3 学校一の嫌われ者である彼女だった


 人付き合いが浅い樹とて流石に高校生活3年目にもなれば一通り同級生の名前を顔くらいは判別出来るようになってきた。物覚えは良い方だと自負している。だから目の前にいる彼女のことも知っている───、という訳ではない。知らざるを得なかったのだ。学校で知らない生徒はいないと全員が口を揃えるくらいに、有名人なのだから。


 彼女も彼女で存在を認知されていた事がさも当たり前かのような口ぶりで「光栄ですね」と腰のあたりまで伸びた長い髪を揺らした。中庭に降り注ぐ太陽光によって透明感を助長させる亜麻色の髪を実際に間近でみると噂通り日本人離れしている様に感じる。


 突如目の前に現れた飄々とした掴み所のない存在に何故だか緊張感が走る。


「学校で知らない奴はいないと思う、けど・・・その」


 樹は言葉を濁した。目を合わせず言葉を選ぶようにして口ごもった彼の様子を察したかの様に彼女はクスリと笑みを漏らして口を開く。


「きっと人形とでも言われているのでしょう」

「い、いや・・・それは、」


 まるで心の中を見透かされたような言葉に樹はゴクリと喉を鳴らした。自分自身を“人形”だと告げた同級生───佐倉未来(みこい)は顔色ひとつ変えない姿が少々恐ろしいと思ってしまったのだ。


 そんな彼女の名前は佐倉未来。クラスは違うが同じ高校に通う同級生である。日本人離れしたその髪の色と若干緑がかったの色素の薄い目に、入学当初は「お人形さん」みたいだと学校中で噂になったものである。


 容姿端麗に加えて彼女は頭脳明晰。学年問わず1年生の教室へ生徒が殺到していた。「ハーフなの?」「彼氏はいる?」「モデルとかしてる?」と質問責めに合っていた光景をよく樹も通りすがりの廊下からよく見ていた。そんな佐倉未来がモテないわけがないと、誰もがそう思っていたのだ。


 しかし、その盛り上がりはひと月もしない内に真逆の方へ変化していった。


「気を使わなくて結構ですよ。全部分かっていますから」


 佐倉未来は一切恋人はもちろん友人ですら作らなかった。浴びせられた質問は大抵無視。友達になろうと声を掛けた生徒を避けては、恋人候補としてアプローチを掛けた男を一蹴。時折話しかけて返事を返すことはあるが、決して自分から話し掛けていくことはほとんど無かった。


 主に女子生徒から反感を買う様になった彼女は次第に孤立していき、「無愛想」だとか「冷酷」だとか、とにかく「変人」として扱われるようになった。


あっとういう間に「お人形さん」から「人形」と呼ばれることになったのだ。



「あぁ、それとも近くで見た方が可愛いな、とか思ってます?」

「いや、そんなことは別に思っていない」

「へぇ・・・いくら冷酷な女だと噂されている私だって否定されたら悲しいですよ」


 「ね、重岡樹さん」と未来は己の名を告げる。樹が持っていた“噂で作り上げられたイメージ”とは違う彼女の様子に動揺を隠せなかった。嫌でも耳に入って聞いた印象から“人に興味が無いのだろう”と思っていた佐倉未来が自分の名前を知っていた上に、冗談を混じりえた会話を始めたのだから。


 彼女の意識の中に入るようなことを今までしただろうかと過去を掘り返してみるが、何も思い当たる節がなかった。委員会やクラスで一緒になったこともなければ、今の様に顔を合わせたこともない。学校中で嫌われてずっと一人だった未来と波風立てることもせずひっそりと過ごしてきた樹。接点を作る事の方が難しいだろう。


「先ほど一緒にいた車椅子の方は妹さんですか?」

「あぁ、そうだけど」


 病院の院内か屋上か、兄妹一緒にいるところを見られていたらしい。「可愛らしい妹さんですね」とケロリとまるで以前から樹の友人であったかの様な軽い口ぶりである。「中学生くらいですか?」と意図の見えない彼女との会話にだんだん違和感を覚えてきた。


 そしてその噂通りの日本人離れした瞳は樹の顔をじーっと捉える。


「でも、あまり重岡さんには似ていませんね」

「妹は母親似だからな」

「それじゃあ重岡さんは父親似なんですね」


一体この会話はどこへ向かっていくのだろうと不思議でいっぱいだった。


 そもそもあの佐倉未来とこの様に言葉を交わしている時点でカオスなのだ。目の前で自然な笑みを浮かべる彼女と佐倉未来が本当に同一人物かと疑ってしまう。


 学校の生徒がこの光景を見たら、きっと己を珍獣を見るかのような目になるに違いないだろう。それだけ彼女と一対一で会話しているこの状況を自分でも受け難いものであった。


「車椅子、大変そうですね。治癒の見込は立っているんですか?」

「医者には二度と立てないと、そう言われている」

「そうなんですか。それは妹さんも辛いでしょうね」


 未来の視線の先を辿る様に追いかけると、病院の2階にある連結通路で看護師さんと談笑しながら移動していく紬の姿。上を見上げるとさらにその緑がかった瞳はエメラルドの宝石の様に透き通っている。


無意識に妹よりも彼女を凝視していた樹は我に返った様に口を開く。


「その、佐倉は、どうして此処に?」

「・・・あぁ、そうでした。本題がまだでしたね」


“本題”───その言葉に樹は眉を顰めた。

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