第6話


朝、今日は何時もより使用人達が忙しく行き来していて、バケツやら雑巾やらスコップやらを持ち込み、慌ただしく掃除に追われていた。


その中にはお婆ちゃんの姿もあった。

普段はお客様の対応などをしているお婆ちゃんが、自ら掃除に出るなんて一体何があったのだろうか?


「お婆ちゃん何かあったの?」

「ああ早苗ちゃんかえ、それが旅館の彼方此方に苔やら雑草やらが生えてきてね。皆で掃除してるんだよ」

「私も手伝う?」

「いや早苗ちゃんはゆっくりしといで、でもこんな事今までなかったのに…早苗ちゃん何か知らない?」

「知らないわ」




早苗は今日もザシキワラシの元へ遊びに出かけた。

覗き窓の縁をコンコン、とノックするとザシキワラシが顔を出す。


「なえ!今日も来てくれた、ずっと楽しみだったんだよ」


驚いた、何時もの赤ん坊の様な呂律の回らない言葉では無く、普通に喋っている。

早苗は最初こそ驚いたがそれ以上に嬉しかった、色々な話をしたかったからだ。


「貴方、普通に喋れたのね」

「?うん、喋れたよ?」


「ザシキワラシは何時から此処にいるの?」

「ずっと前、建物はなかった頃」


この旅館が建てられたのは150年も前、ザシキワラシは早苗より15倍以上年上。

やはり裕也の言って居た妖怪の座敷童の様だ。


「ねえ、ねえ今度は僕がなえの事知りたいな、なえは何時も何をしているの?どんな事が好き?」

「私?私は自然が好き、木の木漏れ日が濡れた蜘蛛の巣に反射して七色に輝く姿、風に身を任せ時にゆっくり時に慌ただしく流れる雲が好き…皆んなゲームばかりでつまらないもの」


ザシキワラシはその答えに喜んだ。


「僕も!僕も好き!なえが好きだからもっと好きになった!」

「本当!?嬉しい、そうだわ!一緒にお外を散歩しましょう、それで川や森を回って美味しいお菓子を食べながら星空を眺めるの!」

「いいの?僕此処から出られるの?」

「勿論、考えただけで素敵だわ!必ず出してあげるから待ってて」





早苗はお婆ちゃんの部屋に忍び込んだ。

目的は鍵だなに置いてある別棟の錠前の鍵、お婆ちゃんは用心深い人で、大切な物は自分の手元にないと気が済まない、それでいて忘れっぽいものだから建物内の鍵のスペアは全て部屋の鍵だなに置いてある。


音を立てぬ様障子を開き、鍵棚を開ける。

中には客室、応接間、放送室…などの名札のついた鍵が並んでおり、一番端っこにかけられた名札の無い小さな鍵、きっとこれが別棟の鍵に違いない。

早苗が鍵に手を伸ばしたその時だ、障子が勢いよく開きお婆ちゃんが出て来た。


「こんな所で何をしているんだい?」

「え?いえ、その…」


お婆ちゃんは扉の空いた鍵棚に一瞬目をやり小さく溜息を吐くと、何も言わずに早苗を部屋から追い出すと鍵棚に鍵を掛けてしまった。

残念そうな表情を浮かべる早苗を尻目にお婆ちゃんは仕事場へと戻って行った。


早苗は障子の向かって小さく囁く。


「もう良いわよ」


するとお婆ちゃんの部屋から裕也が出て来たその手に別棟の鍵を持って。

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