王宮での出来事
「はい。それでは剣爛武闘大会の案内です。今から一週間後に剣爛武闘大会があります」
そう、トールとフィルの通う2年B組の担任であるクリス先生は説明する。
「剣爛武闘大会は実技試験ではありますが、より実戦的な大会になっております。武器持ち込み自由であり、魔法の使用も可能です。出来るだけ怪我や死亡事故は起きて欲しくはないですが、残念ながらそういう悲劇は例年度々起こってしまうようです」
クリス先生はハンカチで涙を拭った。
「より緊張感のある実戦形式の大会を経て、皆さんは雛から立派な鳥へと成長していく事でしょう」
クリスはそう高らかに言った。こうして剣爛武闘大会の説明が終わる。
要するに何でもありの大会であり、死ぬかもしらないから十分気をつけてね、という事が説明される。そして一週間後に開催されるのだ。
試合の形式は負けたら終わりのトーナメント方式である。
大体そんな感じである。
「トール様、是非うちに起こしくださいませ」
「……うちに」
「ええ」
リュミは言う。うち、というのはつまりは王宮の事だろう。なぜそんな大それたところに行かなければならないのかと怪訝に思うが。フィルとリュミの考える事は単純であった。
「やはり実際結婚となると両親との顔合わせをしなければなりません」
出会って数日なのに顔合わせとはいくら何でも性急が過ぎるだろう。しかし王族はずれているのか、二人は差ほど気にしていない様子だった。
「そういえばトール様のご両親はどこにいるのですか?」
二人は特別トールの事情は知らないのだから当然ではあるが、無遠慮に聞いてくる。
「両親はいないよ」
「ま、まあ、他界されたのですか?」
「いや。他界はしていないよ。縁を切られたんだ。だから僕が行っても良い顔はされない」
そう、トールは言った。
「ではご兄弟は?」
「双子の弟が一人。だけど同じだよ。関係は最悪だ。お互いに顔を会わせたくはないだろう」
トールは言う。そもそもカールはトールが既に死んでいると思っているのではないか。
嫌な奴と顔を会わせたというより、実際に会ったなら生きていた事に驚くであろう。
「色々あるんですわね。とはいえ、私達も父を亡くしておりますので、今は母しかおりませんわ」
リュミは言う。
「はあ。わかった。行くよ」
トールは答えた。行けば済む問題である。いくら美少女が相手とはいえ、出会って数日で結婚を決める程トールは好き者ではないし短絡的ではない。それに王族となると面倒事がセットでやってくる。さらなる大きな面倒事が王位継承戦である。国の命運がかかった戦など、相当な重荷になるであろう。
ともかくトールは三人で王宮に行く事になった。
豪勢な宮殿のような建物であった。敷地の中には噴水があり、そして海のように広い池があった。中には色鮮やかな鯉のような魚が泳いでいる。
トールの実家も裕福ではあったが、いくら何でもここまでではない。流石は王族の宮殿であると言えた。
黒塗りの車を持って、中を移動する事になる。玄関、とはいえ大きな会場のエントランスホールのように見える空間だった。
そこから中に入る。
「おかえりなさいませ」「おかえりなさいませ」「おかえりなさいませ」
幾多のメイド及び執事が二人の帰りを出迎えた。その数は12人ほどいるだろうか。
「おかえりなさいませ、姫様。そちらの方はお友達でしょうか?」
メイドが聞く。同い年くらいのメイドだった。
「いいえ。婚約者(フィアンセ)よ」
フィルは躊躇いなく言う。
「は、はあ。婚約者(フィアンセ)?」
メイドは怪訝そうな顔をする。
「あらあら。お帰りなさい。フィルフィーレ、リュミエール」
そう言って二階から降りてきたのはドレスをした煌びやかな女性だった。
とても四子を出産したとは思えない程若々しく、美しい見た目をしていた。当然それは召し物の豪華さもあるだろうし、きめ細かくされた手間のかかったメイクのおかげもあるだろう。だがそれを加味してもどう考えても30代後半はいっている年齢の女性とは思えなかった。
「ミリアリアと申します。この娘(こ)達の母です。この娘(こ)達が男の子を連れてくるなんて珍しいわね。珍しいというか、初めての事ね」
そう、ミリアリア。略称ミリアは言う。
「あなたのお名前はなんていうのかしら?」
ミリアは言う。何となく雰囲気的にはクレアが一番似ていた。やはり年齢による落ち着きがあるからだろう。
「トールと申します」
「トール君ね。それであなたは娘達とどういう関係なのかしら?」
ミリアは聞いてくる。
「それは、えっと……」
「婚約者ですわ!」
考えあぐねているうちにリュミが言ってくる。
あ、ま。待て、と胸中で思っているが遅かった。
「まあ、婚約者。けど私には娘が三人いるわ。誰と婚約者になったのかしら」
ミリアは慌てる。
「それは今、私とフィルお姉様で争いになっているのです」
そう、リュミは説明をする。
「まあ、一人の男の子を二人で取り合っているのね。でもそれはまだ婚約にはなってはいないのではないの?」
ミリアは正論を言った。
「それって二人の片想いって事にならない?」
「ぐぬぬっ。お母様。それを言われると身も蓋もないですわ」
リュミは言った。
「けどそうね。別に王様になれば重婚は認められるものね。法律を自分で変えられるもの」
ミリアは言う。
「そうですわ。問題ないですわ。二人の婚約者ですわ」
リュミは言う。
「それでは問題がある。トールが王位継承戦で誰の味方になるか、決まらなくなる」
フィルは言う。
「それはそうですわね」
「重婚は認められても正妻は一人だけ」
「そうですわね。フィル姉様と私、どちらがトール様の正妻に相応しいか。いずれは白黒つけなければなりませんわね」
そう、リュミは言った。
二人は視線で火花を散らす。
あの、僕の気持ちは。そう言いたいトールではあったが、言っても面倒事が増えそうな気がしてならなかったのでとりあえずは黙っていた。
「あらあら。トール君、うちにいらしてたの」
そういううちにクレアが帰ってきた。
「……え、ええ。ちょっと色々あってね」
「明日は学校が休みですもの。せっかく来たんですからゆっくりして泊まっていって頂戴ね」
クレアは言う。
「あ、はい。ありがとうございます」
そう言っているうちにもう一人帰ってきた。金髪の美青年。同じ学院ではあるが、学年は一個上だ。クレアの双子の兄だ。
「……珍しいな。二人が男を連れてくるなんて。というか初めてか」
美青年は言う。
「ランスお兄様」
リュミが言う。
「はじめまして。ランスロットと言います。君は確か転校生のトール・アルカード君だったかな。噂は聞いているよ」
そう、ランスは微笑んで言った。
「ご存知だったとは光栄です」
トールは言った。曰く最年少にして剣聖の称号を得た天才であり、王国剣士学院最強の名を手にしている。その実力は学院が始まって以来屈指の実力であるらしい。
そしてフィルやリュミ、クレアの兄でもある。そして第一王子である。
通常の世襲であるならば、彼が間違いなく王位を継いでいた事であろう。
「君も剣爛武闘大会には出るつもりなんだよね?」
「え、ああ。はい。一応そうです」
「だったら楽しみだ。お互い、勝ち進んでいけばいずれは当たる事になるだろう」
ランスは優しい笑みを浮かべた。
「その時はお手柔らかに頼むよ」
そういって握手を求めてくる。トールはそれに答えた。
硬い手だった。余程剣を振るってきたのか。強者は佇まいだけで、断片的な情報だけで理解できる。例えば歩き方ひとつとっても重要な情報だった。
前評判も肩書きもハッタリではない事をトールは即座に感じ取っていた。
それからトールは王宮で食事をした。料理人が作った豪華な料理だった。その料理に舌鼓を打った。こんな美味しい料理を毎日のように食べていると普通の料理を美味しく感じなくなるのではないかと思わないでもなかった。
それから大理石で出来たダダ広い風呂に入り、そして入浴をする。
何事もなかった。二人が背中を流しにでも来るかと考えていたので、それが杞憂に終わってよかった。流石に兄と姉、それから母もいるのであろう。
多少は遠慮をしているのかと推察された。だからトールは油断していた。
それはトールが就寝していた時だった。とても客用とも寝室とも思えない広い室内にキングサイズの高級ベッドで気持ちよく眠っていた時の事だった。
ごそごそと動きがする。何者かがベッドの中に入ってきたようだった。
寝ぼけていたトールは物音で目を覚ました。次第に視力が回復してくる。そして夜目が効いてきた。
胸のあたりに肉の感触がする。人影が見えた。自分の上に乗っているようだった。
フィルの姿が見えた。それもただの姿ではない。
月夜の光に照らされて、一糸まとわぬ全裸のフィルの姿が見えた。
「なっ!?」
トールは突然の事に夢か何かかと思った。ありそうな事だった。思春期の少年である。性的な夢を見る事も不思議ではない。そういう欲求を当然のようにトールも持っていたし、溜まってもいた。だが、夢にしては些か明晰(クリア)すぎるように感じた。だからこれは間違いなく現実なのだろう。
フィルは表情をひとつも変えない。トールは彼女の目的がわからなかった。
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