夜這いをする王女達
「何をしているのですか?」
気が動転しているトールは訊いた。
「何を?」
質問の意味がよくわかっていないのか、フィルは聞き返す。
「僕の上に全裸で座られている事です」
「あー。夜這いよ」
「夜這い」
「うん。夜這い」
躊躇いもなくフィルは言う。トールは思う。大体夜這いというものは男からするものではないか、通常。
「なぜ夜這いをするんですか?」
「既成事実を作る為」
フィルは言った。
「既成事実」
「そう。既成事実。あなたに王位継承戦でどうしても協力して欲しいの。だからその為にどうしたら良いか考えたんだけど、やっぱり既成事実を作るのが良いかと思って」
「具体的にその既成事実を作る為に何をしようとしているんですか?」
「決まってるじゃない」
フィルは笑う。その笑みは淫靡な笑みにも映った。
「子作りよ。ほら、男の人って相手が妊娠すると身を固める決意ができるって、よく言うじゃない」
フィルは躊躇いなく言う。確かにそういった一面があるのは否定できないし、女性があえてそういった男性側の心情を利用しようとしあえて妊娠しようとしてくる事は多々あるかもしれない。だが、この行いは男性としては嬉しいかもしれないが、些か積極性が過ぎるようにも思えた。
「でもそういう事するのはお互いに愛がなきゃダメじゃないか?」
「何を言っているのよ。愛って何よ。卵子に精子が届けば子供はできるのよ。随分ロマンティックな事を言うのね」
卵子に精子って、随分と生々しい。
「君はそれでいいのか? そんな子供を作ったり行為を利用するような真似して。それで満足するのか?」
トールは聞いた。
「全ては王位継承戦に勝利する為よ」
フィルはそう言った。
「なんで王位にそこまでこだわるんだ。身を犠牲にしてまで」
トールは言った。
「あなたに何がわかるのよ! 王族の責任が。馬車を襲ってきた連中、その連中は私たちのうち、誰かの差し金なのよ。誰かはわからないけど。ランス兄かもしれないし、クレア姉かもしれない。もしかしたらリュミかもしれない。確かなのはひとつだけなのよ! 信じられるのはあたしだけ! あたしだけは信じられる! だから勝つ為に最善を尽くすのは当然じゃない! もし闇に染まった者が王位を得たら国がどうなるか、きっと恐ろしい事になるわ!」
フィルは言った。
「その為に身体のひとつやふたつ捧げる事に躊躇いなんてあるわけない!」
フィルは言った。
確かにトールは王族ではない。だから彼女の苦悩や責任なんてわかるはずもなかった。
「とりあえず、落ち着いてくれ。フィル。君の気持ちが強い事はわかった。だけど、先走り過ぎだ。気持ちが強すぎて周りが見えてない」
トールは言った。
「そうね……それはそうかもしれない」
フィルはトールから降りる。
「したくなったら言って。あなたがしたくなったらで構わない」
「……あ、ああ。わ、わかったよ」
トールは苦笑する。
光が点る。
「な、何をしているのですか! お二人方!」
リュミが姿を現す。リュミは薄いガウンのようなものを羽織っていた。どうやらその下には何も身につけていないようで、限りなく全裸に近い恰好をしていた。
全裸のフィルにベッドで寝ているトール。完全に事後のようだった。
「……そういうリュミは何をしているのよ」
「それは勿論夜這いに。ではなくて、フィルお姉様は何をしているのですの? まさかもう済ませましたの?」
「いえ。済ませてはない」
「何ですの。よかったですわ。心配して損しました」
リュミは溜息を吐く。
「トール様、わたくしの思いを受け取ってくださいませ!」
リュミが飛び込んできた。異世界ものでこういう表現は好ましくないがルパンダイブしてきた。空中でガウンを脱ぎ、全裸で抱きついてくる。
「わっ! やめろ! リュミ!」
「ダメですわ! 既成事実をつくって貰うまで放しませんわーーーーーー!」
やはり姉妹だ。思考回路がかなり近い。殆ど同じだ。
物音を聞いて駆けつけたのか、もう二人が姿を現す。ランスの姿がないのは幸いだった。妹を思うが故に誤解し、勘違いをして斬り掛かりにでもこられたら面倒だった。
「何をやっているのですか? 三人は」
クレアとミリアが姿を現す。
「あら……あらあら。うちの娘二人を傷物にされて。トール様、これはどう責任を取ってくれるのでしょうか?」
ミリアの顔は笑顔だった。しかしその笑顔が恐ろしく怖い。表情は笑顔だが、その裏の感情の中にドス黒いものが感じられた。
「え、えっと。ミリア様、これは誤解です」
「はい。誤解ですか? どこをどう誤解するのです? 全裸の娘二人と寝床を共にして」
ミリアは言う。
弁解は困難であった。
「……何でもないの。お母さん。これはあたし達の独断で。トールが望んでいた事ではないの」
フィルは言った。
「あらあら。そうなの」
流石に娘の発言は信用できるのだろう。ミリアは怒りの矛先を納めた。
「リュミ、今日のところは寝ましょう」
「はーい。わかりましたわ」
全裸ではまずいだろう。せめて何か服を着て部屋に帰って欲しいとトールは節に願った。
一週間などという時はすぐに流れる。ここは学院の闘技場である。円形のスタジアム。そこには多くの観客が詰め寄せており、実況席まで用意されていた。そして、実況役までいる。一種のスポーツ観戦のようにその場はなっていた。
剣爛武闘大会。
その幕が斬って落とされようとしていたのである。
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