです」

「はぁ……なんだ。リュミの下着姿に感想を言ってただけかー 驚いたわ」

 クレアは溜息をつく。そして気づく。

「下着姿に感想って……それはそれで相当に大問題だわ!」

「え、ええっと。それを言われると身も蓋もない」


 トールは言葉を濁す。


「はぁ……今日は疲れた」


 トールは溜息を吐く。


「今度は皆で来ましょう」


 というか、どうせ来ているなら皆で遊べば良かった。もっともそうなるとリュミは不満だったかもしれない。二人で遊ぶという約束だったからだ。


「なんでですの?」そうリュミは聞く。

「皆と一緒ならそれはそれで楽しいじゃないですか」

 

 トールは笑った。それにその方が気楽そうだ。女の子と二人っきりというのは気疲れする。 

「そうね。今度は皆で来ましょう」

  


 フィルは言う。


「ああ。皆一緒ならきっと楽しかっただろうな」

  

 ランスは言う。


「ええ、今度はそうしましょう。そうすればこんなに気疲れする事もなかったわ」

 

 クレアはくたびれていた。


「ええーーーーー! 私はトール様と二人きりでよかったのに」


 リュミは不満げに漏らした。

 こうしてリュミと二人で過ごした一日は終わりを告げる。

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