第一王女クレアドール

かぽっ。


 という音がしたようだった。家に帰ったリュミは風呂に入る。リュミを初めとした王家の面々は学院まで寮から通ってはいない。豪勢な王宮があるのだ。通学も車を使えば良いだけの事だった。お抱えの運転手だっているのだ。お抱えのメイドが世話をしてくれる。言わば箱入り娘だった。皆がそうである。だから皆浮世離れをしているのではあるが。


 リュミは考える。大理石で出来た豪勢で駄々広い風呂場で。

 あの少年、トールと言ったか。あの強さである。


 剣聖と呼ばれる存在がいる。学院長のヴィルがそうである。

そして姉二人は限りなく剣聖に近いとされている最年少候補者だろう。さらには自分もまた二人に近い才を持っている。生まれ持った才能、そして才能を育んだ土壌、環境は全く同じものだ。二人と一歳、二歳と年は違うかも知れない。それにより体つきが異なっている事は否めないが、それだけの差である。


 あの少年は強い。ではその強さの物差しをどこに置くか。剣聖と呼ばれるレベルか。史上で五人しかいないとされている剣聖の称号。それをあの若さであの頂に昇っていると推定するのか。あるいはそれ以上か。考え難い事ではあるが。


 何にせよ、王位継承戦を考えれば危険な事だった。絶対に敵に回したくない。

 王位は危険なものである。半端なものに与えでもしたら、それが危険な結果になるかもしれない。

 自分こそ最も王に相応しいと考えるから継承戦を闘うのである。

 例え、自らに二人いる姉と、そしてもう一人いる兄が相手だとしても手を抜く事はできない。


 敵が利益を得ようとするのなら、邪魔をするのが一番だ。そして自分が利益を得る。それがゲームで勝つ上で最善にして最良の方法、闘う前から勝負は始まっているのである。


 リュミはそう考えていた。そう考えているうちに長い時間が経った。


 その日の入浴は長い時間になった。


 その日、フィルはトールと登校していた。なぜそんな事をするのか。

車で校門まで行けばいいのに。明らかに好感度をあげようとしている。リュミは物影から姉の様子を伺った。

 まるで発情期を迎えた雌猫のように雄に尻尾を振っている姉を見る。


 負けていられるものか。姉が欲しいものは私も欲しくなる。それが姉妹の関係であり、そして、幼少期からの家庭環境だった。姉が遊んでいる玩具は自分も猛烈に欲しくなるものなのだ。それは末女としての自然の摂理のようなものであった。


「それで、考えてくれた?」


 フィルは言う。


「何を?」


 トールは訊く。


「しらばっくれないでよ。あたしと結婚して王位継承戦に参加する話よ」


「あ、あー。あれね」


 そうだ。先延ばしにしているうちに忘れないかと思っていたトールであったが、そんなわけもなかった。そんな人生の一大事みたいなイベントを人が忘れるはずもない。記憶喪失でもならない限りは。


「そうだな。あれはだな。そのー」


「なんで迷うのよ? あたしに何か不満があるの? あたしは自分で言うのもあれだけど可愛いし、スタイルだって良いし。料理も掃除も裁縫もできないけど、メイドさんが全部やってくれるわ。それにちゃんと処女よ」


 フィルは言ってくる。料理も掃除も裁縫もできないっていうのはアピールではないだろう。メイドさんがやってくれるから良いと思っているのだろう本気で。


「なんでそんなに王位継承にこだわるんだよ。兄弟姉妹のうち、誰かが選ばれるんだろう。だったらそんなにこだわる事だい?」


 トールは聞いた。


「こだわるわよ。あたし達の中に、裏社会の息がかかった奴がいるの。あたしを襲った連中、それの元を辿ると、誰か息を吹きかけた奴がいるの」


 襲った連中。それはトールが助けた時倒した暗殺者連中の事だろう。


「だから、あたしが王位に就くのが確実にこの国の為になるのよ」


 フィルは言った。


「そうはさせませんわ」


 片方の腕に、リュミが抱きついてきた。


「リュミエール! な、何なのよいきなり!」


「決まってますわ! お姉様の邪魔をしに来たんです! 王位に相応しいのはこの私ですわ!」


 リュミはそう言ってくる。


「ですので、トール様は私と婚姻されるんです」


「それはダメ! トールはあたしと結婚するの」


「……僕の意思は」


 トールは嘆いた。


 これではただの姉妹喧嘩である。喧嘩の原因は玩具の取り合い。トールは玩具である。


 実際には政略戦争に関わっているのでただの玩具の取り合いではない。


 もっとスケールの大きい玩具の取り合いである。


「あらあら。随分と私の妹達に人気があるのね。そこの少年は」


 その時だった。声が聞こえてきた。


 一人の人物が姿を現す。エンブレムの色から上級生である事が知れた。つまりは三年生だ。 流れるような金髪。そして青い宝石のような瞳。多くのパーツは二人に似通っている。だが大きく異なるのはその撓わに実った乳房であり、大人びた風格。おっとりとした雰囲気だった。落ち着いていた。


「お姉様……」と、フレイ。


「クレアお姉様」と、リュミ。


「お姉様?」


 状況的にそうなるだろう。つまりは目の前にいる彼女は王国の第一王女である。


「初めまして。私の名はクレアドール。クレアと呼んでくれて構わないわ」


 クレアは優しい笑みを浮かべた。

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