魔人ベリアル
それは王位継承戦まで一ヶ月を切ろうとしていた時の出来事だった。
学院の屋上での出来事だった。フィルとトールは二人で会話をしていた。
正確には二人ではない。リュミとクレアはその様子を物影からじっと伺っていたの
である。
「それで話って?」
フィルは少し顔を赤くして言う。何となく雰囲気でわかった。雰囲気が重かった。何か重大な話があるんだろう。そういう予感をフィルに抱かせた。
「あたしと結婚する気になった?」
「そうではない。だけどその件に関しての話題ではある」
トールは言う。
「僕には考えられないんだ。君達の中に、良くない考えを抱いているっていう存在がいるっていう事に。皆良い人ばかりじゃないか。誰が王様になっても国を正しく導いていけるよ」
実力とか色々を考えるとランスがそうなるのかもしれない。彼は適任だと考える。自分ではそうは言ってなかったが。
「そんな事はない。ランス兄は良くない考えを抱いてはないかもしれない。けど、ランス兄は何者かに取り憑かれている可能性がある。ランス兄が王位を継承するのは良くない事かもしれない」
「取り憑かれている?」
「うん。ランス兄、時々おかしくなる時があるの。だからあたしはランス兄が怪しいと思っている。私達は実力ではランス兄には勝てない。だから間違いなく、王位継承戦の結果王位を継承する事になる。だけどあなたは違う。ランス兄に勝てる。実際に勝ったじゃない。だからあたしと結婚して王位継承戦に参加して欲しいの」
「仮に僕がフィルと結婚して王位継承戦に勝った場合、フィルが王位を継承する事になるの?」
「それは、わからない。もしかしたらトールが王位を継承する事になるかもしれない。あたしが継承する事になるかもしれない。でもそれでいいの。ランス兄に王位がいかないんだったら。それで」
「でも、何者かに取り憑かれているのが例えばフィルである可能性だってあるいえばあるよね」
「それは、そうだけど。それは好きに確かめてみればいいじゃない」
フィルは顔を赤くしてもじもじ言う。
いや、そんな身体検査で判明するものでもないだろう。そんな外的なものでもないだろう。持ち物検査でもあるまい。
よくあるだろう。自分が悪魔に取り憑かれているとは思ってなくても無意識で取り憑かれている、なんて事は。
皆が同じ気持ちなのだろう。この中に一人ババ持ちがいる。そして自分がババではない事だけは確かである。だからトールの力を得て自分が王位継承戦に勝利をしたいのだ。トールにこだわる理由が何となくわかってきた。ただ何となく気に入って好きになったとかいう感覚的な問題ではない。
「確かめようもないだろう」
トールは溜息を吐く。確かめる方法があるんだったら試してみれば良いが。身体を調べても無駄であろう。
「ともかく、僕はまだ君達のうち誰とも結婚できない」
「そう……」
フィルは残念そうに言う。
「確かに部外者であるトールを強引に王族の政事に引き込もうとしたのは強引すぎた。ごめん」
「フィルはいつも強引だよ」
トールは溜息を吐く。王族の慣習なのだろう。王族は何でも言うことが通ってきたから我が儘で強引なのだ。
「ともかく僕が言えるのはそれだけだよ」
トールは言う。それだけを言い残しその場を去った。
「フィルお姉様」
「リュミ……お姉様」
二人が姿を現す。
「覗き見なんて趣味が悪いわよ」
「きっとトール君には気取られていたわ」
クレアは言う。
「まあ、確かに」
「ふられましたわね」
そう、リュミは言う。
「ふられたっていうか……それ以前かな。誰だって利用だけされるっていうのは嫌だろうし。あたしはトールの気持ちを無視していた。王族の悪いところよね」
「フィルお姉様の我が儘さや強引さを王族一般に適用するのは些か抵抗がありますが、概ねそういう傾向があるのは間違ってはおりません」
そう、リュミは言う。
「けどどうするの。このまま王位継承戦なんてやったら、間違いなくランス君が勝つわ。私たちじゃ勝てないもの。束になっても勝てるかどうか」
クレアは言う。
「何せよランス兄が取り憑かれているとは思う。逆にランス兄以外に取り憑く意味がない。私たちじゃランス兄には勝てないから」
「まあ、そうなりますわね」
リュミは言った。
「けど何者にも気づかれず平然と王位を継承する事だけは避けたい。ランス兄の化けの皮をはがきたい。せめてそれだけはしておかないと」
フィルはそう言う。
「化けの皮って、どうやって剥ぐの?」
「命の危機まで追い詰めたり、気を失えば。多分何らかが寄生していて宿主が死ぬと自分も消滅すると仮定するとそれを防ごうとするじゃない」
「そこまでランスお兄様をわたくし達で追い詰める事ができるんでしょうか」
「そこが一番の疑問よね」
クレアは頭を悩ませる。
「とにかくやってみるしかない」
フィルは言った。
それぞれを想いを乗せて王位継承戦への幕が開かれようとしていた。
王位継承戦の当日の事だった。朝の事。ランスは王宮でハーブティーを飲んでいた。
「……んっ」
変な味のするハーブティーだった。
「これは……」
毒。それも強烈な毒だ。この家には親族とメイド達しかいないプライベートな空間でランスは完全に油断していた。
「がっ、は…………」
神経毒。でも。なんで。ランスは倒れ込む。
すると次に妹である王女の三姉妹。それからトールが現れた。
あれから三姉妹で協議した結果だった。自分達ではランスを追い詰める事すらできないであろう、という事だった。その結果、勝つには不意を打つしかないという事になった。
「なんたる不敬。そして卑怯な手段でしょうか」
リュミは嘆く。
「仕方ないじゃない。こうしないとランス兄には勝てないんだから」
フィルは言う。
「これは果たして勝利とは言えるのでしょうか」
クレアは嘆く。
「ともかく、予定通りこいつでボコるわよ」
フィルは鉄の棒を取り出した。鉄パイプのようなものだ。
ボコボコボコ。
三人で身動きの取れなくなったランスをボコっていく。
「フィルお姉様」
「なに?」
「このシーン、絵面が偉く見苦しいですわ。姉妹三人で兄一人を袋だたきにするって。これじゃ私刑(リンチ)の最中じゃないですか。なんと見苦しい光景でしょう」
リュミは言う。
「それは確かにそうだけど。こうしないとランス兄に勝てないから仕方ないのよ」
「はぁ、情けないですわ」
リュミは溜息を吐いた。
「これでもしランスお兄様に何も取り憑いていなかったら、私たちどうするのでしょう」
「その時は泣いて許して貰うわよ」
「寛大なランス君でも泣くだけじゃ許してくれないんじゃないかなぁ」
クレアは嘆く。
ボコボコ。いくら頑丈なランスでも麻痺を食らって無抵抗のままボコボコに殴られていくとHPが減っていった。
「はぁ~」
トールは溜息を吐いた。無残な光景を朝から観て気が滅入った。トールはランスから何かが出現した時の討伐を頼んでいたのだった。果たして出現するのかどうかは不明であったが。
「……ぐっううっ」
無抵抗のままランスは私刑を受け続ける。
「動かなくなりましたわね」
リュミは攻撃の手を止める。ランスが身動きひとつ取らなくなった。
「ま、まさか。死んだ?」
フィルは震える。
「もし何も取り憑いてなくてランス君死んだら取り返しがつかないよ」
クレアは嘆いた。
「ど、どうしますの。私はフィルお姉様の計画に乗っただけで。しゅ、首謀者はフィルお姉様ですわ」
リュミは嘆く。
「あ、あたしに責任の全てを押しつけないでよ」
「し、姉妹の美しい愛が。醜い罪のなすりつけ合いに。ううっ」
クレアは涙を流した。
「朝からもっとも見たくない光景を見てしまった」
トールは嘆いた。姉妹が結託し兄を殺害する殺害現場。そしてその後の醜い罪のなすりつけ合い。傍目にはそのようにしか見えないだろう。
しかし瞬間。
ぞわりとするような寒気が襲った。
「な、なんですの。この寒気は」
リュミは言う。
「この気配……間違いない。邪悪なものの気配。魔族の気配よ」
クレアは言う。
「あたしの推察は間違っていなかったんだ」
フィルはある意味安心する。だが、それと同時に状況は全く安心できないという事を理解していく。
「くっくっくっく! おいおいっ! 実の兄を袋だたきにするっていうのは一体どういう魂胆だ! ええっ!」
起き上がったランスの髪や瞳の色は元々の色ではなく、真っ黒に染まっていた。そして口調も元々のランスのものとは違う。荒々しく野蛮な口調だ。
「だ、誰だ貴様は!」
クレアは言い放つ。
「俺様は魔王様に仕える魔人ベリアルだ」
「魔人?」
「おおよっ。2000年前に魔王様と同時に滅ぼされた魔人だ。だが実際のところは本当に消失したわけではない。魔王様と同じで霊魂だけは滅ぼせずに封じられていたんだ。このガキは小さい頃に俺の封印を解いちまってな。それから長い事、共同生活を送っていたってわけさ」
「貴様の目的はなんだ?」
「この国の支配もそうだが、最終的には魔王様の復活だ。魔王様の霊魂は五つに分断して封印されている。その点、俺達よりも厳重なわけだ。既にこの国の封印は解いてあるから残り四つ。そして魔王様が復活した暁には、このちっぽけな王国を献上品として捧げるって寸法よ。このランスロットって小僧になりすまして影から支配を進めていこうと思っていた、まあいい。計画は変更だ。実力行使でこの国は征服する」
魔人ベリアルは本性を現した。
「なんでこんなべらべら喋るか、理解できているか?」
「確かにやけに喋るわね。お喋りな性格なのね」
フィルは言う。
「馬鹿め! そんな事もわからないのか。これから死ぬ奴に何を教えても一緒だからだよ!」
魔人ベリアルの闇の気が充実する。
こうして魔人ベリアルとの闘いに突入していった。ボス戦突入という感じではあった。
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