決勝戦 ランスとの闘い後編

 魔法使いの家系として最高峰の名門家系アルカード家の長男として生まれながら魔法の才能がなかったという事がトールという人間を作り出した最大のコンプレックスであった。

 生まれてからこの時まで、なぜ自分が才を受けずにこの世に生を受けたのか、何度運命の神様を呪ったかわからない。

 転機となったのは師であるレイ・クラウディウスに弟子入りをしてからだ。

 師は言った。魔法は強力ではあるが、絶対的なものではないと。

 使えない事は確かに不利である。しかしその不利は絶対に覆せない程ではない。

 何より、レイの言葉が響いていた。

「結局魔法が使えようが使えまいが、勝てばいいのよ! 大事なのは過程じゃなくて結果だぜ! がっはっはっはっはっは!」

 レイはその事を笑い飛ばした。

 自身を死の縁まで追い詰めた魔法という概念が襲いかかってくる。だが、それでも尚、トールは薄く笑った。

 もう怖くない。かつてあれほど恐れていた魔法。自分には扱えなかった概念を目の前にしても。

「タケミカヅチ!」

 師であるレイから授かった名刀、タケミカヅチ。今まで使うまでのなかったその名刀の真価を発揮する。

「参の型! 御雷(みかづち)」

 名刀タケミカヅチは数多の属性を持つ魔法剣である。より正確に言えば、魔法刀と言うべきか。

 その参の型は雷撃魔法(ライトニング)と似たような効果を持つ。

「なっ!?」

 ランスは目を丸くした。ランスの雷撃魔法と御雷が相殺される。

「くっ! このっ!」

 ランスはエクスカリバーを構えた。間髪を入れない、トールの移動攻撃を咄嗟に防いだのだ。

「魔法は絶対的なものではない。師の教えです。覆せない不利なんてない。だから諦める必要なんてない。結局勝てればそれでいいって!」

 トールは言う。

「ふっ。でもよかったよ。このまま遠距離から無抵抗でやられるなんて、決勝戦として盛り上がりがないじゃないか、そうだよね!」

 ランスは力任せに剣を振る。トールは後ろに飛んで、距離を取った。だが、まだ剣の間合いではある。いつでも斬り掛かろうと思えば斬り掛かれる程度の距離だ。

 トールは斬り掛かる。それは目にも及ばぬ速度だった。それにランスは突いていく。ランスは薄く笑った。こうまで自分にレベルに肉薄してくる存在、ましてや年下でなどと、想像すらしていなかった。最強というのは孤高でもある。そして時に寂しさと手応えのなさを覚えるものだ。だからランスは嬉しかったのだ。自分の領域にまで届く相手と闘っている事に。今までにない程の充実感を覚えていたのだろう。

「おおっと! なんという凄まじい攻撃のぶつかり合いでしょう! 速すぎて攻撃を目で追う事すらやっとです! いかがですか? ヴィル学院長」

「そうだな。私を持って冗談を言えない程、高いレベルでのぶつかり合いだな。言葉もないよ」

「ヴィル学院長を持ってしても言葉を飲んでしまう程のハイレベルな闘いが繰り広げられています」

 以上、実況席での実況。

「はああああああああああああああああああああああああああ!」

「たああああああああああああああああああああああああああ!」

 声が轟く。剣が交錯する。剣戟が奏でられる。ハイレベルな剣の交わりは言わば演舞のようなものだった。

 観ている者を魅了する。だが、それを行っている当事者の体力というものは確実に減っていった。決着をつけなければならない。終わりは何にでもやってくる。

 お互いにもそれを理解している事であろう。

 ランスは聖剣エクスカリバーに秘められた聖なる気を解放する。

「エクスカリバーモードカタストロフ!」

 終局に向けた準備だ。聖なる気を全快にしているようだった。大技なので割と隙だらけである。思えば、この時普通に攻撃すれば勝てるのかもしれないとトールは思った。

 しかし、ランスは相手が避けない、あるいは不意打ちをしないと読んでいるのだろう。

 トールの性格まで読んでいるのかもしれない。純粋な力比べに応えてくるとランスは思ったのであった。

 ランスは笑みを浮かべる。トールも笑った。単純(シンプル)なのも嫌いではない。

「タケミカヅチ」

 刀に命ずる。

「一の型焔篝」

 タケミカヅチが炎に包まれる。

「四の型烈風」

 タケミカヅチが竜巻のようなものを発生させる。

 それは言わば、合体技のようなものであった。

「六の型紅蓮竜巻!」

 炎と風属性の融合必殺技だった。燃えさかる竜巻がランスを襲う。迎え撃つはエクスカリバーの光の波動だった。

「と、突如、超常現象のようなものが発生しました! これは大技が出る予感ですね」

「ああ。恐らくこれで終わりだろう。最後まで立っていた方が勝者になるだろうな」

 そう、実況席で実況があった。

「はああああああああああああああああああああああ!」

「たああああああああああああああああああああああ!」

 咆哮が木霊する。

 音と光、そして荒れ狂うような暴風が周囲を包み込む。

「ま、前が全く見えません!」

 ミシェルは言う。

「皆! 巻き込まれるなよ! あんまり近づくな! 巻き添えで死ぬぞ!」

 ヴィル学院長は生徒の心配をする。流石に本分は学院長だった。ちゃんと生徒達の事を思っているようだ。

 それから数分の時間が立った。嘘のようになにも起こらなくなる。嵐の後の静けさのようだった。普通嵐の前の静けさではあるが。まあいい。

「はぁ………はぁ……はぁ」

 衝突したエネルギーの凄まじさからか、ステージはそこら中が熱変化で解けているか、烈風でズタボロになっていた。

 それはトールも例外ではない。全身がズタボロで、何とかタケミカヅチを杖のように支えにして立っているに過ぎない。

 対するランスは仁王立ちをしていた。

「おおっと! 両者立っている! これは試合はまだ継続か!」

「いや」

 ヴィル学院長は流石に剣聖だった。洞察力に優れている。経験もあるだろう。

「そうではないようだ」

「え?」

 ランスは倒れた。

「……TKOだ! 医療係! すぐに医務室に運べ!」

 ヴィル学院長が言う。

 意識がないようだ。すぐに医療班がランスを運び出した。

「はぁ……はぁ……はぁ」

 トールは肩で息をしていた。

「と、いう事は! 決まったあああああああああああああああ! 優勝はトール・アルカード君だ! おめでとう! トール君! 優勝者には賞状とトロフィーが贈られます。ぱちぱちぱち」

 拍手が起こる。まばらな拍手から割れんばかりの拍手へと移り変わっていく。

「そうか……僕は勝ったのか」

 段々と勝利の実感が沸いてきた。

「トール!」

 フィルがステージ上にあがってくる。

「トール様」

「トール君」

 王族三姉妹がステージにあがってきた。

「おめでとう、トール」

「まさかランス君を倒すなんて」

「おめでとうございます。トール様」

 各々言いたいこともあるだろう。だが、トールには既に余力がなかった。

 あれ? と思った。意識が失われた。

「トール!」

 トールはフィルの胸に崩れ落ちた。


「……ここは」

「……学院の医務室だよ。全く、医務室送りなんて初めてだから戸惑ったよ」

 そう、ランスの声がする。

「そうか。僕は」

 ここは学院の医務室だった。ベッドがいくつも並んでいる。

「フィル達は?」

「帰らせたよ。いると何かと疲れるだろう?」

 ランスは言う。お揃いの患者服を着ている。お互いに怪我人みたいだ。というか立派な怪我人であった。確かに今の状況では三人が相手では疲れそうだった。普段でも疲れるのだ。

「完敗だったよ。人生で負けたのが初めてだったからどんな気分だと思ってたけど、思ったより清々しいね。肩の荷が降りたようだ。勝つのが当たり前っていうのもなかなか気分としては良くないよね」

 ランスは言う。

「もしかしたら、君ならこの王国を任せられるかもしれない。僕より君の方が器なのかもしれないね。三人のうち誰か娶って国王になりなよ」

 ランスは笑う。

「気が早いですよ」

「早くはない。今は国王は不在なんだ。だから誰かが就かなければならないんだ」

「けどそれは」

 国の事情であって、トールの事情ではない。トールにとっては気が早すぎる。まだ16才になったばかりなのだ。

「僕のように挫折を知らなかった男より、君のように知っている男の方が強かった。今回はそれに尽きるよ。けど次は負けない。僕ももっと強くなるから」

 ランスはまだ満足に動けない身体を引きずり、トールのベッドまで来た。

「だから、またやろう、トール君」

「え、ええ」

 本音はやりたくない、と思いつつ、トールはランスの手を握り、握手をした。


 それからの事だった。王位継承戦まで後、一ヶ月と言ったところだった。誰も居ないランスの私室での出来事。

 どくん! どくん! どくん!

 なんだ。ランスは思った。心臓が異様な程踊る。

「頭が! 頭が痛い!」

 ランスは気を失った。しかし、すぐに起き上がる。その時、ランスの金髪が黒く染まり、瞳も黒く染まった事を感じた。

「くっはっはっはっはっは! この小僧、あんな小僧に無様に負けやがって!」

 笑い声がする。まるでランスの人格ではなく別の人格に入れ替わってしまったような。そんな感覚に襲われた。

「俺ならもっとこいつの身体を上手く使えるのにな」

 別人格に乗っ取られたランスは笑う。

 それはまだランスの幼少期の頃の出来事であった。宝物庫に閉じ込められていた箱を子供の好奇心からランスは開けた。

 それは2000年前、魔王が僕としていた魔人を封じ込めていたものである。魔人はランスの中に巣くい、そしてもうひとつの人格として寄生をしていたのである。

 魔人の目的は王国の支配であり、そしてもうひとつが魔王の封印の解放である。

「今度、闘う機会があったら、俺があの小僧をぶっ壊してやるよ! あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 ランスの私室に笑い声が響いた。幸い完全防音なので外までは響かないが。

 王位継承戦まで一ヶ月。

 波乱はまだ続きそうであった。

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