クレアとの闘い
「さて、それでは第三試合のクレアドールさんとトールさんの闘いになります」
そう実況席でアナウンスが響く。引き続きミシェルが担当している。
クレアは剣を持っていなかった。武器の持ち込みが可能だという事なので別に剣に限っているわけではない。剣士学院とは言っているがそれは代表的職業を言っているだけで実際のところは戦士学校と言った方がいいのかもしれない。使用していい武器は剣に限らないのだから。
彼女は槍を持っていた。槍である。通常長い武器の方が有利である。リーチの長さというのはやっかいであった。
彼女の持っている槍はトライデントという水属性の名槍である。
「フィルとリュミのお気に入り君か」
そう、クレアは言う。
「ちょうどいいわ。君と手合わせしてみたかったんだよね」
「手合わせ」
「ええ。二人が気に入る男ですもの。どれだけの実力者か気になるじゃない」
クレアは水槍トライデントを構える。
「お姉さんを倒せないとランス君のところまではいけないぞ」
クレアは言う。
いっその事クレアに負けてしまった方が楽ではないかともトールは思わなくはない。今までの二人はまるで相手になる相手ではなかった為、負ける要素がなかった。
しかし手加減をしたり手を抜くのは戦士としていかがなものか。相手に対する侮辱にはならないだろうか。そんな事はできるはずもない。
トールは剣を構える。
「変わった剣ね」
「刀というらしいです」
「刀ね。刀身が半分しかないのね」
そう、彼女は言う。
カン。ゴングの音が鳴る。
この闘技場に立っている限り、相手が手加減をするはずもない。敵である相手に矛を向けるのは当然の事だった。トールの胸中など無関係にクレアは襲いかかってくる。
「いくわよ」
クレアは言う。こちらの手加減を読み取れるくらいにはクレアの力量はあると推察される。リュミに勝った以上はそれなりの実力者であるし、彼女も王家の一族なのだ。
クレアの槍が襲ってくる。正確な打突だ。槍は剣と違い点の攻撃である。故に攻撃の面積としては小さい。故により攻撃の正確性の必要とされる武器ではある。だがその反面リーチの長さというものはやっかいであった。リーチが長い分一方的に相手を攻撃できるのだ。
しかしそれを汚いとは思わない。戦闘はスポーツではない。戦争下であったのならば尚更である。命のやりとりの前に綺麗も汚いもない。勝利か敗北か。生か、死か。それだけの事である。
正確な槍による打突をトールは超人的な反射神経と動体視力でかわす。首の動きだけで最小限の労力でかわす。
「やるわね」
クレアは言う。
「おおっと! クレアドール選手の凄まじい勢いの連続突き! しかし、トール選手はその攻撃を巧みに避けていく」
実況席でミシェルは言う。
「いかがでしょうか? ヴィル学院長。この闘いは?」
「まあ、あれくらいなら私だって勿論できるよ」
「良い大人が学生に意地の張り合いをしています! 実に見苦しい!」
「なんだと! 貴様! 誰が大人げないだ!」
「そんな事言ってないです」
「言ってるようなもんだろう! 面に出ろ!」
「や、やめてください学院長。皆見てますよ」
「そうだったな。こほん」
ヴィル学院長は咳払いをした。
軌道の癖をトールは学習した。正確な攻撃は正確である反面、学習されるとえらく読みやすい。素直な攻撃だからだ。特に槍の場合は攻撃が直線的である。遠くから飛んでくるが読む事は難しくはない。
「そこだ!」
トールは読めた槍による一撃をなぎ払う。
「なっ!?」
払われた一撃は大きく横に流される。よく言う話だった。
リーチの長い武器攻撃は確かに有利だが、懐に入られると小回りが訊かないという事を。
クレアは流された槍を必死に元に戻そうとする。
その間僅か数瞬の事に過ぎない。しかし圧倒的な速度を持つトールが懐に入るには十分過ぎる時間であった。
「はあっ!」
「きゃあっ!」
トールは強化服を斬る。いくら耐刃性に優れた衣服でもそれ以上の切断力で斬られればどうしようもない。
トールはなぎ払うように斬った。その攻撃はちょうど、クレアの下乳あたりを斬り裂き、ぺろりと露出させる事になる。フィルよりも豊満な乳房をした大人びたクレアの肢体だった。故にその性的な印象度は強い。
何とか尖端あたりの露出は避けられたが、これ以上攻撃をされれば見えてしまいかねない
「おおっと! 何と卑猥な攻撃だ! これは狙っていたのか! 真面目そうな顔をしているのに! これがムッツリスケベという奴なのか! いかがでしたか! ヴィル学院長!」
「うむ。全ての男性を代表して言いたい。よくやった。ありがとうと」
「はい。学院長とは思えない最低の一言でした!」
「誰が最低だ! 私は男として誰もが思った事を素直に言っただけでな!」
やかましい実況席だった。
「狙っていない。断じて狙っていない。不慮の事故です」
トールは言う。
「お、お姉さん。そこまでサービスするなんて言ってないぞ」
クレアは視線で責めてくる。
「わざとじゃありません。信じてください」
「冗談よ。それより、そろそろ決着をつけないとね」
クレアは槍を突き立てる。
「トライデント」
クレアはトライデントの能力を発動した。トライデントは水属性の武器である。槍から突如無数の霧が放出され、闘技場を覆い始めた。霧による目眩ましだ。
「おおっと! 突如霧がステージを覆い隠すように現れた! これもクレアドール選手の武器による能力のようだ! いかがでしょうか? ヴィル学院長!」
「ちくしょう! 下乳が見えなくなったああああああああああああああ!」
「学院長とは思えない最低な発言でした!」
「何がだ! 俺は全国の青少年の純粋な気持ちを代弁しただけだ」
またもややかましい実況席だった。
敵を見失ったトールではあったが、それでも視界から失ったというだけの事だった。目を閉じる。
レイとの一年間にも及ぶ鍛錬の中でトールは数多のモンスターと対峙してきた。
どれだけ姿を隠せても、気配というものは殺しきれない。
呼吸。体温。心臓の音。生きていく上では絶対にそういったものが必要だった。そしてなにより殺気だ。それらは隠そうというしても隠しきれるものではない。
「見えた!」
「はああああああああああああああああああああああ!」
不意を打った背後からの一撃。人間の視野というものは前方180度にしか基本的にない。だから当然のように後方180度は死角になりやすい。当然真後ろからの攻撃は避けずづらい。人間である以上絶対的な死角になる。だが、そうであるが故にその意図、攻撃は読みやすかった。姿を隠しているのに、なぜ最も見やすい正面から襲いかかる必要性があるのか。
時と場合によっては良策は愚策より読みやすい。
「そこだ!」
背後より襲いかかるクレアの打突をトールは切り払う。
「なっ!?」
一瞬にして詰められる間合い。そして首先に刀が突きつけられる。
「まだやりますか?」
トールは問う。
「いえ、降参よ」
クレアは言う。
そのうちにトライデントにより放たれた霧が晴れていった。
「おおっと! これは一体どうなった! どうやらトール選手が勝利しているようです!」
「はぁ。もっと観ていたかった、そんな素晴らしい試合だった」
ヴァル学院長は嘆く。
「勿論、見ていたかったのは試合ではなく下乳ですよね」
「当たり前だろうが」
「そんな胸張って言わなくても」
ミシェルは嘆いた。
「あなたなら届くかもしれない。ランス君に。そして、私もわかったの」
クレアは微笑を浮かべる。
「あなたの事を妹達が気に入っている理由。だって私も気に入ったんですもの」
恍惚とした表情でクレアは言う。
「そんな負けたくらいでいちいち人を好きになってたら何人も好きにならなければなりませんよ」
「あら。心外ね。私が負けたのはランス君以外だったらあなただけよ」
「そうですか」
「それに女が強い男に惚れるのは当然の事じゃない? 弱い男には靡かない生き物なのよ」
「かもしれませんが」
かと言って王族三姉妹に好意を寄せられるのは些か荷が重すぎる。
「もうどっちかに気持ちは決まっているの?」
「どっちか?」
「私の妹達の事よ」
フィルとリュミか。まあ、別に決まってはないが。そう思う。
「……特に決めたとかそういうのはないですが」
「だったらお姉さんも立候補していいかな?」
「お姉さんも立候補ですか」
「ええ。お姉さんは嫌い?」
クレアは言ってくる。それはクレアの事を嫌いか、という事なのか、あるいはお姉さん的存在、年上でグラマラスな感じの女性が好みではないかどうか、どちらの事を訊いているのかわからなかった。両方の意味で言っているのであろうが。
「別に嫌いではないです」
「だったらいいじゃない。お姉さんに甘えてきたって」
クレアは言う。その豊満な乳房が目に入ってくる。思わず、唾液を飲みたくなるほど魅力的なものではあった。
「けどそれは」
「良いじゃない。少しくらい」
クレアが抱き寄せてくる。そう、頭をその豊満な乳房に埋めようとしてきた。
「おおっと! 試合時間が迫ってきました! お二人方! そろそろステージから降りてください!」
そう、実況のミシェルが言ってきた。本当に試合時間が迫ってきたのか、あるいは
度を超した行為を観ていられなくなったのか。そのどちらかあるいは両方だろう。
「ちっ」
クレアは舌打ちをする。
「また続きをしましょう」
笑みを浮かべるクレア。
「はっ、はは……ああ。はい」
トールは苦笑いを浮かべた。
そして試合が進む。第5試合、決勝戦。
大方の予想通り。
ランスロット対トールの組み合わせに決まった。
決勝戦という事もあり、また残る試合を全て消化したという事もあってか、闘技場の観客席は満員になる。
大勢の観客の中、ついに剣爛武闘大会決勝戦の幕が切って落とされる事となる。
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