それからの事

それからの事だった。王位継承戦は行われはした。だが、王位に相応しいのは誰かは決まっていた。結局、三人姉妹は王位継承戦を辞退した。

 魔人に取り憑かれなくなったランスには何の不足もなかったのである。だから実質的には王位の継承戦は行われなかったと言っても過言ではない。

 こうしてランスロットは国王としての王位を先代の王、父パーシヴァルから引き継いだ。

 学院を卒業後はそのまま王としての責務を果たすつもりであるそうだ。


「今回は君に助けられたね」

 

 誰も居ない草原でトールはランスと会っていた。トールとの闘いでかなりの負傷を負ったランスは驚異的な回復力もあるが、それでもまだ満足には闘えないらしい。

 魔人もいなくなり、剣爛武闘大会も終わっている。故にしばらくは休養し、怪我の治療に専念するそうだ。


「別に……大した事はしてないですよ」

「これまでの行いを大した事ないと思えるのは君だけだよ」

 

 ランスは笑った。


「本当は妹のうち誰か一人でも娶って貰って君には本当の弟になって貰いたいんだけど、君にその気はないかい?」


 ランスはそう訊いてくる。


「え?」

「君に力は王国に必要なのかもしれない。その力、王国の繁栄と平定の為に活かしてみる気はないかい? 幸い妹達もまた君に好意を抱いている」


 トールは悩んだ。悩んだ末に解答を出す。


「いえ、遠慮しておきます」


 何となく、それが正しい気がした。胸騒ぎがする。まだきっと。もっと大きな混乱が起こる。その時の為に、師匠であるレイは自分に広い世界を見せたかったのではないか。そういう意図で下山させのかもしれない


「そうか。君はこの王国は狭すぎるのかもしれない。君の力はもっと大きな事に使うべきだと感じていた。だから、その結論は仕方ないよ」

 

 残念そうではあるが、そうランスは笑っていた。


「おっと。お姫様が来たようだ。僕は席を外すとするよ」


 ランスはそう言って、どこかに消えていった。ランスに代わってフィルが姿を現す。


「トール……ランス兄と何を話していたの?」

  

 フィルの質問に対して言葉を濁すべきか、濁さないべきかトールは一瞬悩んだ。悩んだ結果濁さない事を選ぶ。


「君たち三姉妹のうち、誰か一人を娶って弟になって欲しいって言われたよ。そして王国の為に力を貸して欲しいって」

「それで、なんて言ったの?」

「断ったよ」

「なんで?」

「ベリアルと闘って気づいたよ。世界には魔人がまだいるんだ。そして魔王の存在も気になる。それを放っておいて、一国に留まるのは危険かもしれないと僕は思ったんだ。僕の力はもっと広く使われるべきだって、感じたんだ」

「……そう」


 フィルは複雑な表情になる。


「それにもうフィルが身を犠牲にして、別に好きでもない僕と結婚しようなんて企てなくてもいいんだ。ランスは元のランスに戻ったんだし。だからもっと君は自分を大切に、もっと自由に生きて良いんだよ」

「そんな事ない!」


 フィルは叫んだ。


「トールの事好きじゃないとか、結婚したくないのに、国の未来の為に無理矢理結婚しようとしたとか、そんな事絶対にない!」


 フィルは叫ぶ。そのフィルの顔は赤くなっていた。恥ずかしいからなのか。その表情は。


「え?」


「嫌いじゃない。絶対に。それだけは信じて」

 

 フィルは顔を赤くして言う。では「好きか?」と訊かれたらどう答えるのか彼女は。それほど好きではないと答えるのか。あるいは「ライクだけどラブじゃない」などと答えるのか。 それとも好きだと答えるのか。好きだとしてもそれは友達として好きなのか。あるいは恋人になりたいのか。いくつもの可能性があった。


「そうか。僕は嫌われてはなかったのか。よかったよ」


 トールは笑みを浮かべる。今後二人の関係がどうなるかは彼自身にも、フィルにもわからない事ではあった。だけど今後彼女と友達以上の関係になる事もあるのかもしれない。

 そう思うトールであった。

 時計の針は進む。決して戻る事はない。時は流れる。そして世界はより大きな混乱に巻き込まれていくのであった。


 王国から遥か北方の遠方にある魔法学院。ヒューリッツ魔法学院。王国エルテアにある魔法学院であり、そして元々はトールの通っていた魔法学院である。

 その魔法学院に教室で授業を受けている一人の少年がいた。トールによく似た見た目をした少年カールである。

 双子なので当然その容姿は似ていた。一応は一卵性双生児である。なぜ自分と違って兄(トール)が魔法の才を授からなかったのか、カールにもわからない事だった。

 カールにとっては低次元すぎる魔法の授業は些か退屈であった。思わず欠伸が出てくる。

 そういえば今から一年ほど前に魔法学院を退学になった一族の恥と言ってもいい愚兄は何をしているのか。

 やはりショックから自殺しているのか。自分が兄の立場だったらそうしていたかもしれない。

 実家は兄のような無能を決して受け入れはしないだろう。魔法学院で居場所のなくなった彼は世界中のどこにも居場所なんてないと思われた。

 けどもし生きているのなら、また出会う事もあるのかもしれない。

 その時なんて言えばいいのか。カールにはわからなかった。

 ただ生きていたとしてもろくな人生は歩んでいないだろう。二人の人生が交わる事はない。 魔法の才能の有無でこうまで人生がずれてしまうとは思っていなかった。

 そしてカールは兄と同じ立場にならなくて本当によかったと胸をなで下ろす。

 窓辺から青い空を眺めつつ、もしかしたら愚兄(トール)も同じ空をどこかで見ているのかも知れないと思い。

 そしてそのうちに愚兄(トール)の事を忘れ去り、考えないようになった。

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