4 欲しい言葉をくれたのは


「本題って、まだ何かあるのか?」


 紬の事とはまた別に、他に用事があったのだろうか。一瞬たりともブレないその目にゴクリと緊張が走る。そこで樹は先ほど最初に彼女が声を掛けてきたワードを思い出した。

 

「重岡さん、貴方って能力持ちなんですか?」


 そう、最初にも「もしかして貴方、能力持ちですか?」と佐倉未来は言っていたのだ。もちろんその意味が理解出来た訳ではなく、考える間も無く「は?」という間抜けな声を吐き出すように出した。


「能力・・・って?」

「あれ、もしかして無自覚でしたか。・・・まぁそりゃそうですよね」


 「気付きようがないですよね」と笑う未来の様子に彼は困惑していた。能力、無自覚・・・何がなんだが一言一句理解出来ないのだから。一人状況が飲み込めていない樹の様子に未来は少々面白がっているような声色でさらにこう続けた。


「重岡樹さん、───妹さんの足を治す方法があると言ったら、どうしますか?」


 樹は大きく目を見開く。あまりの衝撃に背筋がビリビリと電流が走った様に震えた。今、確かに、彼女はその口で言ったのだ。足を治す方法がある、と。

 あの日、病院に駆けつけた時には既に処置室へ運ばれていた妹。紬はただの打撲程度だろうと自分に言い聞かせていたあの時間はとても長く感じたものだ。“もう足が動くことはない”と医者に告げられた絶望と後悔が入り混じった感情は2年経っても忘れられない。あの気持ち悪さは今でも襲いかかってくる。


「紬ちゃんは、また歩ける様になりますよ」


 どれだけ“その言葉”を喉から手が出るほど欲しかっただろう。


 しかし、泣いて喜びたい気持ちを振り切るように首を勢いよく横に振った。まるでそんなうまい話が今更存在するはずがないのだと言い聞かせる様に。

 現に何度も夢に想いを馳せても治ることはなかったではないか。怪我をして2年経った今でも治癒の傾向がないことが証拠じゃないか、と。

 

 グッと押さえ込む様に発した言葉はひどく震えていた。


「言ったはずだ。もう医者には治らないと言われたんだ」

「医者がそう言ったとしても、私は治す唯一の方法を知っています」


 未来も引き下がる様子は一切なかった。いきなり目の前に現れては妹の足を治す方法を知っているなどと豪語する彼女に樹はだんだん苛立ちでえ覚える。適当なことばかり言って馬鹿にしているのかと。しかし場所が場所なだけに、今ここで大きく声を荒げる訳にはいかないのだ。

 落ち着け、落ち着け、と心の中で唱える。


「そんな虫の良い話がある訳がない。それとも何だ、7つのボールを集めでもしたら願いを叶えてくれるとでも言うのか?」


 馬鹿馬鹿しい、と零す。しかし未来は当然会話中に登場してきた某少年漫画に狼狽えるどころか、真剣に受け止める眼差しで何やら考え始めた。


 10秒ほど間を置いた後、彼女は迷いもなく衝撃的な言葉を連ねたのだ。それもけろっとした顔で。


「そうですね、結構近いかもしれません」

「待て、さっきから話が全然見えない」

「実際、7つのボール集めよりも現実味がありますね」


 これ以上混乱させないでくれと制止を掛ける。少し前まで妹の話をしていたというのに、いつの間にか奇天烈なオカルト話に突入しようとしているのだ。どうしてこうも彼女のペースに簡単に乱されてしまうのだろうか。

 学校一の嫌われ者だと有名な佐倉未来と話している現実も、妹の足が治る方法がある話も、全く上手く飲み込めていない。

 もしかして今は俺は夢を見ているのだろうか、とそう思うくらいに樹は頭が混乱しているのだ。


「重岡さんは、」


 その瞬間、木々を揺らすほどの大きな風がぶわっと中庭に吹き込む。


 4月中旬にしては暖かくて心地の良い風が身を包んだ時、自分の意思とは無関係に体が動いて、気付いた時には彼女のその澄んだ瞳の中に映る自分自身と目が合っていた。


「───TOA協会をご存知ですか?」


“TOA協会”、その言葉に少しばかり聞き覚えがあった。


「あぁ、噂程度には。でもアレはただの都市伝説だろう」

「実は私もTOA協会の人間なんです」


「・・・それは冗談か?それとも俺を揶揄っているのか?」

「全部本当ですってば」


 未来の偽りの無い真っ直ぐな瞳に樹は顔を険しくさせた。「TOA」とは小さい頃から何度か耳にしたことがある。全部人伝に聞いた噂程度だが。


 確か“神様”と契約した人間の集団で、奴らは所謂“超能力”を使って悪い人間を取り締まっている組織だと。


 中学時代はよくそのような都市伝説類の話で盛り上がっていたことを思い出す。中二病あるあるだと大して気にも留めていなかった。

 しかし結局テレビや雑誌では「TOA」は架空なもので実際には存在しないと伝えられている。噂話が好きな日本人が勝手に創り上げた全く実体のないものだと。それを人々は必要以上に盛り上げて話のネタにしているだけなのだ。


結局、都市伝説は都市伝説でしかなかった。


「あまり納得が言っていない顔ですね。さては信じていないでしょう?」

「当たり前だ。神やら超能力やら非現実的すぎる」


一向にまともに話を聞いてくれる様子がない樹に、未来は口を尖らせた。


「実は世間で流れている噂って、結構当たっているんですよ」

「じゃあお前も神様の手下で、超能力が使えるとでも言うのか?」

「お、やっと話に興味を持ってくれましたね」


 「別にそうじゃない」と声を少し荒げる。しかし都合が良い未来はしてやったりと云わんばかりの笑みを浮かべた。そう簡単には話の主導権を掴ませてくれないらしいと樹はがっくりとため息をつく。


「今から話すことは全て真実です。嘘だった場合は佐倉未来はオカルト好きな変人とでも何でも言い振らして結構ですよ」

「真実か嘘か見極める方法が分からない」

「心配無用です。だって全部真実なんですから」


へへっと笑う彼女に肩を落とす。どうやらもう少し話に付き合ってあげないと解放してくれなさそうだ。


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