5 神の使いである彼女の所属とは
「真実、ねぇ・・・」
普段の学校生活の中で見かける佐倉未来とはまた別人のような雰囲気を纏っている。なんか、こう、掴み所がなくて、いつもの淡々とした雰囲気ではなく飄々としている様な。
彼女のことを特別深く知っている訳ではないが、今目の前にいる佐倉未来が本来の姿であるように樹は感じていた。その考えに根拠もなければ自信もないけれど。想像していた姿よりも今の方が幾分か自然体で好感を持てるのは間違いない。
そもそも、これらの話が仮に真実であっても樹が言い振らせば彼女の学校で
の立場がさらに悪くなるだけである。そのリスクを負ってでも、真実だと思わせたい理由が彼女にはきっとあるのだ。
「妹さんを救いたいのならば、悪い話ではありません」
そんな夢物語をいけしゃあしゃあと言葉にする未来を視界から外して下を向いた。
樹は冷静になろうとした。そして考える。今此処で彼女から逃げることだって容易に出来るはずだ、と。馬鹿馬鹿しい、非現実的だ、信じられない。そう否定的な言葉を連ねてもなお未だずっと此処に座っている。
そんな自分の姿に自嘲の笑いを浮かべた。
いつまで経っても「紬の足が治るかもしれない」という希望を捨て切れていないらしい、と。佐倉未来の戯言に縋ってしまう自分自身の情けなさに頭が痛くなった。
「まず、TOA協会は神様のもとで仕事をしています」
「・・・具体的に何をするんだ?」
「能力の回収です。先天的能力、生まれ持った力です」
「先天的能力?」
樹のオウム返しに彼女は頷いた。そして「ある意味才能とも言えますね」と続く。
「私たちはその人々を“能力持ち”と呼んでいます。神様が与えた先天的能力がその人に見合わなければ回収して、また新しく生を受ける者に与えていきます」
「要はリサイクルですね」とけらっと笑う未来の軽々しさに拍子抜けしてしまう。そんな規格外のことをリサイクルだなんていかにも庶民的な言葉で例えるのだから尚更だ。
そもそも神様の存在すら信じていなかった樹にとっては彼女の話す内容が未だに全てフィクションではないかと思わずにはいられなかった。
「その、例えばどんな能力を持った奴がいるんだ?」
「様々ですよ。人を救える能力もあれば人に害を与えるものあります。ニュースで報道されていた未解決事件の中にも能力が関係しているものがあります」
「人を、殺すことができるのか」
「そのような人間から能力を取り上げるのも仕事の1つです」
その神から与えられた力を使って悪事を働こうとする者もいる。またその能力を持っていることを嫌っている人もいる。そういった人間から能力を回収して神様へお返しする中継ぎの仕事をTOA協会の人間が行なっているというのだ。
まさにTOAとは噂通り“神と契約した人間の集団”だった。
「でも危険だな。殺人事件の犯人に立ち向わないといけないのは」
「だからTOAの仕事を行うには「能力持ち」の人間が有利なんです」
TOA協会の中には能力を持っていない人間も存在している。しかし彼らはやはり能力持ちと対峙するには弱すぎる。鎧をつけていない武士と同じだ。返り討ちにされ、亡くなってしまったケースも少なからずあるのだ。
その様なリスクを負ってまで、なぜ佐倉未来を含めたTOAの人間は神の下で働こうとするのだろうか。複雑そうに口元を歪めている樹を見て、彼女は口角をにっと上げた。
「まぁ架空のものとして噂されるくらいに実際にふわっとした組織です。もちろん保険や命の保証もありません。あ、お給料なら少しは出ますよ。ある意味危険手当ってところですかね」
どこからその給金は発生するのか。まさか神様がお金を生み出して口座にでも振り込んで入るとでも言うのだろうか。ツッコミの様に浮かんできた疑問をそのまま口に出すと、彼女はすんなりと教えてくれた。「TOA協会という名前は裏名義でして、表向きはちゃんとした会社なんです」と。表向きの会社というものが少々気になるが、それ以上聞いてしまったらもう後戻り出来なくなりそうだと樹は口を噤む。
「女子高生が一人暮らしして生きていけるくらいのお金はもらえますよ。どうです?やってみたくなりましたか?」
最初は突然「TOA協会」などとペラペラと嘘を述べているだけだど、碌に話を聞くつもりもなかった。しかし今ではこれ以上踏み込んでしまう恐怖を感じながらも興味を抱いている自分がいることも十分理解しているのだ。
「でもこちら側になんのメリットが無さすぎるんじゃないか?」
「1つだけ、あります」
1つだけ、と強調する様に未来は人差し指を立てる。凛とした表情で顔色ひとつ変えないままで次に口が開くまでの間、樹は不自然なほどにドクドクと心臓の音が大きくなっていくのを感じた。
どうしてか彼女の次に発する言葉を早く聞きたくでしょうがなかったのだ。
「───TOAに入ると引き換えに、何でも1つだけ神様が願いを叶えてくれます」
異様に長く感じたこの数秒間、息をすることも忘れていた。
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