6 神と契約することによるその見返り
「何でも・・・願いを叶えてくれる?」
都合良くその言葉を受け取りすぎたのではないかと何度も心の中で復唱したはずが、無意識にそのまま口に出してしまっていた。その言葉は一瞬で思考を停止させ、ぐるぐると頭中に駆け巡る。
「はい。まぁ出来ない願い事もありますが、足や病気を治すことくらいは出来ますよ」
「足を、なおす・・・」
言葉が思う様に飲み込めないとはこのことか。声には出しているのにその意味を直ぐに理解できないくらいに、絶賛ゲシュタルト崩壊を起こしている。なおす、
なおす、なおす・・・治す、とやっと漢字へと変換できた。
「だって神様ですからね。神様とか信じないタイプですか?まぁ、私も実際に目に見えたことはないですけれど」
「・・・・・・」
「でも神様って案外身近にいるもんですよ」
そう彼女はさも当然かの様にけろっと簡単に言った。「まぁ、流石に人間を生き返らせることはできませんけどね」と後に付け足して。
樹がゴクリと唾を飲み込む。
それこそ某少年漫画の物語の様に、非現実的で漫画でもアニメの世界ではなく自分たちが生きているこの現実世界では起こり得ない話。
だってタネがあると分かっていてもマジック1つに驚いてしまう人々が生きる現代なのだ。やっぱりただのこれは嘘で妄想でオカルト話だ、とそう何度も何度も我に返るものの・・・それでも樹はもう自分の都合の良い話にしか捉えることしか出来なくなっていた。
「もしその話が本当だったとしたら・・・」
「はい。妹さんの足を治すことも出来るでしょう」
「そう、か」と樹は声を震わせた。彼女の声が嘘の様にスッと身体に入り込んでいく。目尻に熱いものを感じて、ソレが流れてしまわない様にグッと息を飲み込む。
ずっとその言葉が聞きたかった。冗談でもいいから言って欲しかったのだ。
自分がTOA協会に入れば・・・その引き換えに、妹の足が治る。また自由に歩ける様になる。一人だけでも学校に通え、来年はまた歩き回って桜を見にいくことが出来るのだ。そんな夢の様な話があるのかと嬉しさを飛び越えて吐き気すら感じてしまう。
(ああ、もしかして───)
今起こっていることはそもそも夢ではないのだろうか。現実と夢の区別が出来なくなるくらい自分の精神状態が危険な状態なのか。
しかしその考えを一瞬で断ち切る様に未来は樹へ尋ねた。
「重岡さんは、妹さんのためならば何でも出来ますか?」
例え己の身に危険が降りかかることがあるとしても。さっきまでのヘラっとした顔とは打って変わって真剣な彼女の表情。その顔を見れば「はい」と答えたらもう引き返すことは不可能だと、そう言われているかの様だった。
「・・・でもその話が真実か、証拠がない・・・だろう」
本当は今すぐにでも首を縦に振りたかった。
一分一秒でも早く紬が歩ける様になって欲しい。加速する気持ちにブレーキを掛ける様に樹は「せめて目の前で能力とやらを披露して欲しい」と未来に提案した。
もはやブレーキというよりかは、その話の信憑性を高めたいだけなど分かっていた。此処で佐倉未来の言う「能力」を実際に目にしたら、それは妹の足が治るということとは同義になる。
すると彼女は少し考えた後、手元の時計で時間を確認した。
「それじゃあ今から行きましょう。丁度今から仕事ですので。実際にやってみた方が早いでしょう」
確か此処からそう遠くはありません、と未来は何かを確認する様に携帯を取り出した。その仕草にハッとした樹は声を上げる。
「無理だ。紬の検査が終ってしまう」
「妹さんのことは大丈夫です。さっき看護師さんが検査待ちで時間が押しそうだって言ってましたから」
未来はそう告げるなり病院の出口の方へと踵を返した。咄嗟に「待て」と樹はその背中に声を掛ける。どうして検査の時間が押していることを彼女は知っているのだ、と。声を張り上げたからか周囲の注目を浴びていたことに気づいた樹は口を閉ざした。
しかしうだうだしている間にも彼女はどんどん遠ざかっていく。
「っあぁ、もう・・・」
この千載一遇のチャンスを絶対に取り逃がす様な馬鹿なことはしない。たとへ全てが嘘だったとしても。妹の足が治るためであれば、自分の命でも何でも担保に出来る。そう思えば躊躇う理由もない。
樹はベンチから立ち上がり、今に姿を消してしまいそうな未来のもとへと追いかけて行った。
* * *
「おい、何処まで行くんだ」
「情報によればこの辺り何ですよ。もうすぐ着きます」
佐倉未来に半ば強制的に連れ出されてから15分。2人は閑静な住宅街へと足を運んでいた。一軒家が連なるこの場所に本当に例の“能力者”とやらがいるのだろうか。樹はキョロキョロと警戒する様に辺りを見回した。
その姿を一見して未来は再び前を向く。
「大丈夫ですよ、攻撃型の能力者はレアケースです。殆どの人は素直に応じてくれます」
迷いなく足をどんどん進めていく彼女を見ていると警戒していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。まぁその言葉からして今回はそのレアケースというものではないらしい。
柄になく緊張していたのか、その言葉で少し身体が軽くなる。
「・・・学校の時も、今みたいに出来ないのか?」
軽快なリズムで少し前を歩く佐倉未来は学校で見るよりも幼く・・・というか随分年相応に見える。第三者のイメージだけで塗り固められたその仮面を自ら身につけているのではないのだろうか、そう気がしてならなかった。
樹とて顔を合わせて数十分ほど経ったが、冷酷や無愛想などそんな感じは一切しなかった。ただ、変人ではあることに変わりないのだが。
「何がです?」
「だから、学校でもそんな感じで振る舞った方が友達できるんじゃない?ってこと」
「あぁ、そんなことですか」
「そんなこと、って・・・有る事無いこと噂されているんだぞ」
樹はため息をつく。どうして彼女は”そんなこと”と、その程度の捉え方なのだろう、と。
気にしない性格の持ち主だったとしても、流石に耳に入るだけで嫌な気分になる噂話だってある。
どんなことを言われても表情1つ崩さないという佐倉未来を気に入らない生徒も多い。またそれが炎上に繋がっていくのだ。
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