第三王女との邂逅


「フィルお姉様が男と……」

 屋上の高いところから少女が独り言を呟く。

 金髪の流れるような髪に白い肌。眼前に見えるのは姉であるフィルフィーレの姿だった。

 彼女がフィルを「お姉様」と言ったのは、よく女子が憧れの女子なんかに「お姉様」と言ったりするが、彼女の場合はそうではなく、純粋な姉としての意味として「お姉様」と呼んでいるに過ぎない。

 リュミエール・アルドノヴァ。略称リュミ。

 王国の第三王女であり、剣士学院に通う一年生でもある。

 類い希な美貌の持ち主であり、姉妹という事でフィルと見た目は似ていた。しかしまだ成長途上なのか。一回りサイズが小さい。背と胸と、そのあたりである。これはこれで小さい方が可愛いとか、そういう需要もあるだろうから別に魅力的に劣っているとかそういうわけではないが。

「何かあったのかしら」

 先日、フィルが転校生と闘い、敗北を喫したと聞いている。姉はこの学院で五本の指には入る傑物である。つまりは転校生はそれ以上の実力者という事になる。あるいは運が悪かったとか、調子が悪かったとか。それもあるかもしれないが可能性としては低そうなものであった。

 ともかく、リュミは探りを入れてみる事にした。なぜなら彼女もまた王位継承戦の参加者だからである。


 放課後の事だった。トールは生活に必要な日用品を買う為に寮から外出して市街へと向かった。そして買い物からの帰り道だった。

 夕暮れ時だった。殺気がする。

「……誰だ?」

 トールは言う。敏感に殺気を察知した。レイとの生活は基本的に命の危機に晒されている

危険地域での生活が長かった、とはいえ一年程度だが。トールはその生活と修行の成果により、第六感のような嗅覚を持つまでになった。殺気に対する絶対感覚である。

 物影から数人の男達が姿を現す。

 チンピラの類ではない。正当な剣術を狙った男達だ。男達はそれぞれが剣を持っていた。それなりの名刀なのだろう。

 男達はジリジリと距離を詰めてくる。

「はああああああああああああああああああああああああ!」

 男の一人が斬りかかってきた。

「ちっ」

 トールは舌打ちをする。問答無用なようだ。そんな言葉もなく斬りかかられるような恨みを買った覚えはなかった。

「なにっ!」

「ぐあっ!」

 とはいえ、殺すわけにも行かない。タケミカヅチに血を吸わせるのは些か早すぎる。

 鞘のまま瞬く間に男達を殴打し、気絶させる。

「なんなんだ、こいつ等は」

 死んではいないだろう。恐らく。死んだとしてもある程度正当防衛の範囲だ。

 パチパチパチパチ。

 乾いた拍手の音がしてくる。

「すごいですわ。王国お抱えの剣士を六人も同時に相手にして」

 少女が姿を現す。フィルを身体ひとつ小さくしたような少女だ。剣士学院の制服を着ている事から同じ学院の生徒だと思われる。学年は一つ下か。エンブレムの色からそれが判断できた。青、赤、緑。上から三年、次に二年、最後が一年だ。彼女は緑のエンブレムをしている事から下級生である事が知れた。

「誰だ。君は、なんでこんな真似を」

 トールは言う。

「決まってますわ。あなたの実力を知りたかったんです」

「ふ、ふざけるな。もし間違っていたらどうしたんだ。僕以外だったら死んでたかもしれないんだぞ」

「それもそうですわね。そうなった場合はそこはもう、王族権力(おうぞくパワー)でもみ消しますわ」

 自信満々で少女は言う。

「王族って……そうか、君は」

 何となく察する。結婚してなどとプロポーズ、というか、要求をされた身ではあるが、よく考えれば自分はまだフィルの素性を第二王女である事、同じ学院の同級生である事。それ以上の事を何も知らなかった事に気づく。当たり前である。出会って数日である。

 そんなにお互いの事を知る時間などなかった。

「ええ。わたくしは王国の第三王女、リュミエールと申します。以後お見知りおきを」

 リュミはそう言って、スカートをつまみお辞儀をする。 

「そうか。僕の名はトール。トール・アルカード」

「そうですか。トール様」

「それじゃあ、自己紹介も済んだし、僕は帰っていいよね」

「待ちなさい! そんな簡単に帰すものですか!」

 リュミに呼び止められる。

「えー」

「当たり前じゃないですか。なぜ私が自ら足を運んだと思っているのです。あなたの力を自らの手で、肌で感じたかったに他なりません」

 彼女の腰には柄が携えられていた。それなりの名剣、聖剣が納められているのだろう。

 そう思わせるの程豪華な装飾がされた柄であった。

「リュミエール・アルドノヴァ。不束者ですがお相手の程よろしくお願いしますわ。トール様」

 リュミは剣を抜く。

 第二王女に引き続き、第三王女とも否応なく戦闘をせざるを得なくなった。

 はぁ。

 トールは面倒な事に連続で巻き込まれ、思わず溜息を吐かざるを得なかった。

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