パーティー会場での出来事 後編

「トール」

「ん? フィル?」

 

 カールと別れたフィルはトールのところにいった。


「あたし色々弟さん、カールさんからお話聞かせて貰ったの」

「そうか……それでどう思ったの?」

「別に……色々大変なところを乗り越えてきたんだな、って尊敬したわ。あたしは苦労をあまりした事がないから」

「苦労ならしているだろ。王族だって苦労はあるだろ」

「けどあなたのような挫折をあたしを味わった事がない」

「挫折を味合わない方が幸せだと思うけどな」

「そんな事ない。その挫折もきっとトールの強さの秘密だと思うから。あたしは」

「正直不安だったんだ」

「え?」

「僕が魔法の才能がなくて、魔法学院を退学になって、逃げるようにして剣の道に進むようになって。そんな恥ずかしい過去を話したら、皆との関係が壊れるんじゃないか、って。だからあまり言いたくなかった。隠してたわけじゃないんだ。けど結果としては隠してたって事になるかもしれないな。フィルも皆も、信用してなかったと受け取られても仕方がないよ」

「そんな事ない。仲が良くても、言いたくないことや隠したい事のひとつやふたつあるじゃない。なにも全部オープンにする事なんてないよ。それで良好な関係が続けられるなら、それは相手を思っての言動なんじゃないかな」

「そう言って貰えると助かるよ」


 トールは言う。思っていたより何もなく再会が済んだ事にトールは胸をなで下ろす。

 トラブルはできるだけ避けたかった。

 しかし、トラブルは別方向からやってきた。そう、大人達の事である。


「よーし! じゃんじゃん酒持ってこい!」と、ヴィル学院長。

「はははっ! いいぞ! もっと! もっと酒持ってこい! もうじゃんじゃん!」と、クリス先生。

「はっ、ただいま」


 ヴィルとクリスはひたすらに酒を飲んではしゃいでいた。


「大人ってなに?」


 フィルは聞く。


「あれも大人の一面だよ、フィル」


 トールは言う。


「あんな大人にはなりたくないわ」

「反面教師としては優秀だね」


 溜息交じりに二人は言う


「ほら! クリス先生、いっき! いっき!」と、ヴィル学院長。

「ぐびぐびぐびっ、ぷはーーーーーーーっ! 生き返る! 結婚が何よ! 女の価値は年齢じゃないわ!」


 ストレスが溜まっているのだろう。クリス先生はやけ酒していた。


「お二人とも、飲み過ぎではないですかね。明日は交流戦なのですよ」


 トーマスは心配な顔をしていた。


「こ、これは交流パーティーを試合後にするべきだったかな」


 スケジュールを組んだトーマスは後悔していた。


「いえ、トーマス学院長の責任ではありません。これは駄目な大人達の責任でしょう」


 そう、ランスは言った。


「そうですか。そう言われると助かります」


 トーマスは胸をなで下ろす。

 こうして交流会は終わり、そしてトール達は自室に進んでいった。


「ぐひぃ! 飲んだ飲んだ! ぐひぃ!」

 ぐでん、ぐでんになったクリス先生。

「ぐははっ。クリス先生、飲み過ぎですぞ」

「大丈夫ですか。お二人方、付き添いをしなくても」

「大丈夫、大丈夫ーーーー! 私達二人で部屋に帰れますんで、二人は隣同士ですし、ぐひぃ! げぷっ!」


 ヴィル学院長は汚らしくゲップをした。どんなハンサムでも泥酔してゲップをすれば魅力八割減である。


「本当に大丈夫でしょうか」


 二人は千鳥足でホテルの自室へ向かっていった。


「すみません、トーマス学院長」


 ランスは謝る。


「引率者を除けば最長齢の僕が謝らせて頂きます。駄目な教員達ですみません」

「いえいえ。なぜ学生であるあなたが謝るのですか。大人が見本を見せなければならないのにあれでは」

「全くその通りです。ですが、反面教師としてはあれ以上の教師はいないかもしれません」

「おっしゃる通りです。ええ」

 トーマスは顔を顰め、頷く。



 朝になった時の事だった。チュンチュン。小鳥のさえずりが聞こえてくる。


「朝か……」


 がばっ。

 ヴィル学院長は目を覚ます。そこはホテルのベッドだった。


「ううっ、頭が痛い。二日酔いだな、飲み過ぎた」


 その時、気づいた、自分が何も衣類を身につけていないという事に。


「……うっ、ううっ、うん」

 

その時、気づいた。ベッドの隣にいるもう一人の存在に。それは全裸のクリス先生である。 彼女は恥ずかしげもなくその豊満で形の良い乳房を晒していた。


「こ、これは……、なぜこんな事に」


 ヴィル学院長は思い出す。そうだ、あの時俺達は酔っていて、それで一緒の部屋に入ったんだ。

 そしたらいきなりクリスが脱ぎだして、俺の服を脱がしてきた。そうだった。

 それで酔っていたから自制が効かなかったのだ。クリスに女としての魅力がないわけではないから。

 そしたらクリスが顔を赤くして、「ヴィル学院長、初めてなので優しくお願いします」とか言ってきて、流石にまさかこんな年まで処女だったとは思わなかったので驚いた。

 この女、まさか男と付き合った事もなかったのか。

 それで朝まで夢中になって行為をしていた。

 避妊はしただろうか。した記憶がない。まずい。これは何かとまずい。

 これは計略だ。この売れ残り(女)の計略。ハメられた。間違いない。どこからが計算だ。最初からか。どうもこいつはやけに俺に酒を進めると思っていたが、こういう事か。

 どこの学院長が学院の行事中に部下の女教師と肉体関係を持つんだ。

 バレたら大変な事になるぞ。そこまでこの女は計算していたのか。全ては私(ヴィル学院長)をハメる為の罠! 何という策士!


「……ううっ、ヴィル学院長……おはようございます」

「ああ。おはよう、クリス君、これは現実だよな。夢の続きじゃないよな」

「何を言っているんですか、学院長。昨夜はあんなに熱烈に私の身体を求めてきたじゃないですか。現実に決まってます」

「そうだったな」

「ヴィル学院長、学院の行事中に学院長が部下の教師と肉体関係を持つって問題だと思うんですよ」

「あ、ああ。そうだな。問題だな」

「黙っていて欲しいですか?」


 面倒だ。このまま捨てたらこの女どうなるか。まず間違いなくヴィル学院長にヤり捨てされたとか悪評を言い回すだろうし。上層部に報告して学院長の地位を危うくさせるかもしれない。何せよスキャンダルが表沙汰になるのは避けたかった。


「あ、ああ。黙っていて欲しいな。この事は二人だけの秘密に」

「だったら、わかってますよね。ヴィル学院長、だから」

「あ、ああ。わかってる。わかってるよ。責任を取ればいいんだろう」

「はい。是非責任を取ってくださいね」

「はぁ……」


 ヴィルは溜息を吐いた。ハメられたなぁ、と思う。無論ハメたのは自分だが、いやらしい意味では。罠にハメられたのは自分である。

 窓から青空を見上げる。

 ローレンシア。

 学生時代の想い人の名。学生時代にレイと恋敵として競いあった想い人の名である。

 今は彼女はこの世にはいない。病気で亡くなったのである。

 彼女とした恋の影響でヴィルがその後結婚する事はなかった。だが自分ももう30代だ。

 選び放題の立場からなぜ売れ残り(クリス)を選ばなければならなかったのかは疑問ではあったが、これも決められた運命だと思って諦めよう。

 ローレンシア。

 君は僕が結婚すると知ったらどう思うだろうか。まあ、彼女なら僕の幸せを願うだろう。

 ヴィルはそう思っていた。


「ふんふふーん♪」


 隣でニコニコ顔になっているクリスを見て、果たしてこの女が女房で幸せになれるのかは甚だ疑問ではあった。尻に敷かれるかもしれないし、寄生されるかもしれない。

「はぁ……」


 溜息が尽きないヴィルであった。


「挙式はいつにしますか?」

「まだ籍も入れてないだろう」

「そうですね。気が早いですよね。やっぱり白いウエディングドレスは女の憧れなんですよ!」

「昨日酔ってる時、結婚は女の幸せじゃないとか連呼してなかったか?」

「あれは結婚が手に入らない女のやっかみなんですよ!」

 

 結婚予定のない未婚女性からのヘイトがすごそうな事をクリスは平然と言ってきた。


「手に入ったと見るや手のひらを返してきたな。これだから女は」


 ヴィルはため息をつく。


「まずは両親に顔みせが先だろう。君の両親は大丈夫ですか?」

「ヴィル学院長なら問題ないですよ。だってハンサムですし社会的地位も高いですから」

「だろうな……私の方はまあ、何とかするよ。反対されるかもしれないが」

「ええ! なんでですか! 私って良い女ですよ!」

「良い女がそんな年まで処女のまま残ってるのか!」

「う、うるさいです! 処女には価値があるんです! 大事に守ってきたんです!」

 

 クリスは怒り始める。

 はぁ……まあいいかと思う。死んだ人間はどれだけ想っても生き返りはしないんだ。ローレンシアとは全く性格の異なる人間ではあるが、それでもクリスなりの魅力がある事だろう。 前途は多難ではあるがこれも運命として諦めるより他にない。

 それよりも時間だ。時計を見る。


「……やばっ。時間だ。急がないと交流戦に間に合わない」

「そ、そうでした。そうですね」


 泥酔した挙げ句、教員同士で夜通しセックスをして、その後遅刻するなんてあまりにやばい事だった。大人失格というか、社会人としてというか、まず人としてやばいだろう。

 二人は慌ててベッドから飛び起き、シャワーも浴びずに身支度を始めた。

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